深謀無遠慮 第3回

刑事弁護の担い手は充分なのか

大出良知 九州大学名誉教授・弁護士


1 弁護士立会いへの対応力

 前々回、弁護士の取調べへの立会いに反対する意見の中に、弁護士の対応力を問題にする主張があることを紹介しました。その時の中心は、現在の取調べを前提にし対応力を問題にする反対論のことでしたから、第一義的には、立会いができる場合にのみ取調べを可能にすることや取調べの在り方改善することが不可欠であるということを指摘しましたが、それにしたところで、取調べに応じることで速やかな決着が期待できる事件も少なくないと考えられますから、相応の対応力が求められることも否定するわけにはいきません。

ということもあり、反対説が、対応力を問題にするには、取調べの在り方だけではない背景があるとも考えられますそれは、憲法37条3項が「資格を有する弁護人を依頼する」権利を保障してり、刑事訴訟法31条1項「弁護人は、弁護士の中からこれを選任しなければならない」と規定していることに関わります。問題は、そのような法的な要請に応える量的態勢が弁護士にあるのかということです。もちろん、量的対応力の背景には、経済的問題が伏在している可能性が大きいとも考えられますが、ここでは、そのことも念頭において、量的対応力について考えてみたいと思います。

歴史的に常にといってよいほど問題になってきたのが、そもそも弁護士の人数が少なく、しかも、刑事弁護に日常的に携わっている弁護士が、少数に留まっているといわれてきたからです。

2 被疑者国選弁護制度の導入をめぐっての議論

 現行憲法の下での事態ということでは、そもそも刑事訴訟法の制定過程で問題が顕在化していました。それは、被疑者国選弁護制度の導入をめぐってでした。

ご存じのように、被疑者国選弁護制度は、1990(平成2)年に創設された当番弁護士制度の実績を基盤に2006(平成18)年10月から導入されることになりましたが、実は、既に現行法の制定過程で導入が模索されたことがありました。

現行憲法が公布された直後の1946(昭和21)年12月10日までに起草された刑事訴訟法案(1次案から3次案まで)には、勾留中の被疑者に対して国選弁護人の選任請求を認める規定が用意されていました。但し、弁護人を弁護士から選任することが困難な場合には、「司法修習生又は裁判所書記の中から弁護人を選任することができる」(48条)としていました。しかし、12月20日までに起草された4次案では、被疑者国選弁護についての規定は、削られることになりました。

その理由は明示されているわけではありませんし、いろいろ考えられないわけではありません。しかし、194611に公布された日本国憲法の37項が、被告人の弁護について「資格を有する弁護人」を依頼する権利を保障したことと関わっていたと考えられます憲法が被告人に「資格を有する弁護人」すなわち、弁護士による国選弁護を保障した以上、被疑者の国選弁護にも弁護士をとなるのは当然ったしょう。そうなったとき被疑者国選制度自体を諦めなければならなかった主な理由は、当時の弁護士の量的対応力であったと考えられます。

具体的には、新刑事訴訟法が施行された1949昭和24)年前後の逮捕人員は、30万人代後半、勾留人員は、20万人代前半という状況でしたから、当時の弁護士数6000人前後では対応は到底無理であったと考えられます。それに、憲法が条文上直接要求している被告人に対する国選弁護との関係も無視できなかったと思われます。

その対応力が、刑事訴訟法の制定過程でも問題になっていました。

直接には、必要的弁護事件の規定(刑訴法289)に関わって1946年度の実情を前提に、弁護士一人あたりの負担について政府委員から、次のような説明がありました。「長期年以上の事件の被告人の数は、11万2772名でありまして、現在日本全国の弁護士の数が6319人、……すると、一人の弁護士が一カ年間に国選弁護人として担当して頂く人員が17人分ということになる……かなり負担にはなろうと考えておりますが、必ずしも運用上不可能ではないという結論を持ちまして、この289条の規定をもうけた」ということです(「第回国会参議院司法委員会議録第46号」7頁。なお、漢数字は算用数字にあらためました)。

実際には、1950年代(昭和20年代後半から30年代前半)には、数字の上では、制定過程での予測を超える平均約25人程度を国選弁護人が中心に担当しなければならない時期がありました。そのため、国選弁護の実情には様々な問題が指摘されることにもなりましたが、1960年代(昭和35)以降の負担は、いくらか減少することになり、ともかくも被告人に対する弁護制度は破綻をきたさず維持されることになりました。

3 当番弁護士制度の創設で見えてきた被疑者弁護への対応力

 しかし、被疑者弁護に国選弁護制度によって全面的に対応する余裕はなかったということでしょう。被疑者弁護への対応力は、1990年になっての当番弁護士制度の創設によって初めて確かめられることになったといって良いかもしれません。その対応力を確かめることが目的で制度が創設されたわけではありませんが、結果的には、対応力がついたことで制度の創設が可能になったということだったとも考えられます。

その具体的な数字を確認しておきましょう。

当番弁護士制度が創設されたのは、1990年ですが、全単位会が実施することになってから年が経って制度が軌道に乗ったといってよいと思われる1997(平成9)年時点での数字は、次のようでした。弁護士の人数は、約16500人になっています。前述した現行刑事訴訟法の施行当初の2.6倍強の人数です。そのうち、当番弁護士に登録している人数が、約6900人であり、被告人の国選弁護に登録していたのは、それよりも多い約9000人でした。すなわち、その数字は、現行刑事訴訟法施行当初の全弁護士数を上回っており、年間の逮捕人員約117700人、勾留人員約101800人で、当番弁護士の受付件数約22900件、受任件数5500件、さらに公判請求人数約101500人に十分に対応できることになっていました。

さらに、確認できている直近の統計数字も紹介しておきたいと思います。弁護士数は、41159人(20191)と、1997年の約2.5倍になっています。当番弁護士登録弁護士数は、18266人(20185月末)と、約2.7倍。国選弁護人契約弁護士数は、被疑者国選弁護制度が創設され、被疑者弁護も含めてということですが27786人(2017年12月1日)と、3倍になっています。この態勢で対応することになった事件数は、逮捕総数118446(2017年)、勾留請求101993(2017年)、当番弁護士受付件数52980件、当番弁護士受任件数24363件、国選被疑者弁護受理件数63839件(2017年)、国選被告人弁護受理件数5万3655件(2017年)、公判請求人員83988人(2017年)ということになっています。

4 工夫次第で十分可能になった取調べへの立会い

 この数字をご覧になってもお分かりいただけるように、弁護の量的対応力が急速に強化されてきたことは間違いありません。他方で、求められる弁護の領域も被疑者段階から公判審理まで拡大してきています。ですから、この数字からだけでは、実際の弁護の実情は見えてきませんが、当番弁護士としての対応から被疑者国選、被告人国選と一連の弁護を同一の弁護人が対応すると想定すれば、当番、国選の登録者が、年に2ないし3件を担当すれば足りることになります。仮に取調べへの立会いということになったとしても、量的対応力を確保することは、工夫次第で十分可能と思われるのですが。

(2019年04月16日公開)


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