はじめに
RAISのマニュアルや各種研修で、取調べ拒否の弁護活動の具体的な方法に接してきた。包括的黙秘を助言すべき場面で、最も実効的に黙秘権を行使する方法の一つであると確信している。これまでに8件ほど、取調べ拒否の弁護活動に取り組んだ。うち1件についてレポートするものである。
事件の概要
2025年の春、大学生(事件当時19歳の少年)である依頼人Aさんは、夜間に、知人とともにコカインを摂取したという麻薬施用の疑いをかけられ、都内の警察署で勾留されていた。
しかしAさんは、接見で、コカインを使った記憶はなく、液体大麻を吸引してしまっただけであるはずだと教えてくれた。大麻も麻向法上の麻薬に数えられたとはいえ、被疑事実は、Aさんの体験や記憶と異なっていた。もっとも、尿検査の結果は、コカインの成分のみが検出され、大麻は検出されていなかった。知らずのうちに他人に摂取させられた可能性を含め、施用の故意を争う可能性があった。
取調べ拒否の実践
今後一切、捜査機関に、薬物の摂取時の認識を含めたあらゆる情報を提供するべきではない、Aさんだけが知っているその日の出来事の記憶を護るために、黙秘をしようということを、Aさんに助言した。そして、取調べのために留置施設の居室から出ないことを指示し、具体的な方法を伝えた。
出室拒否の前提として、取調べ受忍義務がないということを、少年でも理解できるレベルで説明しなければならない。Aさん自身が腑に落ちて納得してもらうことがとても重要である。そうでなければ、いくら弁護士と約束しても、心が揺らいでしまう場合がある。
Aさんは大学生であった。法律の建付けに触れてもらうことが、黙秘権の保障や、取調べ受忍義務が否定される考え方の理解に役立ち、かつ可能だったため、刑事訴訟法198条の条文の拡大コピーを差し入れて、取調べ受忍義務を認める反対解釈の誤りについて説明した。ここでは、私の能力の限界で、厳密な正確性がやや犠牲にされても、解りやすいイメージとともに反対解釈について理解してもらう必要があると思った。そこで様々な例を出した。たとえば「新型コロナ感染症にかかった学生は、大学を欠席してもよい」という大学のルールは、他の病の人(インフルエンザや百日咳の人)は反対に必ず大学に来ないといけない、とは言っていないだろう。
刑事訴訟法のテキストの例も、接見室でAさんと一緒に読んでみた。Aさんは、「図書館にライオンを連れてきてはいけない」と禁止されていても、図書館に毒蛇を連れてきていいことにはならないという例が、よくわかったと言ってくれた。
出室拒否を表明した場合に何が起こるのかについて、事前に伝えておくことも、Aさんの不安を少しでも拭うために重要であった。捜査機関から、「警告 あなたには受忍義務があります」と記された書面やボードを示されながら、取調室に行く義務があるという「説得」をされる可能性、身体に直接働き掛けられて無理やり居室から引っ張り出される可能性などがあることを伝えた。このような場合には、公務執行妨害のリスクも含めて、全身を脱力して警察官の身体に接触しないようにすること、難しいと感じた場合は、今回は自ら居室を出て、取調室で、「黙秘します。」「取調べをやめてください。」「居室に戻してください。」と発言することなどを伝えた。
また、弁護人が接見後すぐ取調べ拒否の通知書を捜査機関に出すことも、事前にAさんに伝えておいた。Aさんが、いきなり、捜査機関に出室拒否を表明するわけではないと解ってもらうことも、プレッシャーを取り除くうえで効果的だと思われた。そうして、接見を終え、検察官、警察官(捜査部門・留置部門)のそれぞれにAさんの意思表明書を添えて通知書を提出した。
Aさんは、弁護方針に納得してくれ、警察官から出室要請を受けても、取調べを断り続け、頑張ってくれた。
結果、通知書の提出日当日に一度居室から出ることになり(後述)取調べが実施された他は、一度も居室を出ることなく終えられた。取調べが行われた1回についても、Aさんは黙秘し、供述調書は作成されなかった。
勾留5日目、Aさんは、勾留理由開示期日の被疑者意見陳述で、取調べを拒否することを法廷でも宣明した。取調べ拒否をしているにもかかわらず、5名以上の警察官が居室の前に立ち並び、取調べに応じるよう出室を求められた際の恐怖感を、裁判官の面前で訴えた。弁護人も意見陳述で、抗議をした。
なお、勾留理由開示期日指定の後に、期日と同日の検察庁への押送予定の告知があった。押送車両に乗っていいのかなど、Aさんからまっとうな困惑の質問があった。抗議したのを容れてくれたのかは判らないが、同日の取調べは結局なくなった。
(2026年04月19日公開)
