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東京TSネット・コラム一緒に考える<障害のある人の刑事弁護>

第1回

なぜ、「障害者の」刑事弁護なのか?

中田雅久 弁護士

1 障害のある人の刑事弁護

 初めまして。今回からコラムを連載させていただくことになりました、一般社団法人東京TSネットです。

 東京TSネットは、罪に問われた障害のある人の支援をしている団体です。弁護士2人が共同代表ですが、福祉、心理、医療の専門職、障害福祉の現場に携わっている方、特別支援教育の関係者、障害のある人の家族等、多様な人に支えてもらい一緒に活動をしています。

 障害のある人の刑事弁護では、障害のある人に思いを寄せて、障害や福祉制度についての基本的なことを理解したうえで効果的な弁護を提供することが必要です。しかし、東京TSネットの活動と同様に、障害のある人の刑事弁護も、弁護人だけでは成り立ちません。更に、障害のある人の刑事弁護が成し遂げようとしていることは、法廷の中や刑事手続の中だけで完結するものでもありません。
 このコラムを読んだ弁護士の方には、「障害者の」刑事弁護の楽しさや難しさ、そしてそれが1人の依頼者の人生だけでなく、世界に与える影響を知っていただき、この分野を一緒に盛り上げてもらいたいなと思います。また、弁護士以外の方には、障害のある人の刑事弁護に取り組む弁護士が、どんなことを考え、どんなところで悩んでいるのか、刑事手続の中や外で障害のある人にどんなことが起きるのかを知ってもらい、社会の、罪に問われた障害のある人を見る目が少しでも変わればと思います。

2 障害のある人は犯罪を起こしやすい?

 障害のある人が犯罪を起こしやすい、というエビデンスや実証的な研究は存在しません。障害者は何をするか分からず危険だという考えは差別・偏見です。ところが、実際に刑事弁護に携わっていると、被疑者・被告人に障害があるというケースは多くあります。

 懲役刑を受けて、刑務所に入所する人は、CAPASという刑務所独自の集団式の能力検査を受け、IQ類似の能力値が算出されます。2020年の矯正統計の結果は以下のとおりです1)

 理論的には、検査値は100を頂点として正規分布を示すはずです。しかし、このグラフでは80~89がピークとなっており、全体的に能力値が低い方にシフトしています。

 また、知的障害の診断におけるIQの基準値は概ね70とされていますが、このグラフでは、新受刑者の総数16,620人のうち、能力値69以下の人が3,337人(49以下が500人、50~59が928人、60~69が1,889人)と約20%を占めており、全新受刑者のうち、約20%の人に知的障害がある疑いが指摘されています。このCAPASによる能力検査値は毎年公表されていますが、この傾向は一貫しています。

 さらに、同じ2020(令和2)年の矯正統計の別の調査によれば、新受刑者の総数16,620人のうち、約15%の人に、知的障害や神経症性障害等、何らかの精神診断が付いています2)。障害者白書では、日本における人口当たりの「精神障害者」および「知的障害児・者」は約4%程度ですから、刑務所の中ではその割合が優位に高いといえます。

 このように、新受刑者の中には知的障害や精神障害のある人が多いことが分かります。

 では、なぜ障害のある人が犯罪を起こしやすいわけではないにもかかわらず、被疑者・被告人や受刑者の中に障害がある人の割合が高いのでしょうか。

 1つ目は、障害ゆえに挙動不審に思われてしまうなどが理由で刑事手続の対象とされる機会が多いのではないか、という可能性です。2つ目は、障害ゆえに共犯者等から利用され犯罪に関与させられてしまう機会が多いのではないか、という可能性です。3つ目は、障害ゆえに取調べに対して有効に対抗できない等刑事手続の中で不利な立場に置かれているのではないか、という可能性です。4つ目は、障害ゆえの生きづらさを抱え、犯罪行為に至らざるを得ないような心理的・環境的な状況にさらされる人が多いのではないか、という可能性です。

3 罪を犯した障害のある人への支援の現状

 2006(平成18)年に行われた法務省特別調査によると、刑務所に収容されている知的障害のある方または知的障害が疑われる方410名のうち、療育手帳(知的障害のある人に発行される手帳)を所持していた人は、26名、割合にすると6.34%に過ぎませんでした。

 この結果からは、本来は福祉的支援が必要であったにもかかわらず、福祉的支援を受けることができていなかった人が多数に上っていたことが分かります。

 刑務所の中での障害のある人に対応した取組みも、まだまだ不十分なものでした。

 「改善指導」3)や「教科指導」4)も行われるようになってきています(刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律84条1項)が、これまでの刑務所では、受刑者の処遇の中心は、あくまで「刑務作業」だったのです。

 医療刑務所は、全国に4か所しかなく、障害がある受刑者のほとんどは、処遇が困難な人として、通常の刑務所内のいわゆる養護工場といわれるところへ収容されていました。近年、PFI5)刑務所等が、障害のある人に対する専門的処遇(SST6)などを取り入れた処遇)を開始したりしていますが、対象となる人は初犯の人等に限定されることが多く、必要な人全てに必要な処遇がされるという体制には程遠いのが実情です。

4 さて、どうするか?

 以上のとおり、本来、福祉的な支援を必要とする障害のある人が必要な支援をうけられないまま、刑事裁判の手続の中で不利な立場におかれ、場合によっては刑務所へと収容されているのが現状です。また、懲役刑を受けさせ刑務所に丸投げしたのでは、本人の抱える課題解決は不十分なままとなり、場合によっては再犯に至らざるを得ない状況が放置されていることも懸念されます。

 そこで考えられたのが、刑務所出所後に必要な支援につなげること(「出口支援」)や、刑事手続係属中から必要な支援につなげ、刑務所への収容自体を避ける(「入口支援」)といった取組みです。

  いずれも、必要な支援を受けて本人が希望するその人らしい生活を送ることで、「結果として」犯罪を手離すことができるよう支援するものです。これは社会の安全安心にもつながるという側面もありますが、自分の依頼者がどうやったらイキイキとした生活を送ることができるかを、本人と一緒に、そして支援者やコーディネーターと一緒に考えていく、というポジティブでクリエイティブな喜びに満ちた試みです。

 次回以降は、どうやってそのようなポジティブでクリエイティブな弁護活動をするか、その際、どんな工夫があり、どんなことに注意しなければならないのか、お伝えしていきたいと思います。

注/用語解説   [ + ]

(2022年01月14日公開) 


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