連載 取調べ拒否! RAIS弁護実践報告<br>第8回——事例報告⑦ 強盗致傷被疑事件

連載 取調べ拒否! RAIS弁護実践報告
第8回——事例報告⑦ 強盗致傷被疑事件

窃盗被告事件での起訴となった事例

西村 誠(長野県弁護士会)


事案の概要

 被疑者N氏は、長野県松本市内の書店で漫画本やライトノベル数冊を万引きした。N氏の万引きに気づいた店長はN氏を追いかけ、N氏が店を出てから150メートルほど走って逃げたところでN氏を捕まえたが、N氏は店長につかまれた服を脱ぎ捨てて逃走した。店長は、N氏を捕まえようとした際、近くのブロック塀で腕や指をこすり出血し、全治2週間の傷害を負った。

 逃走したN氏は、後日、被害にあった書店の近くを歩いているところを職務質問され、その後、強盗致傷被疑事件で逮捕勾留された。なお、N氏には窃盗の前科が3犯あり、直近では懲役1年4月の実刑判決を受け、事件の約2年前に刑の執行が終了していた。

取調べ拒否の弁護実践の内容と結果

1 N氏の要望

 N氏へは逮捕段階で接見を行った。N氏は、私が接見をする前から、取調べの警察官に対し、「弁護士と相談してから話をする」と伝え黙秘をしてくれていた。N氏は、過去の前科のときには取調べに応じたが、自分の言い分をしっかり聞いてもらえず、供述調書も事実と異なる内容になっていた経験があるとのこと。そのため、本件では、弁護士と相談するまで何も話さないという対応を取ってくれていた。しかし、N氏も、このまま何も話さないのが正しい対応なのか不安があったらしく、「取調べで話をした方が早く終わるのではないか」「黙秘をすると印象が悪くなるのではないか」と私に質問してきた。N氏は高齢の母親と二人暮らしをしており、母親のことが心配で、実刑になるにしても、早く手続を終えて、服役するなら早く服役して早く出所したいと考えているようであった。

2 N氏への説明

 しかし、取調べに応じたからといって早く終わることはあり得ない。特にN氏の場合は、前科関係や強盗致傷という罪名、犯行時に逃亡していること等を考えると、取調べに応じて供述しても、20日間勾留される可能性は高かった。また、強盗致傷罪のまま起訴されれば裁判員裁判になるため、判決までに時間がかかることは十分想定できた。

 そこで、N氏に対して、「取調べに応じたとしても早く終わることはない。勾留期間は20日間しっかり使われるはずだ」「強盗致傷という罪名や前科関係に加え、逃走までしていることを考えると、取調べに応じたからといって身柄解放される可能性も低い」と伝えた。実際、N氏が過去に逮捕勾留されたときには、取調べで供述しても20日間勾留されたらしく、取調べに応じても早く終わるわけではないことは理解してくれた。

 そして、N氏に対して、「警察官には起訴不起訴の権限はない。検察官は起訴不起訴の判断はするが、有罪無罪を決める権限も、量刑を決める権限もない。Nさんの場合、取調べに応じてそこで反省の態度を示しても不起訴にはならないだろう。だとしたら、警察官や検察官の印象を良くすることには何の意味もない」と説明した。

 さらに、「捜査機関が作る供述調書は捜査機関の作文だ。そもそも、他人の話を正確に文章にするには相当の理解力と文章力が必要になる。警察官や検察官にその能力があるとは限らない。正確な内容の供述調書というのはあり得ないと思った方が良い」「今、大事なことは、不利な証拠を作らせないことだ」と説明した。

 加えて、「あなたは、自分が取調室で話すことや、署名指印する書類が、今後の手続でどういう意味を持つかわからないはずだ。弁護人である私がいない場所で、そんなことはさせない」「あなたの言い分は、最終的にあなたの量刑を判断する裁判官の前で述べてもらう。それは、私がいる場所で、私からの質問に答える形で行う。取調室で、自分一人で判断するのとどっちが良いか、考えるまでもないだろう」「あなたの味方は私であって、警察や検察ではない」と説明した。ここまで説明して取調べに応じようと考える被疑者はほとんどいない。N氏も同様で、取調べを拒否する方針に了承してくれた。

