4 確定審・第1次再審請求審を踏まえた第2次再審請求審の攻防
⑴ 証拠構造を踏まえた第2次再審請求審の論証テーマと主張立証方針
確定審・第1次再審請求審の経過は、「主要関係者5名の供述が大筋で一致し、他の9名の関係者の供述によって支えられている」という論拠(2の⑶②)が、予想以上に難敵であることを示していると考えられた。弁護団内部にも、「事件から9か月以上経過し記憶が薄れているので、供述に変遷や食い違いがあっても不思議でないと反論される」、「供述と客観的証拠の矛盾を突いても供述が曖昧であるため攻めきれない」、「十数名もの関係者の供述をすべて弾劾することは無理ではないか」等の悲観的な意見があった。
しかし、確定審、第1次再審請求審ともに、裁判所の判断は揺らいでいるし、確定判決でさえ、証拠構造に「犯行を裏付ける物証がない、関係者供述に変遷や食い違いがある、犯行自体の目撃者がいない、自白がない」等の脆弱な特徴があることを認めている。そもそも、前川氏本人は、終始一貫して、「容疑事実はAと友達の作り話です」と訴えているし、1審公判証言で関与否定に転じた関係者は、異口同音に、警察の強引な誘導があったと訴えている(3の⑴~⑶参照)。
そこで、証拠構造の脆弱なこれらの特徴を踏まえて、第2次再審の論証テーマを、①請求人の犯行を裏付けるあるべき物証が存在しないこと、②関係者らの関与供述は警察・検察の捏造であること、③警察・検察が捜査側に不都合な証拠を隠していることの3点と定めた。
そして、再審請求書の作成に際し、弁護団会議での報告と起案のブラッシュアップを繰り返しながら、裏付証拠を摘示しつつ、証拠構造の脆弱な特徴を抽出、整理し、確定判決の認定や検察官の主張に対する反論を尽くしたうえで、新証拠として2種類のルミノール鑑定、シンナー中毒に関する精神医学鑑定、及び2種類の供述心理鑑定(対立仮設検討型供述分析とスキーマアプローチ)という科学鑑定を提出し、警察・検察が隠している証拠の開示命令とNの証人尋問を請求し、新旧証拠の総合評価によって、上記①ないし③のテーマを立証し、1審無罪判決を超える強固な論拠を示すことを目指して起案作業を進めた。
以下、⑵、⑶で、再審開始決定が取り上げたルミノール鑑定と供述心理鑑定(対立仮設検討型供述分析)について説明し、5で証拠開示について説明する。
⑵ ルミノール鑑定と供述心理鑑定による関係者供述の弾劾
ア 新証拠2種類のルミノール鑑定と「スカイライン利用供述」の弾劾
(ア) Aは、「スカイラインのダッシュボードに血糊が付いていた」と供述し、BとNは、「請求人が血を付けて同車の乗降を繰り返した」と供述しているが、事件9か月後に実施されたルミノール検査では陰性となり、同車のどこからも被害者の血痕は発見されなかった。
しかし、確定判決や第1次再審請求異議審決定は、ガソリンスタンドの清掃や長時間の日差しによってルミノール検査が陰性になった可能性があると判示した。
そこで、本件事案にできるだけ忠実な実験条件とするために、「スカイラインのダッシュボードに血糊が付いていた」とするA供述や、スタンドでの清掃に関する従業員の供述、およびスタンドの清掃マニュアルに沿って、①ダッシュボード材に血を付けた後に拭き取った場合と、②さらに、ダッシュボード材を本件と同型のスカイラインの車内に設置し、3月から12月までの9か月間、日光にさらした場合の2種類のルミノール実験を行った結果、どちらの実験でもルミノール検査は陽性となった。
つまり、清掃したり、日光に9か月間さらしても、ルミノール検査が陰性となることは原則としてないことが確認されたといえる。
(イ) この点、再審開始決定は、ルミノール実験は、実験方法の限界はあるものの、スカイラインから被害者の血液や血痕が全く検出されておらず、他に本件殺人事件と本件スカイラインとを結び付ける客観的証拠が存在していないこと等も踏まえると、経験則等に照らして、被害者の血液等が検出されないことへの素朴な疑問が増したことは否定できず、それはA、B、Nの供述に客観的証拠による裏付けがないだけの問題にとどまらず、スカイラインを利用したことへの疑念を増幅させたことは否めないと判示した。
(ウ) また、再審公判では、新証拠である2種類のルミノール実験鑑定は、検察官の不同意によって、採用されなかったものの、再審無罪判決は、本件スカイラインは、窓ガラス部分が汚れ、内部もごみが落ちているなど乱雑な状態であったから……(ガソリンスタンドでの)清掃がされていたのかは疑問が残る。……原判決(1審無罪判決)が、本件スカイライン内から被害者の血液反応が認められなかったことをAやBの供述の裏付けの不存在として評価したことは、誤りであるとはいえないと判示した。
イ 供述心理鑑定(対立仮設検討型供述分析)を踏まえた供述分析と「関係者供述」全体の弾劾
(ア) 確定判決は、「Nらが、取調べ当初、関与否定供述をした事実はない」、「Aは、身柄拘束中で他の関係者との通謀は物理的に不可能な状況であったにもかかわらず、主要関係者らの供述は大要において合致している」、「主要関係者達の関与供述の変遷には合理的な理由がある」と判示している。
(イ) しかし、供述心理鑑定の一手法である対立仮設検討型供述分析を踏まえ、供述の変遷経過やそれを取り巻く捜査状況等を総合評価することによって、主要関係者らの供述の形成経過には、次のとおり実体験に基づかないことを示す不合理な特徴(非体験性徴候)が数多く認められることが明らかになった。
ⅰ Nをはじめ主要関係者らは、取調べ当初、本事件への関与を否定していたこと、
ⅱ Aをはじめとする主要関係者らの供述変遷理由を語る供述には、供述の機会によって相反する変遷理由を語る等、実体験に基づくとは考えられない不合理な特徴(非体験性徴候)が認められること、
ⅲ Aは自分の犯罪について警察や検察から有利な処遇を得るという不純な目的のために、噓の供述を始め、供述が破綻したり、新たな不純な目的が生じるたびに、供述を変遷させていること、
ⅳ Aの供述によって関係者とされた他の関係者らの供述は、捜査側さえ架空と認めるエピソードを含めて、取調官がAの供述に「大筋で一致」するよう示唆・誘導して作り上げた疑いがあること、
ⅴ 警察が、Aについて、母親の寿司差入れを許し、煙草を与え、規律厳しい刑務所未決房への移送を回避する、また、警察のストーリーによれば犯人隠避の被疑者であるはずのBの供述調書作成にあたり、本来の被疑者調書でなく、参考人調書にとどめる等の不当な利益を与えていること、
ⅵ 主要関係者らの供述する関与供述の「各シーン」には、対応する「本件と無関係な類似の出来事」が存在すること、
ⅶ 主要関係者供述には、捜査側さえ、「虚偽」として捨て去った筋書きを真実らしく飾り立てた供述(虚飾供述)が存在すること、
以上のような不合理な特徴は、主要関係者らの語るエピソードが、実際には、本事件の頃に起きた「本事件と類似する無関係な出来事」や、捜査機関が収集済の情報を脚色し、詳細に飾り立てて誘導し、関係者が迎合して捏造されたものである可能性が強いことを示している。
(2025年12月16日公開)
