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連載 刑事司法における IT 利用の光と陰

刑事司法におけるIT利用の光と陰
第8回

裁判情報の公開(下)

指宿信 成城大学教授

4 裁判情報のオープンデータ化

 前回見たように、各国ではこれまで判例情報の一括的な公開・提供は民間によるNPOが担ってきました。

 ところが近時、政府・国の保有するデータへのパブリック・アクセスを保障しようという「オープンデータ化」の波によって、各国の公的機関による包括的な判例情報提供の仕組みが確立されるようになっています1)

 そうした判例情報のオープンデータ化の先頭を走っているのがイタリアです。もともとイタリアには法情報の電子的公開の長い歴史があります2)。今日では、判例情報について利用者を制限しないオープンデータとしてインターネット上で提供しながら、利用者を限定した専門家向けのサービスを分離して提供する多層的な手法を取っています。

 前者が、最高裁が提供する「Sentenze Web」です。2014年にサービスが開始され、50万件の下級審判例が公開されており、刑事判例でも30万件近い判例が収録されています。プライバシーへの配慮から匿名化処理が行われるとともに検索エンジンの検索をブロックします。さらに、5年を経過すると検索ができないよう設定して「忘れられる権利」にも配慮しているということです。

Sentenze Webのホームページ

 後者は、2003年に始まった法律専門家への高度なサービスを目的として構築された「ItalgiureWeb」です。52万件の民事、17万件の刑事の言い渡し判決情報、60万件の民事、67万件の刑事の判決文、4万件の欧州人権裁判所判例、5万件の欧州裁判所判例等が収められています。無料利用できるのは裁判官、中央政府の行政官や事務官、検察官です。地方の行政官、大学教員、弁護士、税理士、労働組合関係者、企業などは有料で利用できます。現在4万5千人以上の登録者が利用しており、毎月700万回以上の検索利用があるということです。

 ItalgiureWebでは、自然言語検索のほかブール検索(AND、NOT、ORを用いた検索式利用)、指定検索語の文中距離を指定した検索、年月日や審級を指定した検索、同義語検索などができるほか、異なる、あるいは同一の結論を取る判例の表示も可能になっています。特定のキーワードを登録して新着判例を知らせるアラート機能も装備されています。

ItalgiureWebのホームページ

 アジア圏において司法のIT化の先頭を走ってきたシンガポールでも3)、イタリア同様、一般からのアクセスが可能なSingapore Law Watch(SLW)と、専門家向けのLaw Net(LN)という二つの判例情報ポータルが用意されています。いずれもシンガポール法協会(the Singapore Academy Law)4)という団体が運営しています。同協会は法律で設立された一種の独立行政法人で、裁判所から独立しています。

 SLWでは2000年以降のSupreme CourtとHigh Courtの二つの裁判所の判例がカバーされています。Magistrate’ Courtの判例については、前回紹介したCommonLIIのシンガポールのセクションで提供があります(2006年以降)。LNは有料制となっていますが利用料金システムは複雑です。シンガポール利用者、マレーシア利用者、オセアニア地域利用者、その他海外利用者で分かれていて、シンガポール利用者は月最低85シンガポールドル弱(2022年11月時点でおよそ7,000円相当)で利用できます。大規模事務所になるにつれ一人当たりの利用コストは安価になります。

 2022年に入ると、欧州で判例のオープンデータ化に大きな動きがありました。

 フランス5)では、破毀院(Cour de cassation)・控訴院(cour d’appel)判決がデータベース“Judilibre”から公開されるようになりました6)。AIを用いた仮名化のためのエンジンが開発されれています7)