 そして、N氏に対しては、取調べのために呼び出しをされても「取調べを拒否します」と伝え、居室から出ないよう指示した。ただし、公務執行妨害を避けるために、服をつかむ等して無理やり連れて行かれそうになった場合には抵抗せず、取調室で「黙秘します」とだけ伝え、何もしゃべらないように指示をした。

 ほとんどの被疑者は、不安の中で勾留されている。逮捕後に弁護士が接見する前に、捜査機関から「しゃべらないと印象が悪くなるよ」「言い分があるなら言っておいた方がいいんじゃないか」「認めるなら早い方が印象良くなるよ」といった、不当な説明を受けていることもあり、取調べに応じないことへの不安が大きくなっていることが多い。

 そのため、弁護人としても、単に取調べの拒否や黙秘を指示するだけではなく、取調べを拒否することは正当な権利行使であることと、弁護人が味方になることをしっかり説明する必要もある。

3 通告書の送付と捜査機関の対応

 その後、N氏が署名指印した取調べ拒否の通告書(資料1)と、弁護人名で作成した取調べ拒否の通告書(資料2)を、検察庁と警察署に送付した。

 通告書送付後も、警察官は、何度か取調べのためにN氏を呼びに来たが、N氏が「取調べを拒否する」と伝えると、おとなしく帰っていった。検事調べについても拒否したところ、無理やり検察庁に連れていかれることもなかった。勾留期間の満期が近づくと「検事が警察署まで来ると言っている。それでも取調べに応じないか」と言われたそうであるが、それでも取調べを拒否したところ、検事は警察署に来ることもなかった。結局、通告書を送付してからは1回も取調べを受けることがなく、N氏の供述調書は1通も作成されることはなかった。

4 窃盗罪での起訴と保釈の許可

 勾留期間満期を経てN氏は起訴された。しかし、起訴罪名は、強盗致傷被告事件ではなく、窃盗被告事件での起訴であった。後で検事に窃盗で起訴した理由を確認すると、「反抗を抑圧するに足りる程度の暴行の認定ができなかった」とのことであった。取調べを拒否したから窃盗罪での起訴となったのか、取調べに応じていても窃盗罪での起訴となっていたのかは、確定的なことはわからない。しかし、取調べに応じていたら、不当な誘導、誤導、脅し等といった取調べで、N氏が逃げるときに店長に暴行をし、それによって店長が怪我をしたことを認める内容の供述調書が作られ、強盗致傷罪で起訴されていた可能性も十分ある。そう考えると、取調べを拒否した効果は十分あったのではないかと思う。

 起訴後、保釈請求もした。検事の意見は、「本件保釈請求は不相当であり、直ちに却下すべきものと思料する」というものであったが、裁判官は保釈を許可した。

 取調べ拒否や黙秘権行使については、保釈のときに不利になるという意見も耳にする。しかし、本件のように、取調べに応じず、供述調書が作られていなくても、保釈が認められることはある。そのため、保釈等の身柄解放が困難になるリスクは、過度に考える必要はないと思われる。また、事案によるとは思うが、身柄解放よりも事実と異なる内容の供述調書が作られないようにすることを優先すべきであろう。特に、当初の被疑罪名であった強盗致傷罪で起訴されていたら、仮に、取調べに応じ、供述調書に署名指印していても、保釈は難しかったのではないかと思う。

まとめ

 私は、過去には、取調べ拒否ではなく、取調室まで行くが、そこで黙秘をさせるという対応を取っていたこともある。その場合でも、黙秘をさせることで、嫌疑不十分で不起訴になった事件も多く経験した。

 しかし、取調室に行き、そこで黙秘をするというのは、被疑者にはかなりの負担になる。捜査機関は、黙秘をする被疑者に対して、「印象が悪くなるよ」「弁護士は君の人生まで考えてくれないよ」等、黙秘権を侵害する取調べを平気でしてくる。違法不当な取調べに対しては、後で抗議をするにしても、そのような場に被疑者を一人で行かせるより、取調べ自体を拒否する方が、被疑者の負担は圧倒的に少なく、効果も大きいはずである。

(『季刊刑事弁護』123号〔2025年〕を転載)

(2025年07月18日公開)


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