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連載 刑事司法における IT 利用の光と陰

刑事司法におけるIT利用の光と陰
第7回

裁判情報の公開(上)

指宿信 成城大学教授

1 はじめに

 2006年秋、著作権法違反や不正競争防止法に関する民事裁判の判決文が裁判所Webで公開中に突如削除されました。この判決は、東京地裁民事第46部(設楽一裁判長)が2006年4月27日に下したものです。ウェブからの判決文の抹消は「消えた判決」などとしてネットでも報じられる事態になりました1) 。一旦裁判所が自身のウェブで公開した判決文を削除するというような事態は異常としか思えませんが、裁判所サイトには削除についての説明が公表されることはありませんでした 2)

 法曹には周知ですが、判決の中でも判例集や判例雑誌に掲載されたりウェブで公開されたりするケース(最高裁のものですら)は非常に少ない数にとどまっています。このことは、この国には膨大な数の未公刊判例(本稿では狭義の“判例”と“裁判例”をまとめて“判例”と呼びます)が存在することを意味します。

 以下の表はインターネットが商用開放された1996年当時と四半世紀後の2020年の最高裁判決の公開率を比べたものですが、商用判例データベースでの収録数が倍増している一方、裁判所による公刊が判例集であれウェブであれ増えていないことがわかります。

*司法統計、LEX/DB(TKC提供)などから筆者算出

 多くの判例を公刊しないことには様々なリスクが伴います。実務上知るべき判例にアクセスできないことは法曹にとって業務の遂行上障害になりますし、学術的にも網羅的な裁判動向調査が妨げられ、基本となるデータに偏りが生まれる可能性があります。また、同種他事件に関する判例がわからなければ裁判所の判断の分裂を理由とした上訴ができないなど法的にも深刻な問題を引き起こします3)。未公刊の判例が多いことはこの国でも従前から問題とされており、今世紀初頭に行なわれた司法制度改革の際にも国の司法制度改革審議会から判例の全面的公開が求められています4)

 以上の課題は紙媒体で判例が公刊されていた時代から指摘されていましたが、コストが壁となって公刊率を高めることは困難でした。ところが、紙媒体中心の時代からインターネットを利用して国の保有する様々な情報にアクセスが求められるようになってくると状況は一気に変わってきます。今、世界では政府保有情報を利活用する流れとして「オープンデータ化」が叫ばれているのです5)。その波は各国の司法分野にも及び6)、日本でもようやく法務省で2022年秋から「民事判決情報データベース化検討会」において民事判例公開に関する検討が始まるに至りました7)

 刑事判例の公開に関する公式な会議体はまだ設置されていませんが、上記検討会のメンバーで民事訴訟法学者である町村泰貴教授は、刑事法領域でも判例がオープンデータとされるべき理由として「罪刑法定主義とともに既存の法令の解釈適用例である裁判例も法解釈の重要な手がかりとなる情報である以上、オープンデータとされる必要な情報である」と位置付けています8)

 そこで本連載でも2回に分けて、刑事司法の“アウトプット”と言える裁判(判例)情報のインターネット時代における公開について、新たなムーブメントである“オープンデータ”を手がかりとして検討を加えたいと思います。

2 判例公開の乏しさ

 わが国で現在公的機関から提供されている裁判・審判情報としては、裁判所の提供する「裁判例検索」の他、法務省の提供する「訟務重要判例データベース」や、総務省の提供する、不服申立て又は取消訴訟等が提起された事案について情報公開・個人情報保護審査会がした答申及び裁判所が言い渡した判決データの提供サービス等があります。もっとも、この「裁判例検索」で提供されている判例数は2020(令和2)年を例にとっても最高裁から地裁まで合わせても736件に止まり、刑事では130件程度に過ぎず、大変乏しいのが現状です。商用判例データベース(LIC)では同年について5,437件が収録されていてそのうち刑事判例は1,015件となっています。司法統計によると同年の民事・行政事件の訴訟事件既済件数は46万6,344件、刑事事件の訴訟事件既済件数は24万9,115件ですから、ざっとみても裁判所での公開率は0.1%強、商用データベースでの公開率でも1%弱ということがわかるでしょう。

 日本の判例公開が乏しい理由の一つは、裁判所自身の判例公刊基準が日刊紙四紙のうち二紙に当該判決・決定が報じられた場合としているからです(注2参照)。それに加えて社会的影響のある事件が付け加えられていますが、報道は社会的影響の参考になることはあっても当該判決・決定の法的意義を示すものではありません。地方の法廷などでメディアが気づかなかったものや、記者が記事を出稿したものの紙面に掲載されなかったものは相当数あるはずです。また、裁判時点ではマスコミは気づかず、時間が経ってから注目を集めるケースもあるでしょう。

 海外では公刊・公表基準を法的な観点から明確にしているケースが多く、例えば米国カリフォルニア州の場合、最高裁判例は全て公式判例集で公刊されますが、中間上訴裁判所については次のような公刊指針が明示されています(2022 California Rules of Court, Rule 8.1105. Publication of Appellate Opinions)9)

 ① 新たな判例法(rule of law)を確立した場合
 ② 既存の法を従前のケースとは大きく異なる事実に適用した場合
 ③ 既存の判例法を修正、説明、あるいは批判した場合
 ④ 憲法、州法、命令あるいは裁判所規則の条文に新たな解釈を示したり、明確にしたり、批判したり、あるいは構成しなおした場合
 ⑤ 法同士の矛盾を指摘した場合
 ⑥ 継続する公益に関係する法的争点に関わる場合
 ⑦ コモンローの発展もしくは憲法、州法、あるいは他の成文法の規定に関わる立法上司法上の経緯を見直した法律学にとって重要な貢献がある場合
 ⑧ 以前の判例法が見逃していた論点や最近交刊された判例では適用されなかった法原則を再確認した場合
 ⑨ ある法的争点について賛成もしくは反対の少数意見が付されており、多数意見と少数意見の公刊が法の発展に重要な寄与をする場合

