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連載 刑事司法における IT 利用の光と陰

刑事司法におけるIT利用の光と陰
第5回

遠隔証言

指宿信 成城大学教授

1 はじめに

 パンデミックの感染拡大を受けて海外の司法機関では、遠隔化、オンライン化の導入・移行が広がりました。たとえば、陪審員の選任手続や公判前の各種の聴聞手続、上訴審の弁論などが遠隔で実施されました1)

 感染リスクを恐れて手続を停止したり延期したりしていると被疑者被告人の拘束期間が延びて不利益を被ることになりますから、ITを用いて対応を図り、手続を進めることは感染対策と権利保障の両面で重要でしょう。もっとも、海外の司法機関で迅速にオンライン対応を進めることができた背景としてパンデミック以前から諸手続の遠隔化が導入されていたことを見逃すことはできません。日本でも21世紀初頭に行われた司法改革の時期にIT化を進めていれば、今回の感染拡大にも迅速かつ的確に対応できたと思われます2)

 社会ではパンデミックを契機として企業活動や教育現場で非対面のツールが普及し、遠隔での会議や授業を許容する事態になったことで「リモート社会」が一気に実現しました。現在、企業はリモートワークを恒常化してオフィスを縮小したり、大学でも遠隔授業を正規の講義方法に取り入れたりするようになっています。司法手続についても、海外では遠隔での運用を恒常的に利用できるような立法が進められています 3)

 我が国でも、今回の法制審議会への諮問にあたって刑事手続の諸段階でオンラインの利用が検討されることになりました。しかしながら、遠隔化(オンライン化)には被告人の防御権の観点ばかりでなくモニターを通した手続に懸念が示されています。いうまでもなく、教育場面では生徒学生の“zoom慣れ”が対面での学習方法やコミニュケーションスキルを劣化・退化させているのではないかという不安が起きていることはご存知でしょう。

 そこで今回と次回は、物理的な法廷という場で営まれてきた裁判手続をオンライン上で実施することについて、二つの観点から深掘りすることにします。

 第一は、証人対質権や弁護人依頼権、公正な裁判の保障の問題です。モニター越しの手続によってそうした諸権利を十分に担保できるかという疑問です。

 第二は、心理学的な問題です。これまで法廷で行われていた証言や陳述を遠隔化することによって生まれる偏見(心理学でいう“バイアス”)や、誤った心証形成の危険性です。

 今回は遠隔での証言をテーマに検討することにしましょう。

2 法学的見地から

 ご承知のとおり、すでに2000年の法改正で刑事裁判でも被害者等の証人尋問についてビデオリンク方式が導入されました。この方式については、憲法37条2項で保障されている被告人の証人尋問権の侵害が争われたことがあります。最高裁はこの方式に関して合憲と判断しました4)。その根拠は、「被告人は、映像と音声の送受信を通じてであれ、証人の姿を見ながら供述を聞き、自ら尋問することができるのであるから、被告人の証人尋問権は侵害されていない」から、というのです。

 ビデオリンクは当初、裁判所構内の別室から証言するものでしたが、遠隔地でもこの条項を解釈適用可能にして証言が許容されるという考え方も示されていました。同じようにモニター越しに法廷に向かって証言しようというのですから、上の最高裁の理由づけは遠隔証言の場合でも妥当するようにも考えられます。そこで、2016年の法改正では構内以外、すなわち遠隔地からの証言も限定的ながら採用されることになったのです(刑事訴訟法157条の6第2項)。

 ビデオリンク方式の実情ですが、年間200件から300件程度実施されていることが統計上確認できます(以下の図参照)。これまでビデオリンクは裁判所構内の別室にいて証言する証人に関して利用されてきましたが、今般、法制審議会では被告人の遠隔参加や海外からの証人の証言など幅広い利用が検討されようとしています。その場合、効果的な弁護を受ける権利や適正手続の保障などをいかに保障するか、議論が必要になってくるでしょう。

*犯罪白書から筆者作成。

3 経験的知見の出現

 前述したように、海外では新型コロナウイルスの感染対策として遠隔技術の導入が加速しました。その結果、多くの国で刑事手続への影響について実証的なデータが得られるようになったのです。

 たとえば、オーストラリアで2021年に発表された調査報告では、被疑者の保釈請求を遠隔手続で実施したところ、対面での手続と比べて保釈率にはほとんど差異が出なかったとされています。影響の可能性を示す数少ない変数は「先住民」や「大都市圏」に限られていました5)。また、刑事ではなく民事、家事、税務に関わる23件のビデオ証言をモニターし、関係者にインタビューした2020年の英国での報告では、当事者は遠隔証言によって出廷のストレスや不安が回避できると見ており、弁護士も効率が良いと好意的に評価する一方で、法廷以上にコミュニケーションにネガティブな影響が現れたという批判も聞かれました。判事は概ね遠隔証言に肯定的で、物理的に関係者が集まるよりも適切である場合があることを指摘したり、効率性など司法経済的観点を強調する意見が大半を占めたということです 6)。遠隔に関するポジティブな評価と言っていいでしょう。

 他方で、刑事手続における遠隔ヒアリングに関する2020年の英国での弁護士聞き取り調査では、44%は依頼人が手続に参加することを困難な状態にした、67%は依頼人と弁護人のコミュニケーションが難しくなった、75%は遠隔ヒアリングでは相手側の証拠に異議を申し立てることが難しくなった、そして60%が手続の公正さにマイナスの影響を与えている、と評価したということです7)

