連載 取調べ拒否! RAIS弁護実践報告<br>第9回——事例報告⑧ 詐欺未遂被疑事件

連載 取調べ拒否! RAIS弁護実践報告
第9回——事例報告⑧ 詐欺未遂被疑事件

取調べ拒否は、捜査弁護の基本

深見愛一郎(栃木県弁護士会)


はじめに

 私は、登録1年目(2019年)から、取調べ拒否の弁護を行ってきた。当時は、全国でも取調べ拒否の実践数はあまりなく、なんとなく異端者のような感じを持っていた。そんなこともあり、取調べ拒否を指示した事案は、数件に留まっていた。

 かつて担当した事件でも、捜査機関は、依頼人に対して、しつこい説得を一日に何回も行った。刑事課の奥に留置場があるという捜査と留置の分離ができていない時代のなごりがある警察署で、接見の後、取調べ担当に口頭で抗議したところ、5〜6人の警察官が出てきて「取調べ受任義務がある」「そんなものない」などと怒鳴り合いになったことを憶えている。私が刑事課を出ると、1人の警察官が追ってきて、「先生、東京の先生ですか?」と尋ねられた。

 この頃と比べると、「取調べ拒否権を実現する会」が発足してからは、取調べ拒否が捜査弁護のスタンダードと思えるようになり、自信を持って、取調べ拒否の指示をすることができるようになった。

事案の概要

 いわゆるロマンス詐欺(未遂)の事件である。

 被疑者が氏名不詳者と共謀して、被害者に対して、アメリカの女医を騙って、同女医が大金を被害者に送付したうえで、日本で一緒に暮らしたい旨のラインメッセージを送り、現金を送付するために現金配送会社に現金50万円を支払う必要があると誤信させ、被疑者名義の普通預金口座に振り込ませようとしたが、銀行員が手続を行わなかったため、目的を遂げなかった、という事案である。

 なお、被疑者は、本件の勾留満期日に同様の事案(詐欺既遂)で再逮捕された。

弁護実践

1 取調べ拒否の通告

 私は、この事件を被疑者国選で受任した。すでに、警察官と検察官の弁解録取手続は終了しており、数通の調書が作成されていた。被疑者は、被疑事実のうち、アメリカの女医を騙って、被害者に電話をしたことは知らない旨の供述をしていた。事案からして、被疑者の銀行預金口座の取引履歴は、押収されていると思われた。

 以前、同様の事案(詐欺3件)で黙秘を指示して不起訴になった事案があったこともあり、本件では、取調べ拒否を指示することにした。詐欺の場合は、被疑者の詐欺の知情性についての供述が、起訴・不起訴をわける重要な要素となるので、捜査機関に被疑者の内心についての情報を与えないことが防御活動上、もっとも重要な点になる。

 取調べ拒否の通告は、RAISの書式を使用し、警察の刑事課、留置管理課、検察官にファックスをした。

2 被疑者への取調べ拒否についての説明

 被疑者には、どうして取調べ拒否がもっとも有効な弁護活動であるかを、下記のように、いくつかの点から説明することにしている。

 本件でも、詐欺においては、詐欺の知情性という被疑者の内心の認識が起訴・不起訴をわける重要な要素となるところ、「少しは怪しいと思っていた」「もしかすると、違法なことかもしれない」などと、自分が行っていた行為が違法かもしれないことを匂わせるような調書が作成されてしまうと、起訴される可能性が高くなり、話をすればするほど墓穴を掘る可能性が高いことを説明した。

 また、調書の証拠上の意味や署名・押印の可否についても説明するようしている。調書は、作成されてしまうとすべて起訴・不起訴を判断するための証拠となり、撤回することは極めて困難であること。弁護人は、被疑者が調書に署名・押印をする前に調書の内容を見ることができないので、調書に記載されている内容が被疑者に有利か不利かを判断することができないため、署名・押印をしてよいと言えないこと。自分の依頼人が結ぼうとしている契約の契約書を見ないで署名してよいという弁護士はいない。このようなことを説明すると、ほとんどの被疑者は、弁護人が調書に署名・押印の許可を出せないことに納得をしてくれる。

 そして、捜査機関の取調べの手法についても、下記のように、取調べ例を実演してみせる。

取調官 いま考えてみると、関係ないあなたの口座に知らない人がお金を振り込んでくるなんておかしいと思わない?

