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第3回南川学弁護士に聞く

刑事司法のあり方を常に模索する

法曹三者のバランスと刑事弁護

千葉・船橋市にあるPAC法律事務所にて、2019年6月20日


3 松本の法テラスで苦労したこと

──東京の法律事務所で養成を受けてから、1年後に長野県の松本市にある法テラスに行かれていますが、その地域での事件というか、雰囲気は、東京とは違いましたか。

南川 距離的な問題が一番大変でした。事件の内容は、窃盗だったり傷害だったりと、そんなに変わらないと思うのですが、私自身、車で1時間とか、2時間かけて警察署に接見に行くとかが当たり前だったので。松本の管轄自体が広く、そこは東京と全然違いました。

 共犯事件では、私が担当した人が長野市の警察署に勾留されていることもあり、長野に行かざるを得ませんでした。松本から行くとなると相当時間がかかりましたね。

 長野県の南半分の事件を担当することがあったので、別の事件では、拘置所のある飯田市まで、松本から行ったりしました。高速でいっても片道2時間はかかります。女性の留置場が当時は、茅野市にしかなかったので、茅野にも行きました。その意味では、ほとんど毎日、かなり広範囲に移動していました。

──移動には相当苦労されたのですね。

南川 留置されているとこちらが会いに行かなければならないので、とにかく移動が大変です。少年事件の場合だと、鑑別所が長野市にしかなかったので、松本の事件でも、鑑別所に入るとなると長野市になります。私たち、弁護士が会いに行くのはもちろん、家裁調査官、親御さんも長野市に行かなければなりません。

 伊那の少年事件では、裁判官は地元だけど、私(弁護士)は松本、調査官は諏訪から出向と、ばらばらな所からやってくるケースもありました。

 あとは、保釈に対する抗告とか、管轄が東京高裁になるのでもっと大変そうでした。裁判所の書記官が、朝イチの高速バスで記録を持っていき、判断を待って、終バスで帰ってくるなんてこともあり、「大変ですね」という話をした記憶があります。

4 被疑者とのコミュニケーションをどうとるか

──刑事弁護で一番重要なところは、被疑者・被告人との信頼関係をどう築いていくかになると思います。初対面の人とうまくコミュニケーションをとるのはなかなか難しいですが、その点について、南川さんは、どんなことに気をつけていらっしゃいますか。

南川 信頼関係を築くうえで気をつけていることは、基本ですが、約束したことは守る、無理な約束はしないことですね。だから、弁護人としてできないことは「できない」ときちんと言う。その上で、ケースバイケースですが、あとは「今回だけだよ」と言って、私個人ができる範囲で、多少はやってあげることもあります。そういうところも含めて、人間同士として信頼関係を築いていくのかなという気はします。

──無理な約束って、どういうことですか。

 例えば「毎日来てください」と言われても、こちらも他の案件もあっていろいろやることがあるわけで、「毎日は来ないけど、何日かおきには来るよ。次は○日だね。」という話をしたりします。もちろん、毎日行かなければならない事件もあるわけで、そのときは「わかった、明日も来るよ」と話します。約束したら、その日にはちゃんと接見に行きますね。

 また、「誰々に連絡する」というお願いについては、さすがに5人も10人も挙げられると、「それは無理」と言いますね。ただ家族とか、一番連絡してほしい友人とかだったら、「それは、ちゃんと連絡するよ」と言って、連絡します。そういう当たり前のことを、当たり前にやっていくことが、弁護人として求められていることだし信頼関係につながることだと思います。

 あと、個人的にできる範囲ということで、たとえば、逮捕時にちょうど持っていたレンタルDVDを、宅下げを受けて、レンタルビデオ屋のポストに返却しにいったこととかはありますね。

──ケース・バイ・ケースかもしれませんが、逆に、これは頼まれても絶対にやらないことはあるんですか。

南川 もちろん、罪証隠滅に関わりそうなことはやりません。あとは、誰もいない家の中に入ることは注意します。そういう場合は、友人か誰かに頼んでもらうようにしています。幸か不幸か、これまで犬とかペットの餌やりを頼まれたことはありませんでした。

 国選事件では、初めて会う人がほとんどになるので、その人のお願いごとがどれぐらい重要かを判断するのは難しいと思います。人の生命に関わる事態になれば、また考えるとは思いますが、基本はその人との人間関係しだいですね。

5 黙秘のメリットとは

──刑事弁護の実務のことですが、最近は「基本は黙秘」と言われています。その点については、どう考えていますか。

南川 基本は黙秘ではないでしょうか。もちろん警察や検察に話して何か本人にメリットがあるということであれば話すこともあります。

──ただ黙秘が難しい人もいるかと思いますが。

南川 もちろんいます。いろいろと説明しても、本人が「できない」と言うのであれば、できないことを無理に押し付けて、信頼関係を悪くするとか、本人に無理させて辛い思いをさせてしまうのは本末転倒ですから、次善の策を考えます。

──黙秘したことで、かなりプラスになった事件はありますか。

南川 あることはあります。否認事件だと黙秘したほうが、公判での弁護活動の足かせにならないんです。わずかかもしれませんが、黙秘することで、証拠不十分で不起訴になることもあり得ます。否認している以上、しゃべっても別に何もいいことはありません。被疑者にとっても、黙秘のほうがメリットだとわかってもらうように丁寧に説明します。

──ただ、日本人のメンタリティーの影響かもしれませんが、なかなか黙秘はむずかしいですね。その時は、どんなことで黙秘はいいんだと説明されるのですか。

南川 「取調べでしゃべっても意味がないよ、むしろデメリットの方が大きい」という話を散々します。本人は身の潔白を証明したくて、警察に話せばわかってもらえると思っているかもしれませんが、重大事件になればなるほど、逮捕された以上、「あなたを犯人だと思って逮捕しているのだから、いくら違うと言っても、聞き入れてくれないよ」と伝えます。また、記録として調書に残ると、たとえ記憶違いであっても公判で証言を変えると、裁判官は「捜査段階とは違うことを言っていた」とこの人の言うことは信用できないと考えて、不利になってしまうことも伝えます。

 特に、裁判員事件では、取調べの録音・録画が義務付けられますから、その様子が裁判員の前で再生されると、「あとで、その時何を言ったのかが明らかになります。些細なことでも、違ったことを言っていると、あなたが法廷で話したことが、逆に『うそ』だということで信用してもらえない」と言います。そういうことを繰り返し説明します。あとは、黙秘のシミュレーションをやります。

──黙秘のシミュレーションとは、具体的に何をするのですか。

南川 それは「今から、私が取調官役をやるから、黙秘してくださいね」と言って、警察官が言いそうなこと──たとえば「黙秘すると裁判で不利になるから、しゃべってよ」とか「話してくれないといつまでも身体拘束を続けるからね」などと語りかけたりして、本人が耐えられるようにシミュレーションしてみるということです。

(2019年09月24日公開) 


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