1 はじめに
今回から4回にわたり、「再審制度を機能強化するための3つの課題」と題して、3名の刑事法研究者が再審制度の機能強化を支える理論研究の成果を公表する。執筆していただく研究者は、連載順に、中川孝博(国学院大学教授)、水谷規男(大阪大学教授)、葛野尋之(青山学院大学教授)の3名である。全員、長年にわたり共同で日本の刑事再審制度や諸外国の有罪確定後の救済制度について研究してきた関係にある。また、今年5月に開催された日本刑法学会第103回大会で、私がオーガナイザーを務めたワークショップの話題提供をしていただいた。
本特集は、超党派(「えん罪被害者のための再審法改正を早期に実現する議員連盟」)の国会議員による再審法改正案の提出作業が進行中であることと並行して、法務大臣からの諮問を受け、法制審議会刑事法(再審関係)部会において、刑事再審手続が非常救済手続として適切に機能することを確保する観点から、刑事再審手続に関する規律の在り方を見直すための審議が始まった時期であることを踏まえ、再審法の改正が少しでも実りのある内容になるよう外から応援することを企図して組んでいる。
再審法の改正にあたっては、まず何よりも、誤った有罪判決が確定してしまうことが過去も現在も起きていること、そして上訴を通じた救済とは異なり、一旦、有罪判決が確定してしまうと、事後的な救済を得るためには多大な忍耐を強いられてきたことを、全ての関係者が共通の認識としておく必要がある。法務省の改正刑訴法に関する刑事手続の在り方協議会の場では、再審といっても本格的な審査を行うまでもない請求が多くあることが指摘されている。しかし、取るに足りない請求が多いからといって、そうした請求を減らすために、その中に真に救済されるべき請求が埋もれてしまってよいことにはならないことは、誰もが肯定できるところであろう。取るに足りない請求は、再審請求前の法的助言を受ける機会を充実させることによって減らしていく他あるまい。
冤罪救済制度としての再審の機能を強化する方向で刑事再審手続の規律の在り方を検討するにあたっては、有罪確定後の救済を得るための負担についての問題認識を共有するだけで足りるわけではない。これと並んで、再審制度の基本原理を明確にしておくことが重要である。再審制度の基本原理をあいまいにしたままでは、刑事再審手続の在り方に関する議論がかみ合うことは期待できないからである。研究者が再審法改正の議論に関われることがあるとすれば、まさに再審制度の基本原理を明確にする役割を果たすことであろう。そこで本連載では、再審制度の機能強化を図るために避けて通ることのできない3つの理論的課題をとりあげ、改革をバックアップする方向で執筆していただくことにした。
2 再審の機能強化に関する3つの課題
再審の機能強化を説く見解にとってしばしば壁として立ちはだかるのが、確定前の救済手段である被告人上訴と確定後の救済手段である利益再審との実質的な区別論である。この議論は、再審手続の機能強化は、再審と上訴の区別を否定し、再審の事実上の「四審化」をもたらすものであってはならないとする、いわゆる「四審化(批判)論」として展開されてきた。しかしながら、再審理由を控訴理由と同一にすべきとの主張が行われるならばともかく、上訴と再審の区別を維持した上での主張が展開されることが一般的であり、「四審化論」がいったい再審の機能強化のどの点を捉えて四審化をもたらすと述べているのかは、主張の当否も含めて、丁寧に検証しておく必要があるだろう。そこで今回の連載では、まず中川孝博教授に、再審法の機能を強化するための壁としてしばしば登場してくる「四審化論」の内実を詳しく分析していただくことにした。
次に、再審手続は「再審請求に対する審査」と「再審公判」の2段階の構造になっているにもかかわらず、無罪が確実な事件しか再審開始を認めない運用が長年続いてきた。そして、こうした再審公判の前倒し的運用を可能にしてきたのが、再審請求段階からの検察官の訴追者的立証活動と再審開始決定に対する検察官抗告である。再審公判の前倒し的運用は、再審公判において公正な手続の下で審理のやり直しを行うことを想定している再審制度を不安定なものとし、そのこと自体が再審請求人の負担にもなってきた。この点、日本の再審制度のモデルであったドイツでは、直接・口頭主義の下での心証形成が重視され、再審請求に対する審査は比較的迅速に行われており、かなり様相が異なっている。再審請求手続における再審公判の前倒し的運用を改めるのであれば、再審公判を開いた結果、再び有罪となることがあってもしかたないという割り切り方も必要になるが、それでも前倒し的運用に比べれば、再審請求人のトータルの負担は減ることになるだろう。