 イギリスでは、LII運動に連なるBaiLII8)がイギリスの判例情報を網羅的に無料提供してきました9)。そうした中、2022年4月に英国判例ポータルとしてNational Archive(国立公文書館)が提供する「Find Case Law」がスタートしたのです10)。現時点でのサービスは2003年以降の裁判所の裁判例(最高裁、高等法院、高等裁判所等)と2016年以降の審判例が収録されているだけで、王立裁判所や郡裁判所、治安判事裁判所等の判例は含まれていません。まだ初期段階で、今後拡大される予定ということです。登載されている判例のデータはXML11)12)技術が用いられ、そこからHTMLやPDFフォーマットで出力表示させ、法律情報にもハイパーリンクされます。ケース識別については、判例集に依存しないニュートラル・サイテーション方式13)が採用されました。また、判例情報は当然ながら個人情報を含んでいますが、英国では個人情報の保護義務は裁判所に及ばないとされており、再利用者が遵守義務を負うため匿名加工は再利用者の義務となっています。

5 裁判情報の匿名化問題

 さて、個々の判決にはプライバシーに関わる情報が大量に含まれていて匿名化を余儀なくされ、その手間が公刊コストを引き上げるので、この問題が裁判情報へのアクセス障壁とされていました。

 わが国では判決における匿名化が常識となっています。理由はプライバシー保護の要請ですが、これは国民の知る権利や司法の透明性といった公開促進要請と衝突することになります。米国では後者が優越するとされ、裁判所の命令がない限り基本的に実名のまま判例が公刊されています。欧州では先のイギリスのように匿名化しない国もあるなどまちまちです。

 こうした対立に大きな変化を起こしたのが2018年に欧州で発出されたGDPR、「一般データ保護規則」です14)。GDPRでは裁判情報における個人情報の保護は明言されていません。ところが、GDPRが2018年5月に施行されるや否やキプロスの最高裁判所が判例における個人情報に関する枠組みが確定するまで判例の公刊を行わないという決定を出します。これを受け、欧州司法裁判所が直ちにGDPRを遵守するため、判例情報に関わって次の二つの指針を示すことになりました15)

 すなわち、裁判が自然人同士の事案では個人名はイニシャルで表示され、それは実名のものとは異なるものとすること、そして、裁判が法人を含む場合には事件は法人名で特定されること、です。この決定を受けてキプロス最高裁は判例公刊を再開するよう命じました。同時にキプロス最高裁は欧州司法裁判所の指示を参考にして、国内での匿名化に関して次のように制度を整えます。

 *家事事件とその他の事件では刑事であれ民事であれ、児童が関与する場合は全て匿名化する
 *判決はオンラインでは姓のみで刊行される。
 *法廷での判決読み上げの際には以下のデータは匿名化される。すなわち、当事者氏名、関係者の住所、生体認証データ、健康データ、人種特定データ、政治的見解、宗教上の信念、性的指向、電話番号、車両登録番号、国民背番号、パスポート番号、死亡診断書、社会保障番号、保険証番号、課税番号、その他の個人特定となる番号等(例えば弁護士登録番号など)、遺言。
 *裁判所はオンラインで判例を公開する場合、証人や専門家証人などに関して特定の種類のデータを匿名化する。

 2018年以降、キプロス最高裁と同様、裁判所による匿名化に関する枠組みづくりが各国で広がっています。こうした匿名化処理とは異なり、前回紹介したAustLIIなどの世界のLIIのサイトでは、判例データへの検索エンジンをブロックして外部から氏名検索をかけることができないよう設計すると共に匿名化処理を加えていません。

 先ほど日本では判例情報の匿名化が一般的であると書きましたが、裁判所の取り扱いに一貫性を欠いていることを見逃すわけにはいきません。

 たとえば、2000年以降に最高裁は再審請求に関わって24件の決定を言い渡しています(2022年11月24日裁判所サイトで確認)。その中で、唯一、2019年6月25日に出された、「平成30(し)147  再審開始決定に対する即時抗告棄却決定に対する特別抗告事件」16)、いわゆる大崎事件第三次再審請求特別抗告審決定のみウェブで請求人を実名で掲載しています。その他の事件では全て匿名化するか、あるいは“申立人”といった方法で記述されているだけです。なぜこの事件だけ実名を記載すべきなのか理由は明らかではありません。メディアで大きく報じられていることが匿名化しないことの根拠にはなりません17)。同時期には袴田事件や名張事件、狭山事件など著名事件に関する決定が確認できますがいずれも実名ではなく、袴田事件のみ事件名を表示しつつもフルネームでの記載はありませんでした。これは差別的な取り扱いとしかいえないでしょう。