 同州では公刊されていない判例は判決で引用できないとされているため(Rule 8.1115)10)、判例公刊は実務上も非常に重要な問題になってきます。日本ではそうした制限がないことから、未公刊判例を独自に収集して弁論や意見に反映することも自由です。そのためわが国では法曹の危機感が乏しいと言えるかもしれません。しかしながら、各裁判体が自身の判例の公開基準を持たず、もっぱら報道の様子に依拠しているようでは、判例の積み重なりによる健全な判例の発展は望めませんし、法律学においても同様です。そして、司法のオープンデータ化という今日の世界的潮流から外れていることは明らかでしょう。

3 海外の判例公開プロジェクト

 判例公刊が紙媒体中心の時代には判例国ですら増加する判例を判例集に収録・編纂することが困難となっていました11)。1990年代にインターネットが登場すると、民間団体が裁判所から判例データの、立法府から法令データの提供を受けて一元的集約的に提供するプロジェクトが始まります。

 このモデルが豪州で生まれたAustLIIです。AustLIIとはAustralasian Legal Information Instituteの略称で、オセアニア圏の包括的な法情報無料検索サイトです12)。1995年に二つの大学のベンチャー・プロジェクトとしてスタートしました。ステークホルダー方式という法情報の利益集団(出版社、データベース企業、大学、法曹界等)から拠出金を集めて運営するというNPO方式です。今日では日本円換算で1億2,000万円近い資金を調達し、7人のフルタイムスタッフを抱え、940のデータベースに130万件以上の判例を保有しています。データ総量は23テラバイトに上る完全民営の世界最大の法情報サービスです。2021年の報告書によれば、1日の平均アクセス数は70万件を超えています。判例情報については、豪州国内のほとんどの州・地域の裁判所による判例を収録、html様式で提供されています。

AustLIIのウェブ画面

 AustLIIはインターネットにおける非営利サイトによる無料法情報サービスの先駆けですが、その後、世界中に “Free the Law (LII) ” 運動を生み出し、判例や立法といった一次情報だけでなく、法律雑誌等の二次法情報まで網羅した無料アクセスを実現する仕組みを推進しました。現在では65の国や地域でLIIと同種の無料法情報データベースが稼働しています(The Free Access to Law Movement (FATLM))。加えて、世界中の法情報データを横断的に検索できるWorld LIIやアジア圏を網羅したAsianLII、コモンロー諸国を網羅したCommonLIIまで構築されています。

 インターネットの母国である米国でも判例の無料公開を進める動きがありました。AustLII発足の契機となった、合衆国連邦最高裁判例をカバーするコーネル・ロースクールの提供するLIIです。これに対して、最近立ち上がったCaselaw Access Project (CAP)はハーバード・ロースクール図書館が保有する4万冊に上る公的判例集をスキャンし、過去の全米の判例を無料公開する新たな試みです。現在、連邦と州を合わせて700万件近い判例が収録されています。

 カナダの法情報サイト、CanLIIは無料サイトと思えない多機能なサービスが特徴です。2001年に創設され、14の団体によって支援される無料法情報ポータルで、300万件以上の判例情報を保有しています。その検索結果について、被引用・引用判例データのリンクや、電子メールへの転送機能、引用された場合のアラート機能が備わっており、ヒットした判例データには入力した検索語(矢印)がそれぞれ別個のカラーでマーキングされるなど(下記図を参照)、独特で洗練された仕様が特徴です。

CanLIIの検索後の判決データ(三つの検索語〔上段表示〕が色分けされマークされている)

 加えてトップページでは、毎週「ホットな判例」の紹介ブログが提供され、利用者に注目判例を紹介する記事が置かれています。専門家向けにはCanLII Connectsというサイトが別に設けられ、カナダ判例に関わる最新動向の解説記事が英仏両語で提供されています。

CanLII Connectsの配信記事の例

 また、CanLIIと連動して、そこでの検索結果を自身のWordで作成した文章に含まれる引用箇所を自動的にリンクさせたり、過去の検索結果の保存を読み出したり、ノートやコメントを追加する機能といった高度なサービスも無償で提供されています(Lexbox)。2022年3月からは、AIを利用して二つの州判例について自動的に主題分類を判例データに付ける試みも始まっています13)

 日本では、長らく出版社やデータベース企業が法曹や教育機関向けの判例データサービスを構築してきましたが、判例の無料公開は限られた分野に特化した取り組みがあるだけです14)。2000年頃の司法制度改革当時も、判例情報の全面公開の必要性が各方面から指摘されながら実現されませんでした15)。そして、LIIのような民間で判例情報の高度な無料検索サイトが構築されることもありませんでした16)。2004年の法科大学院の誕生は判例情報のオープンデータ化の契機と期待されましたが、法科大学院側が積極的にイニシアチブを取ることはありませんでした。また、日本弁護士連合会でも刑事事件判例について、会の意見として全面的な公開を求める見解を公表したことはないようです。

 次回は、世界を席巻している裁判情報のオープンデータ化の動向と、今回紹介したNPO方式(LII運動)に代わって登場した国や裁判所による大規模な判例公開サイトを取り上げます。

【次回予告】 「裁判情報の公開(下)」について取り上げます。

注/用語解説   [ + ]

(2022年12月17日公開)


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