⑵ 「出迎え役N」の供述の弾劾
ア 「いやらしい踊り」の放送を否定する捜査報告書とN供述の弾劾
確定判決は、「事件当夜、Nが歌番組『夜のヒットスタジオ』で、アン・ルイスと吉川晃司のいやらしい踊りの場面を見ていた頃、Aの電話を受けて迎えに行き、喫茶店でAとゲームをした」というNらの供述を根拠として、「喫茶店でAとゲーム中に、Aの指示で、被告人を出迎えに行った」とするNの関与供述の信用性を肯定した。
しかし、開示証拠であるテレビ会社の捜査報告書等により、「アン・ルイスと吉川晃司のいやらしい踊り」の場面が事件当夜に放送された事実はなく、上記供述は、取調官の誘導による疑いがあることおよび検察官は、1審公判中に上記事実を把握していたことが明らかになった。
ところが、検察官は、実際には「アン・ルイスと吉川晃司のいやらしい踊り」の場面が事件当夜に放送されなかったという事実を明らかにすることなく、被告人から、正しい事実関係を前提とした主張・立証の機会を奪った。のみならず、論告、控訴趣意書において、本件場面が3月19日に放送されたという事実に反することを、Nの第1次供述等の捜査段階供述の裏付けとしてぬけぬけと主張し続けた(論告要旨71、105頁、控訴趣意書217、258頁)。その結果、裁判所にも、動かし難い事実について真実とは異なる心証を抱かせたまま、控訴審裁判所に有罪判決をさせ、これを確定させた。
再審開始決定や再審無罪判決は、この点について、「『夜のヒットスタジオ』の放送日時、内容は、確定審において検討の俎上に載せられるべき重要な事実関係であったのに、その機会を奪った確定審検察官の訴訟活動は、公益を代表する検察官としてあるまじき、不誠実で罪深い不正の所為といわざるを得ず、適正手続確保の観点からして到底容認することはできない」と批判した。
イ 控訴審証言直後のM刑事の祝儀袋交付とN関与供述の弾劾
1審公判で、関与を否定した関係者5名のうち、Nだけが、控訴審で関与供述に戻ったことが、逆転有罪判決の要因になった。
しかし、Nは、第2次再審請求審における尋問に対し、「本件には関与していない」、「控訴審では、M刑事から捜査段階の供述調書のとおりに証言するよう指示されたため、関与証言をした」、「控訴審証言直後に、M刑事から居酒屋やスナックで接待を受け、結婚祝いを渡された」と証言し、M刑事の結婚祝いの祝儀袋を提出し、領置された。
この点、再審開始決定や再審無罪判決は、「警察官が私的交際関係のない重要証人に対し、証人尋問に近い時期に金銭を交付すること自体が、国民の信頼を裏切る不当な所為であり、利益供与を伴う不当な誘導等をしたものとして、Nの関与供述全体の信用性に重大な疑問を生じさせる」と批判した。
⑶ 「同行役B」の供述の弾劾
ア 丸型テールランプ目撃を否定するC’の供述調書等とB供述の弾劾
確定判決は、「犯行時間帯に、犯行現場の団地内で、スカイライン特有の丸いテールランプの駐車車両を目撃した」というC’の供述を根拠として、「被告人をスカイラインに乗せて犯行現場団地に連れて行き、駐車して待っていた」というBの供述の信用性を肯定した。
しかし、開示証拠であるC’の捜査報告メモや供述調書等によって、C’は、本件殺人事件発生直後、「不審な人物や車両その他、不審なものや特異な事項に何も気が付かなかった」と述べていたにもかかわらず、11か月後に作成された警察官調書以降、「丸いテールランプを目撃した」という供述に変遷していることが明らかになった。
この点、再審開始決定や再審無罪判決は、「供述が変遷する合理的理由は見出せず、C’証言は信用できない」、「『団地にスカイラインで行った』とするB供述を支えるC’供述が信用できないことは、Bの供述に関する客観的裏付けがかなり浅薄なものになったことを意味する」と判示した。
イ 「義兄宅のアパートに行った」とするB供述に関する備忘メモ等
確定判決は、「被告人から義兄宅へ車を運転して行ってくれとの依頼を受けたとするBの供述は、実際に体験した者でなければ供述できない具体的な事実である」と判示し、また、検察官は、「Aはこの行程に関与しておらず、警察がAの供述に基づいてBを誘導することができないので、Bは自分の記憶に基づいて供述した」と主張している。
しかし、開示証拠である捜査報告書によって、警察は、上記供述に先立ち、福井市役所市民課の調査によって、請求人の義兄宅のアパートの住所を把握していたことが明らかになった。