無罪となることが確実な事件しか再審開始を認めないという前倒し的運用は既に慣行化しており、当該運用を変えることへの不安や、それに基づく反発というものも強く予想されるところである。とりわけ、検察官の関わり方の変更については、検察の意識改革が必要である。そのためには、再審請求手続に請求人の「相手方」として関与する検察官の地位・役割を、改めてどう位置付ければよいかを理論的に整理しておく作業が重要だろう。
また、検察官自らが請求人になるときは、再審公判において被告人の利益のための後見的活動を行うことになる。それに象徴されるように、利益再審公判における検察官の役割は、通常審におけるそれとは必ずしも同じとは限らないことに注意を要する。そうであるならば、本人請求による場合であっても、もはや検察官が無罪であることを争い得ないと判断した場合は、検察官請求による場合と同様、救済を促進する立場で再審公判に臨むことこそがあってしかるべきだろう。こういった点も含め、水谷規男教授には再審手続における検察官の在り方を論じていただく予定である。
第三に、再審の機能強化は、請求人の権利とりわけ新証拠を発見するための法的手段の保障を強化するか、あるいは中立的機関による職権調査権限の強化によらなければ果たし得ない。1995年刑事上訴法により新設されたイギリスの独立行政委員会である刑事事件再審委員会(CCRC)や、フランスの破棄院再審裁判所の予審部に代表されるように、後者のやり方を選択する国もみられる。しかし、当面、日本では現在の再審制度の下、再審請求人の権利を強化する形で機能を強化することが現実的であろう。
再審請求人にどのような権利を認めるべきかの検討にあたっては、日本国憲法39条が不利益再審を禁止する一方で、利益再審制度を残している意味に遡った考察が必要である。一事不再理の原則は、無罪判決を言い渡された者が再び同じ事件で刑事訴追を受ける危険を取り除くために形成されてきた。司法による事件の終局的解決の重要性は、無罪判決に誤りがある場合と有罪判決に誤りがある場合とでは、もともと異なる扱いを受けてきた。有罪判決の確定によってもたらされた法的状態への信頼も保護に値するであろうが、有罪とされた者の罪責の有無に関する有罪判決の内容と実体の齟齬を、確定判決の既判力の名ものとに是正しないでおいてよいとする考え方を採用している国を見つけることは困難である。再審制度の在り方を議論する際によく持ち出される、確定判決の法的安定性と実体的正義の実現の調整論は、不利益再審の是非を含め何を再審理由とすべきかを決める際には意味を持ち得るだろう。しかし、その調整の結果として具体的な要件を定めたものがまさに再審理由であるから、その再審理由の有無を正確に認定するための手続の在り方との関係において、再び調整論を持ち出すことは、あまり意味のない議論であると言わなければならない。
再審理由の審査手続の在り方との関係では、再審請求の審査でどれだけ公正な裁判を受ける権利が保障されるべきかを論じることこそ重要だろう。そして、再審請求と公正な裁判を受ける権利の関係を考察するにあたっては、再審請求権は単に裁判のやり直しを求める手続的権利ではなく、冤罪からの救済を求める実体的権利の行使であることを理論的出発点とすべきである。こうした再審請求権の本質をめぐる理論的検討は、葛野尋之教授に展開していただく予定である。
以上に述べた3つのテーマに関する理論的検討を通じて、刑事再審制度の基本原理に関する共通の理解が形成され、少しでもかみあった議論になることを期待したい。
*なお、刑事再審制度改革のための理論的基礎については、筆者も『法と民主主義』595号(2025年)4頁に論稿を掲載しているので、参照されたい。
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・第1回「カナダにおける再審制度の改革(上)──誤判原因調査から救済制度の新設へ」(指宿信)
・第2回「カナダにおける再審制度の改革(下)──誤判原因調査から救済制度の新設へ」(指宿信)
(2025年06月12日公開)