 裁判所Webを見ても「匿名化される場合がある」とするだけで、どのような情報がどの程度匿名加工されるかの基準が示されていません18)。匿名化に関わる明確な基準が明示されていない現状は見直されるべきでしょう。

6 法学研究上の重要性

 判例情報をオープンデータ化することにより法学研究を発展させ、ひいては裁判実務を向上させる可能性があります。法務省で行われている民事判決情報データベース化検討会でも、有識者ヒアリングにおいて石田京子教授(早稲田大学)から、判決情報のオープン化により実証的研究が具体的に展開できる可能性が指摘されています19)

 前回指摘したように、現行の下級審判例の公開範囲は非常に限られていますし、公開の基準も偶然性に左右されているわけですから、現状のデータを分析の母数とすると偏りが避けられません。オープン化によって質の高い実証的研究が可能になると期待されます。また、裁判実務家を中心としてしばしば未公刊判例を用いた調査研究が公表されますが、研究者からすると基になった裁判情報へのアクセスができませんから検証や批判しようがありません。裁判情報がオープンデータ化されてこそ判例に関する研究の質的担保がなされるのではないでしょうか。

 実際に判例オープンデータを用いた量刑研究を挙げておきましょう。オランダの例ですが20)、情報技術(ICT)を利用した犯罪に関する量刑傾向を調査するため、2015年から2020年にかけて2万5,000件以上の判例情報を分析し、その他の犯罪に比してICTを使った犯罪には重い刑が言い渡される傾向があることを見出した研究があります。この論文は、そうした知見を提示すると同時に、オープンデータが法学研究や法実務において有用であることも指摘している点は見逃せません。

7 おわりに

 以上紹介したように、近時、欧州では裁判所自身や政府機関によって裁判情報のオープンデータ化が加速されていることがわかります。従来のように、商用データベースを営む企業や、NPOによる集約のように民間任せにするのではなく、国が主体となって裁判情報のオープンデータ化が進められているのです。

 最後に判例情報公開の意義について述べておきます。判例情報を公開する理由についてかつて司法制度改革審議会がその意見書の中で、「司法の透明性と説明責任」を指摘していました。そうした政治的、法的理由もたいへん重要ですが、それだけでは終わらないことを付け加えておきたいと思います。

 それは、市民の権利や自由をめぐる歴史的文化的な記録としての意義です。最近、法哲学を専門とする住吉雅美教授(青山学院大学)により、どぶろくを製造した市民が食糧管理法違反で起訴され有罪となったケースが判例データベースでも判例雑誌でも収録されておらず、市民的不服従として市民が争った重要な事例が“黙殺”されているとの厳しい指摘がありました21)

 判例情報の選別が、そのときどきの法律専門家集団だけによって“先例性”があるとか”社会的に重要”といった狭い基準で進められてしまうと様々なリスクが生まれることは先に指摘したとおりです。判例情報が全て“オープンデータ”として公開されれば、社会で大きく注目される裁判のみならず小さな事件までカバーされることになります。そうした小さな事件の判決であっても保存、公開されていれば、将来、この国の人たちが、社会で不可欠な権利や自由の発想の源がかつて法廷に存在していたこと、権利や自由を獲得するための法的闘争が存在していたことを学ぶための資料となるでしょう。

 すなわち、民主主義社会の「情報基盤」として判例情報を位置付けておくことが肝要なのではないでしょうか。そうしたビジョンを基底として判例情報を含むあらゆる裁判情報の公開がこの国で推進されていくように願っています。

【次回予告】 「裁判記録のオンライン公開 」について取り上げます。

注/用語解説   [ + ]

(2023年01月18日公開)


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