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連載 刑事司法における IT 利用の光と陰

刑事司法におけるIT利用の光と陰
第4回

電子ファイル

指宿信 成城大学教授

1 はじめに

 2022年3月に公表された刑事手続における情報通信技術の活用に関する検討会「取りまとめ報告書」において、以下のような提案が示されました1)

 「現行の法律・規則において紙媒体で作成・管理・発受することが予定されている『書類』等について、電子データとして作成・管理し、オンラインで発受することができるものとし、かつ、紙媒体による場合と同一の効力を有するものとする」。

 これを受けて、法制審議会においてこの6月に諮問が発出され、「刑事手続において取り扱う書類について、電子的方法により作成・管理・利用するとともに、オンラインにより発受すること」についての法整備が検討されることとなりました。

 こうした仕組みを「電子ファイル」と呼んでおきます。諸外国でe-filingなどと呼ばれているものですが、既に日本でも民事手続のIT化2)の中で導入が決まっており、刑事もこれに続くこととなったわけです。

 今回はこの電子ファイルについて、その効用を諸外国の例を参考にしながら紹介するとともに、近年明らかになってきた裁判所システムや電子ファイルの脆弱性問題を指摘しておくことにします。

刑事手続における情報通信技術の活用に関する検討会「取りまとめ報告書」(2022年3月21日)の概要の一部

2 電子ファイルの有用性

 言うまでもありませんが、こうした民・刑両手続における電子化、オンライン化というアイディアはここ最近突然湧き上がってきたものではありません。先の司法制度改革が日本で進行していた2000年当時、海外では司法制度改革といえばIT化と同義といって過言でない状況でした。とりわけこの電子ファイルの導入は各国における裁判所改革、司法改革の目玉と言っていい典型的な改革案のひとつでした。司法のIT化がほとんどアジェンダに入らなかった当時の日本の司法改革とは異なり、民事や家事事件を中心として様々な場面や手続で電子化が導入されていったのです。最近公刊された複数の調査報告を見ると、上記「取りまとめ報告書」で検討対象だった欧米ばかりでなく、日本はASEAN諸国からも立ち遅れていることがわかります3)

 こうした先行する国々の電子ファイルの運用が日本で大きなニュースとして伝えられたこともありました。カルロス・ゴーン氏の事件に関わり、同氏の共犯とされた米国人の捜査資料を裁判所の訴訟資料サイト、PACERを通じて閲覧入手できたと報じられた一件です4)。この米国人を日本に移送することが許されるかが米国連邦裁判所で争われており、その裁判に捜査関係資料が証拠として検察側から提出されていたため、訴訟記録に綴られアクセスが可能になったのです。

 こうした訴訟資料の電子化は、公判記録の開示といった段階以前に、公判中あるいは公判前の段階で役立ちます。それが証拠開示手続です。相手方への開示にあたり、スピードや効率性、検索可能性、保管の容易さなどプラスの影響は計り知れず、各国で推進されてきました。裁判のIT化や電子ファイルシステムを早くから導入していた米国では、証拠開示も電子化が基本となっています5)

3 情報共有システム

 電子ファイル導入の効用は、単に個別の手続で利用される書面の電子化や手続処理の電子化に止まりません。個々の機関において作成される電子ファイルを統一化したり共有化したりすれば、異なる機関ごとに再入力する手間を省くことができ、他機関の情報を参照して迅速に業務を進めることが可能になります。いわゆる“情報共有システム”の構築です。今般の提言や諮問ではこうした多機関における電子ファイルの共有化というメリットが意識されていないようですので、海外の先進事例を少し紹介しておきましょう6)

 世界的にも最も早い段階で刑事司法関係機関における情報共有システムを構築したのは北アイルランドで7)、2004年にスタートしました。このCAUSEWAYと呼ばれるシステムは、警察、検察、検視局、裁判所、保護観察局、刑務所という6つの刑事司法機関が、いわば刑事手続のエンド・ツー・エンドで情報を共有し、事務処理の効率化や迅速化を果たします。初期段階では前科前歴記録の閲覧サービスから始まり、2004年11月にはフェーズ・ゼロとして起訴状や証拠書類の電子化などが続き、2007年6月にはフェーズ・ワンとして令状を含む裁判所発付の書面や、判決、呼び出し状等の電子化へ進み、2009年11月からフェーズ・ツー&スリーとして受刑者記録、釈放命令書、各種証明書、保釈関係、法廷作成書類、各種の記録公開まで進みました。

 最近ではお隣の韓国も刑事司法関連機関が情報共有システムをスタートさせています(KISCJS: Korea Information System of Criminal Justice Service)。刑事司法のポータルサイトを目指して、警察、検察、海上警察、裁判所、法務部(日本の法務省に当たる)が構築されました。事件の受付、処理、令状の発付、保護観察などの情報をネットワークで共有できるようにしたのです。専用回線を利用しており民間のネットワークは利用されません。通信は暗号化され、個人情報も暗号化されています。このシステムは刑事手続のペーパーレス化を目指しており、電子略式起訴と呼ばれ、現状では飲酒運転事案や無免許運転事案などについて被疑者被告人の同意があれば完全に電子化された処理が可能になっています。

 2021年12月に施行された刑事司法手続電子化促進法(刑事手続電子化法)は、こうした電子化、オンライン化を加速・展開させることを目的としています8)。刑事司法関係機関における効率化や共有化が目的とされていた北アイルランドと異なって、警察検察等に出頭しないでも調書作成が可能になるなど、手続の対象となる被処分者である市民にもメリットがあるところが特徴でしょう。

