(ウ)再審開始決定や再審無罪判決は、供述心理鑑定等の科学的知見の有用性を実質上肯定し、関係者供述に対する弾劾効を認めている。
第1に、確定判決の判断手法について、供述者の心理や行動傾向等の科学的知見を利用したり、判断の客観化を担保するような基準を示したりして合理的に説明することを指向した形跡はなく、納得のいく合理的な理由を十分に示せているとはいえないと批判している。
第2に、次のとおり、対立仮設検討型供述分析と供述変遷経過を取り巻く捜査状況の総合評価による弾劾効を実質上認めているし、再審公判では、新証拠の供述心理鑑定は、検察官の不同意によって採用されなかったものの、再審無罪判決は、旧証拠と開示証拠に基づき、再審開始決定と同様の供述分析によって、関係者らの関与供述の信用性を否定している。
ⅰ Aは、自分の供述が捜査機関にとって有力な情報源であることをよく認識した上で、自らの供述を取引材料に、自己の刑事事件の量刑の軽減、保釈の獲得や、留置における優遇等自己の利益を図ろうとする態度が顕著である。警察は、Aを警察署に留置しているのを奇貨として、面会、飲食や、移監について、通常では考えられないような優遇を認めたり、実質的にAの要望を認めたりしており、これらは一種の不当な利益供与とみるほかはない。
ⅱ Nは、取調べを受ける過程で、先行するAの供述を前提とした追及を受けるうち、警察の誘導等に乗り、事件当夜とは別の日に経験した類似の出来事を、事件当夜の出来事として説明した疑いを否定できない。
ⅲ B供述は、供述時期、内容共にAの供述を後追いする経過がみて取れる。警察が、Bに対する取調べにおいて、A供述等を示唆する過程で、Bがそれに対応する記憶がないのに迎合する供述をしていったとみても矛盾はなく、B供述の不自然さがそうした事実があったことを示している。
ⅳ H子やGは、事件当夜請求人と同行した人物について、A供述に追随して、「bである」と供述した後、「Bである」と変遷させた経過がある。
ⅴ I子は、当初の聞き込みの際に、「昭和61年3月頃の深夜に請求人がI子宅に来たことがあった」などと述べていたが、「請求人とは面接しておらず、どの部分に血が付いていたかは全く分からない」と述べており、その後、「事件当夜にI子宅に来た請求人の太ももに血痕が付着していた」などと述べはしたものの、結局、公判廷では曖昧な証言に至っている。
⑶ 科学鑑定を踏まえた供述分析についての弁護人の主張
ア 弁護人の主張のまとめ
弁護人は供述分析のまとめとして、「本件は、有罪を裏付ける確たる証拠が何もないのに、事件発生から長期間が経過し捜査に行き詰まった捜査機関が、暴力団組員Aの不純な動機・目的に基づく虚言に依存し、同人との闇取引によって『目撃供述』等を捏造し、さらに供述内容が破綻するなど捜査側に不都合な事情が生じる都度、供述を変遷させる一方、Aの供述によって引き込まれた他の関係者らについて、初期否認供述を隠し、同人らにAの供述する架空のエピソードを押し付けることによってAの供述と大要で一致する関与供述を捏造し、『Aらの作り話です』という請求人の訴えを無視して、偽りの有罪判決を導いたものである」と主張した。
イ 科学鑑定を踏まえた供述分析は再審開始決定の証拠構造評価に生きていること
再審開始決定は、「弁護人らが提出した心理学者作成の鑑定書や、ルミノールの陰性化に関する実験結果を始めとする他の新証拠を更に検討するまでもなく」として、積極的判断は示していないものの、旧証拠構造の脆弱性判断において、上記⑵、ア(イ)、イ(ウ)のように判示したうえ、「確定判決が基礎とした証拠関係からだけでも、無罪を言い渡した一審判決を破棄してまで、請求人を有罪とすべきであったか疑問を禁じ得ない」と判示している。
よって、これらの科学鑑定を踏まえた供述分析は、総合評価において実質上考慮されているものと考えている。
5 証拠開示実現の経過と開示証拠・N証言・祝儀袋による関係者供述の弾劾
⑴ 証拠開示に関する攻防と287点の証拠開示・Nの証人尋問・祝儀袋
弁護団は、再審請求書とともに、証拠開示命令請求書を提出し、三者協議の開催を求め、パワーポイントを用いて、警察、検察に、警察官作成の取調べメモや捜査報告書を含む重要証拠が隠されていることを解明して証拠開示命令の採用を訴えた。
第1次再審請求審では、供述調書化する前の取調べメモや捜査報告書が証拠開示勧告の対象に含まれなかった。しかし、本件では、警察が、「取調べを行ったときは、特に必要がないと認められる場合を除き、被疑者供述調書又は参考人供述調書を作成しなければならない」という犯罪捜査規範177条1項を無視して、捜査側に不都合な供述について取調べメモや捜査報告書にとどめ、供述調書の作成を怠っていた。決定手続である再審請求審では、伝聞法則の適用がないため、取調べメモや捜査報告書に記された供述や指示説明が弾劾証拠になり得る。そこで、第2次再審請求審では、それらの証拠開示が必要であることを具体的に解明し採用を強く訴えた。
裁判所は、弁護人の主張を受けて、証拠開示命令請求書掲記の証拠をすべて任意で開示するよう検察官に勧告し、それでも、検察官は、「高検の担当者全体の意向である」として任意開示を拒否したが、裁判所が、証拠や証拠一覧表の開示命令に踏み切る用意があると言明し、「担当者全体で、再度、協議されたい」と強く促した結果、検察官は、ようやく、警察官作成の取調べメモや捜査報告書を含む287点の任意開示に応じた。
また、1審の関与否定供述から控訴審で関与供述に変遷したNの証人尋問が実施され、M警察官がNに渡した祝儀袋も証拠として提出された。
そして、裁判所は、開示証拠のうち83点、N証言及びN提出の祝儀袋について、「請求人の行動経過」を支えるN(出迎え役)、B(同行役)、A(蔵匿役)をはじめ主要関係者らの供述を弾劾する新証拠(刑訴法435条6号)であると認めて、再審開始決定をした。
このように、再審請求審の証拠開示によって、弁護人の主張を裏付ける捜査書類が多数顕出され、N証言や祝儀袋とともに、関係者供述を弾劾する決定的な新証拠となった。
また、再審公判では、検察官が、再審開始決定が新証拠と認めた開示証拠の取調べに同意したため、N証言や祝儀袋とともに、同じく再審無罪判決を支える中核的な証拠となった。
以下、主な開示証拠とN証言や祝儀袋の弾劾効に関する判示を紹介する。
(2025年12月16日公開)