被疑者 そういわれると、そうかもしれませんが、当時は思いませんでした。

取調官 いま考えてみると、おかしいと思うでしょ。

被疑者 いまはそうですね。

取調官 そうでしょ。だって、お金振り込んでもらうなら、(被疑者と連絡をとっている)その人の口座に振り込んでもらえばよいじゃない。

被疑者 そうですね。

取調官 ちょっと考えればわかるよね。

被疑者 そうですね。

取調官 当時も、少しは怪しいって思っていたんじゃないの。

被疑者 当時は思ってなかったです。

取調官 だって、ちょっと考えればわかるでしょ。

被疑者 ええ。

取調官 わかるけどさ、思いたくないのは。よく思い出してよ。

被疑者 ……。

取調官 じゃ、調書つくるから。

 こういう実演や取調官が言いそうな表現を例示すると、ほとんどの被疑者が、「そう言われました」と言ってくる。本件でも、被疑者は、私が例示した表現を、弁解録取時に取調官から言われていた。

3 捜査機関の対応

 被疑者が、留置管理課の職員の呼び出しに対して、「取調べには行きません」と述べると、当該職員は、しつこく説得することなく帰って行った。取調べ受任義務について説明することもあったが、「弁護士からはないと聞いている」などと回答すると、それ以上説得することはなかった。

 ただ、再逮捕後、2日間接見に行かなかったとき、数人の留置管理課の職員から、「自分の口から(取調べ担当者に)言った方がよいよ」などと言われて、取調べに行ってしまった(取調室では黙秘)。留置管理課の職員と人間関係ができていたことから、断れなかったようである。後日の接見でそのことを聞いたので、接見終了後、接見室に入ってきた留置管理課の職員に口頭で抗議をして、留置管理課と栃木県警本部に抗議文を提出した。その後は、このような言動はなくなった。

 強い説得よりも、猫なで声での説得のほうが被疑者を取調べに行かせる効果があるように思う。以前、別の事案で、警察官が、検事から「ぐるぐる巻きにしてでも連れてこい」と指示されて、被疑者に対して、「検事からぐるぐる巻きにしてでも連れてこいって言われているけど、俺たちはそんなことしたくないから、行ってくれない?」と言われて取調室に行った被疑者がいた(この件も、検察官と検察庁に抗議をしたら、その後は、そのようなことを言わなくなった)。

4 終局処分

 被疑者は、詐欺で再逮捕され、取調べ拒否を継続したところ、2件とも不起訴となった。詐欺の知情性についての供述を取られなかったことが大きな要因であると思う。

その他の事例

1 詐欺(2件)

 本件と同じ時期に被疑者国選で受任した事件で、譲渡することを秘して銀行預金口座をネット上に開設したという詐欺被疑事件である。

 この事件についても、40日間の取調べ拒否を行ったところ、2件とも不起訴となった。

 詐欺については、事案にもよるが、被疑者の内心の供述を取られないことが起訴・不起訴をわける重要な要素になる、と改めて実感した。

2 窃盗

 いわゆる特殊詐欺の受け子の事件である(被疑事実によると、キャッシュカードを提出させて封筒に入れて、トランプの入った封筒を返却しているため、窃盗とされた)。被疑者は、特殊詐欺の受け子と疑われて、逮捕状が発付されていた。私は、逮捕前に相談を受けて、被疑者と面談で取調べ対応を説明した。被疑者の出頭前には、弁護人となろうとする者の名義で取調べ拒否をする旨の通告を、管轄の警察署に提出した。

 その効果もあり、弁解録取手続の際は、被疑者が「弁護人と相談するまでは黙秘します」と述べると、取調官は「わかりました」と言って、弁解録取を行わなかった。

 検察官送致については、朝から午後の早い時間まで、警察官から、5〜6回の呼出しがあったが、被疑者が「行かない」と告げると、警察官は、その都度帰って行った。呼出しの最後には、「あなたの弁解を聞く機会ですので来て下さい」という検察官が作ったと思われるメモを読み上げたが、被疑者が「わかりました。弁護士からも聞いています。行きません」などと答えると、警察官はやはり帰って行った。この件では、検察官の弁解録取にも裁判所の勾留質問にも行かなかった。

さいごに

 刑事事件の捜査においては、被疑者の利益を守る立場の弁護人が内容をチェックすることのできない調書を捜査機関が作成する、という本来はあってはならないことが長年行われてきた。この1年間、取調べ拒否をやってみて、捜査弁護とはなにかという本質について改めて考え直す機会になった。

 取調べ拒否は、捜査弁護の基本だと思う。

(『季刊刑事弁護』124号〔2025年〕を転載)

(2025年10月10日公開)


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