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第3回南川学弁護士に聞く

刑事司法のあり方を常に模索する

法曹三者のバランスと刑事弁護

千葉・船橋市にあるPAC法律事務所にて、2019年6月20日

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1 刑事弁護をやるきっかけ

──先日、事務所のホームページを拝見しましたら、その「主な取扱分野」のトップに「刑事事件の弁護」が入っていました。刑事事件には、かなり力を入れているんですか。

南川 業務時間でいうと、だいたい6〜7割が刑事事件です。

──6〜7割といったら、すごく多いですね。一般的には、刑事事件の比重は、1割あるかないかとよく言われていますが、随分高いんですね。刑事事件が好きなんですか。

南川 そうです。弁護士となってからこれまでずっと重点的に刑事弁護に取り組んできました。刑事弁護をやりたいから弁護士になったところもあります。できれば刑事事件だけできればと思ってます。(笑)

──いつ頃から、刑事弁護をやるために弁護士になろうと思ったのですか。

南川 大学2年の刑事訴訟法のゼミで、少年の冤罪事件(大阪の貝塚[ビニールハウス殺人]事件)の報告をやったんです。この事件を調べていくと、「冤罪だ」と争っていたのですが、一審は有罪でした。共犯者が何人かいたのですが、そのうちの一人の少年の弁護士が、二審で「認める」といった書面を提出し、その少年は有罪になりました。しかし、他の少年は争い、二審で無罪になったという事件です。最終的に、有罪となった少年も再審で無罪となりました。

 そういう冤罪事件を見たときに、なんで弁護士なのに被疑者・被告人の権利擁護をしないんだろうと単純に疑問を持ちました。また、ゼミで調べるうちに、刑事事件は国選弁護中心で報酬も低いし、当時の刑事弁護が低調で、弁護士があまり熱心に取り組んでないという現状を知って、不思議に思っていました。

 それまでは、大学の法学部に入り、司法試験を受験して、将来どうしようかと漠然と考えていました。しかし、ゼミの報告などで出会った刑事弁護というものに対して、強い印象を受けました。 

 その後、大学を卒業したあと、2003年に司法試験に合格して、2004年から司法修習生となり、裁判官、検察官、弁護士、どれに進もうかと具体的に考えるようになりました。当時の状況として、刑事事件に特化して取り組む人はあまり多くありませんでした。私自身、あまのじゃく的な性格もあって、取り組む弁護士が少ないのであれば、自分は刑事弁護をやっていこうかなと思い、この道に進みました。

 また、ちょうどそのころ、日本司法支援センター(法テラス)ができたことも大きかったですね。法テラスのスタッフ弁護士になれば、経営のことを考えずに刑事事件に注力できるので、2006年10月からスタッフ弁護士になりました。

──弁護士登録されたときは、『季刊刑事弁護』は出ていましたが、最初はどういう所で知りましたか。

南川 私は、大学のゼミのときに、当時大学の助手だった中島宏先生(現在、鹿児島大学)から「『季刊刑事弁護』ってあるんだよ」と教えてもらいました。

──読んでみて、どうでしたか。

南川 単なる大学生だったので、それまで特に弁護士と会ったこともなく、刑事弁護人の具体的な仕事のことは全然知らなかったので、とても勉強になりました。刑事裁判とか、刑事弁護人の活動をリアルに知ることができる雑誌で、熱心に読んだことを覚えています。

初めて買った『季刊刑事弁護』
初めて買った『季刊刑事弁護』21号を持つ南川学弁護士

2 思い出深い事件

──ずっと刑事弁護をやっていらっしゃいますが、特に思い出深い刑事弁護の事件には、どういうものがありますか。

南川 登録初期の頃の事件です。東京で弁護士登録して、初めての当番弁護の事件です。仕事帰りに酔っぱらって、タクシー運転手とトラブルになり、呼ばれた警察官に暴力をふるった、という典型的な公務執行妨害の事件でした。こんなことですぐに逮捕されるのか、被疑者にアクリル板越しでしか会えないのか、と刑事事件の難しさをまさにリアルに感じました。

 勾留に対する準抗告をしたところ、幸い通ったんです。それが非常に印象深かったです。逮捕されて、2〜3日後ぐらいで釈放されて、依頼者自身の喜びを見たときに、やはり身体拘束の大変さとか、罪深さを感じました。

 あと、もう1件は、無銭飲食で執行猶予となったのですが、わりとすぐに、また無銭飲食をしてしまって捕まってしまった、という事件です。居酒屋で飲食した後に、結局、お金がなくて、出てきてしまった。それが、あとで無銭飲食になってしまった、という事件です。

 本人は、「店主もいい人で、『(店主は)あとで払ってくれればいいよ』と言ってました」というんですが、それが刑事事件になっていました。本人の話を聞いて、私は、どうしてかなと不思議に思っていたんです。

 なんとかお金を用意して示談しに行ったら、その店主は、警察に「被害届を出してください」と言われてしぶしぶ出した、と言うんです。本人のことについては、身の上話を本人から聞いたということで「すごいかわいそうに思っていた」ということでした。

 なので、示談したうえで、最終的に、その店主(被害者)に情状証人として裁判に出てもらいました。無銭飲食で出てきて1カ月ぐらいで再犯してしまったから、再度の執行猶予はなかなか難しいと思っていました。それが、被害者自身を情状証人として呼んだことで、裁判官にもわかってもらえたのか、再度の執行猶予が出たのは、思った以上の成果でした。この事件も、私が弁護士になって、2〜3年目ぐらいだったこともあり、印象深いですね。

用語解説

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