4 改竄防止

 刑事手続で用いられる書面や書証を電子ファイル化することは効率化や共有化、ひいては証拠開示において大きな効果を与える一方で、あまり触れられていないポイントとして、改竄防止効果も指摘できるでしょう。

 例えば、2021年8月に東京地検が入る建物で起きた火災事件がきっかけとなって検察事務官が書類を変造していたことが報じられました9)。印影を偽造していた事実が焼け残った書類から判明したのです。こうした改竄行為はアナログでは容易ですが、デジタルではむしろ難しくなるでしょう。

 デジタル情報はコピーが容易で改竄可能性が高いように思われがちですが、メタデータ(データを規定・管理するデータ)のセキュリティがしっかりと構築されていればアナログ(紙)よりもむしろ頑健性、堅牢性に優れていると言えます。

 これまでメディア(記憶媒体)のメタデータが改竄された事例としては、郵便不正事件における検察官によるフロッピー・ディスク改竄事件は記憶に新しいでしょう10)。検察官が被告人の共謀を主張するストーリーに合致するよう、ディスクのプロパティと呼ばれるメタデータを書き換えたのです。フロッピー・ディスクという記録媒体のセキュリティのレベルが問題だったと言えるでしょう。記憶媒体が捜査機関の手にあったことがこうした犯行を可能にしたのです。サーバに保存された電子ファイルの場合であれば誰が編集したのか記録が残ってしまいますし、そもそもメタデータの変更は不可能です。データが記憶された物理的な媒体よりも電子データの方がセキュア、すなわち堅牢性が高いと言えるでしょう。

5 システムのセキュリティ

 もちろん電子ファイルシステムの未来がバラ色というわけではありません。先行する各国では様々な課題や問題が明らかになっています。その中でも、今回はシステムのセキュリティについて取り上げてみたいと思います。

 2022年7月、米国司法省は合衆国連邦裁判所において2020年初頭に起きたデータ漏洩について捜査を開始すると発表しました。この重大インシデントは日本では報じられませんでしたが、米国司法界並びに司法IT関係者に衝撃を与えました。

 下院司法委員会議長のジェロルド・ナドラー議員による証言によると、「悪意のある外国の実行犯」が連邦裁判所の保有する電子ファイルシステムを攻撃し、「システム上セキュリティ問題」を引き起こしたという、いわゆるハッキングの被害です。

 2020年、米国連邦機関の複数のネットワークが、ロシア政府が背後にいるとされるハッカー集団から攻撃を受けたことが明らかになっていましたが11)、そのターゲットの一つが連邦裁判所のシステムだったと考えられています。ただ、どれほどの訴訟や事件が被害を受けたかについてはプライバシーや様々な影響の大きさを懸念して現時点では詳細が明らかにされていません。しかしながら、どれほど被害が深刻であったかは、合衆国連邦裁判所事務局が2021年1月6日に発出した次の告知から明らかでしょう。

 すなわち、連邦裁判所の電子ファイルシステムであるCM/ECF12)利用に当たり、極めて重要な(highly sensitive)機密文書(HSD)についての保護手続を発表し、紙での提出もしくはセキュアな電子媒体での提出を利用者に求めたのです13)

 いかなる文書がかかるHSDに該当するかについて、当局の説明では次の種類の文書は該当しないとしています。量刑前調査報告、判決前保釈報告、刑事事件における有罪答弁報告、ソーシャルセキュリティ記録、移民記録、そして多くの民事訴訟における秘密文書です。これらは従来通りCM/ECF上で秘匿扱いされるものとされました。それ以上のレベルの文書が該当するということです。

6 おわりに

 わが国で裁判所システムが被害を受けたケースとして公表されているものとしては、2012年9月に起きた裁判所ホームページに対するサイバー攻撃が有名でしょう14)。それ以外には、裁判官や検察官によるUSBメモリーの紛失といったいわば過失型インシデントが報告されているだけで15)、訴訟資料などに対するハッキング等による直接の攻撃は見当たりません。

 これから全面的に書類を電子化しその発受をオンライン化しようという今次の提案の方向に沿うならば、システム構築やセキュリティが重要な課題になることは間違いありません。上述の米国での対応策が示しているように、電子ファイルの安全管理については国全体のサイバーセキュリティ指針が重要であり、裁判所などのシステムも当然そこに含まれることになる以上司法だけの問題とは言えないでしょう。けれども、米国連邦裁判所が機密文書の紙での提出を求める方針を明らかにしたことは、電子ファイルの危険性について示唆的なエピソードではないでしょうか。

 また、今般の取りまとめでは、刑事手続に関わる電子化やオンライン化が、もっぱら関係機関での処理といった「閉じられた」モードでの利用を念頭に検討されていることを指摘しておかなければなりません。国家予算を投入する以上、現状の刑事確定訴訟記録へのアクセスが極めて限定的であることを見直して、これをオンラインで閲覧させることや、刑事手続が進行する場面でも被処分者の側からのオンラインアクセスといった市民の便宜を図るなど、「開かれた」モードで国民に対する情報サービスという観点から電子化の活用について検討が必要ではないでしょうか。韓国のKISCJSでは市民も多くの手続をウェブ上で完了することができます。

 そういう意味では、法律家がほとんどを占める法制審議会の場で、システム構築や、情報セキュリティの面を含めた電子化に関わる幅広い課題や可能性について十分な検討と提案ができるのか気になるところです。

【次回予告】 「遠隔証言」について取り上げます。

注/用語解説   [ + ]

(2022年09月21日公開) 


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