また、開示証拠である警察官作成の備忘メモによって、Bが供述する前の午前中に、警察が、Bの現場引当りを先行させて、本件犯行時刻頃から義兄宅のアパートを経て、Aの居る喫茶店に行くまでの時間経過や関係供述との整合性を確認したうえで、Bの行程供述を得たことが明らかになった。
このように、請求人の義兄宅アパートに至る行程に関するBの供述は、警察官があらかじめ市役所で義兄宅を調べ、現場引き当りを利用してBを誘導し、Bが迎合した疑いがあることが明らかになった。
⑷ 「蔵匿役A」の供述の弾劾
確定判決は、「本件殺人事件の翌日の夜に、Aが被告人に同行して来宅し、被告人を匿うよう依頼した」というT子の供述を根拠として、Aのその旨の供述の信用性を肯定した。
しかし、開示証拠であるT子の警察官調書によって、T子は、警察での聴取では、請求人が訪ねてきた際に、「Aが請求人に同行していた」とか、「Aから請求人を匿うよう依頼された」とは供述していないことが明らかになった。
このように、最初に、「請求人が犯人だ」と言い出した蔵匿役「A」の供述は、B供述、N供述に続いて、T子供述という支えを失った。
6 39年ぶりの再審控訴棄却判決(再審無罪判決)と確定
⑴ 名古屋高裁金沢支部第2部(増田啓祐裁判長、山田兼司、南うらら両裁判官)は、2025年7月18日、要旨以下のように判示して、1審福井地裁の1990年9月26日付無罪判決に対する検察官控訴を棄却する判決(再審無罪判決)を言い渡し、検察官の上告権放棄によって、逮捕から39年ぶりに無罪判決が確定した。
ア 本件には、Aにおいて自己の利益を図るために被告人が犯人であるとの噓の供述を行い、捜査に行き詰まった捜査機関において他の主要関係者に対してA供述に基づく誘導等の不当な働きかけを行い、その結果、A供述に沿う主要関係者供述が形成されていった具体的かつ合理的な疑いが残るのであって、同様に判断して、主要関係者供述の信用性を否定した原判決は正当なものである。
イ 特に、M警察官がNに対し控訴審証言に近い時期に現金を渡したことは、警察官の職務の公正さの観点からも到底看過できない。
また、確定審検察官が、「夜のヒットスタジオ」の放送日時、内容に関する捜査報告書の重大な誤りを隠し、真実に反する主張をしたことは、公益の代表者としての職責に照らし、率直に言って失望を禁じえない。
検察、警察の不正、不当な活動ないしその具体的な疑いは、単に検察、警察に対する信用を失わせるのみならず、刑事司法全体に対する信頼を揺るがせかねない深刻なものである。
⑵ 判決言渡し後、増田啓祐裁判長は、前川氏本人に、「39年もの間、大変ご苦労をおかけし、申し訳なく思っています」、「これからの人生に幸多からんことをお祈りしております」と語りかけ、本人は涙ぐんで頷いていた。
7 おわりに
本件は、捜査に行き詰まった捜査機関が、Aの不純な目的に基づく嘘の供述に依存し、他の主要関係者に対し、誘導等の不当な働きかけを行い、A供述に沿う「大筋で一致」する主要関係者供述を捏造し、不都合な証拠を隠して作り上げた冤罪事件である(6、⑴)。
第2次再審における弁護人の科学鑑定を踏まえた供述分析によって、上記事実が解明され(4、⑷)、証拠開示によって顕出された数多くの隠されていた証拠が決め手となって、再審請求から再審無罪判決まで、3年足らずの迅速な解決が実現した。
捜査側に不都合な証拠(5掲記の証拠など)を隠した警察や検察官の行為は証拠隠滅罪に該当するし、テレビ番組「夜のヒットスタジオ」の「いやらしい踊り」の場面が事件当夜に放送されていなかった事実を隠し、同場面が放送されたとする論告要旨を作成し提出した検察官(福井地検三席検事)や、同内容の控訴趣意書を作成し提出した検察官(同地検次席検事)らの行為は有印虚偽公文書作成・同行使罪に該当すると考えられる。
そのために、長期間にわたり、雪冤がままならないまま、逮捕当時21歳であった前川氏本人は60歳を迎え、父・禮三氏は92歳の高齢に達しており、母・真智子氏は悲嘆のうちに亡くなるという悲惨な被害が生じている。
このような悲惨な冤罪被害の救済をするためにも、再審請求審における実効ある証拠開示制度を構築する必要があることは明らかであり、刑訴法の改正が待たれる。
(2025年12月16日公開)