 このように、遠隔証言を含む遠隔での手続には肯定的な評価も少なくありませんが、刑事弁護の観点からは見逃せない影響があると言わざるを得ないでしょう。

オーストラリアで使われている法廷ビデオリンク方式による証人席8)

4 心理学的見地から

 遠隔証言については第二の疑問、すなわち心理学的見地からのモニター越しに心証をとることになる点についての問題提起があります。これまでも、取調べの場面を記録した録画記録の法廷での再生に伴う影響が明らかにされてきました。一般的に取調べ映像は取調べ中の被疑者の顔を中心にして撮影されますが、その映像を法廷で視聴した時に見るもの自身が“取調官の立場と同化してしまい”、語られる言葉は取調官に対して任意に述べていて(=任意性判断)、しかも、被疑者について悪印象を持つ(=有罪心証の発生)傾向が生まれる、といった“バイアス(偏見)”が発生する可能性が指摘されてきました。“カメラ・パースペクティブ・バイアス(CPB)”と呼ばれる現象です 9)。遠隔証言の場合においても、同じようなバイアスが生じる危険性も想定できるでしょう。

 法制審議会への諮問に先立って実施された法務省の検討会の議論を見ても、「物理的に対面する場合とビデオリンク方式による場合との間には、相手の表情や挙動の観察等の面で事実上の差異があることは否定し難い」とまとめられていますから10)、対面と遠隔の方式の違いがもたらす影響が法律家においても認識されるようになっているようです。

 これまでもそうした違いを実証的に明らかにするため、ライブ証言とビデオ証言とを比較した様々な調査研究が心理学領域で進められてきました。最近では2005年から2008年にかけて実験を進めたランドストローム(スウェーデンの心理学者)が、証言の提示モードの差異(対面かビデオか)は、証人の証言内容や態度に関して、また証言内容の記憶について、観察者(事実認定者)の判断に影響を与える可能性があることを指摘しました。立法者や司法関係者がこうした相違に十分留意して手続や制度設計を進めるよう警鐘を鳴らしています11)

 筆者を含めた研究チームでも、遠隔証言の影響を確認するため心理学的観点から裁判員裁判用の模擬法廷を使って、模擬裁判実験を行ないました。被害者証言の信用性判断に対面とモニター視聴(遠隔)でどのような差が生まれるかを調べたのです。するとモニターで証言を視聴したグループの方が実際に法廷で証言を聴いたグループよりも被害者証言の信用性を高く評価したという結果が得られました12)

 その理由は今後分析検討される予定ですが、被験者アンケートによれば、モニター視聴グループは対面グループよりも証人と「目が合った」と回答している被験者が多いことがわかりました。実際には証人と対面していないにもかかわらず、モニター越しに話者とアイコンタクトがあったと“錯覚”する事態が信用性を高めているのです。対面で証人の証言を聞いたグループは模擬法廷の法壇に左右に広がって証言を聞いていました。ですから、証言台の正面に座った被験者であればアイコンタクトが生まれる可能性がある一方、左右に座っていたほとんどの被験者にはその機会は生まれなかったはずです。

 一つの仮説として、アイコンタクトがもたらすポジティブな影響が考えられます。脳科学ではアイコンタクトが幸福感情を高めるとされているので、アイコンタクトが生じたという錯覚を生み出す遠隔証言の場合、信用性評価に当たって対面の場合以上に話者に対する好意的、肯定的な心理を強化する働きが生まれた可能性があるでしょう。こうしたメカニズムについて心理学や脳科学からの解明が期待されます13)

 いずれにしても、モニターの視聴でも証言の評価にあたって大きな差異は生まれていないという以前の実験14)だけをもとに、ビデオリンク方式でも被告人の権利侵害は発生していないとの意見も示されていますが15)、それは楽観的に過ぎると言わざるをえません。

5 おわりに

 遠隔技術を活用した刑事手続のあり方について、今回は遠隔証言に関する問題を取り上げました。わが国では、ビデオリンク方式導入当初から被告人の反対尋問権に支障が生ずるという懸念が示されていたものの、実証的な研究に裏付けられたものはほとんど見られませんでした16)

 前述したCPBに関わって、その影響が事実認定者(裁判員)に偏見をもたらす危険性があるという法と心理学の見地から示された警鐘は、その後、裁判手続において法廷での再生に慎重な対応が必要であるという裁判所の認識につながっています17)。実験心理学の知見が法律家による裁判の進め方について参照されたといえるでしょう。

CPBを解説しているビデオクリップより(左がニュートラル方式、中央がサスペクトフォーカス方式、右がディテクティブフォーカス方式)18)

 ところが、法制審議会に先立って開かれていた法務省検討会の配布資料をみても、海外の制度や手続が紹介されているだけで19)、刑事手続の遠隔化、オンライン化に伴って生じると想定されるひとの知覚や認知の差異に関する心理学的知見や海外での議論20)が検討された形跡は見られません。

 今回ご紹介したような内外の最新の研究を通して、モニター越しに行う人間の知覚や判断について法律家の問題意識が深まっていくことが望まれます。

【次回予告】 「オンライン法廷」について取り上げます。

注/用語解説   [ + ]

(2022年10月18日公開) 


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