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第3回南川学弁護士に聞く

刑事司法のあり方を常に模索する

法曹三者のバランスと刑事弁護

千葉・船橋市にあるPAC法律事務所にて、2019年6月20日


8 裁判員裁判が始まって得られたもの

──裁判員裁判が始まったことで、刑事弁護のあり方はもちろん、裁判所の公判のあり方も変わったと言われています。実際、体験してみてどうですか。また、裁判員裁判制度自体をどのように見ていますか。

南川 「裁判員裁判の効用」と言われてイメージするのは、法曹三者が協力して、きちんと刑事司法に取り組んでいく機運ができたのは、すごく大きいのではないかと思います。

 私が弁護士になる前は、文献などで見聞きした範囲になりますが、法曹三者に信頼関係があまりなく、なかなか協力関係にならなかったのではないかと思いました。

 もちろん、法曹三者は、それぞれの立場があるので、裁判の場ではガチンコにぶつかり合う場面が出てきます。それはそれで正しいです。

 ただ最終的に、私としては、社会正義にかなうため、適正な刑事司法を運営していくという、法曹実務家として目指すところはおそらく法曹三者で一致していると思っています。それを実現するためには、個々の裁判で出てきた問題点を法曹三者で率直に話し合う場を持つことは大切です。千葉では、登録10年未満程度の三者の若手が集まって、ざっくばらんな勉強会をしていますが、それぞれの立場からどうやっていこうか議論できる場が出来たことは、大きな成果の一つではないのかと思います。

 それぞれの立場をわかったうえで仕事をしていく。弁護士としても、検察官がどういうメンタリティーをもって仕事をしているのか。また、裁判所がどういうメンタリティーを持って判断しているのか。それらがわかった上で、戦略を立てることが重要になってきます。

 どういう時期に、どういう書面を出したら効果的かなど、依頼者にとって有利になれることを知ることができるという意味でも、法曹三者間でうまくコミュニケーションを取れるようになったのが、裁判員裁判の大きな効用ではないのかと思っています。

──メンタリティーの話がでましたが、南川さんからすると、検察官のメンタリティーには、どういう違いがありますか。

南川 検察官としては、被害者を背負っているし、警察との関係もあって、組織として対応している。細かい話ですが、勾留満期の直前に言っても上司の決裁が取れないのであれば、前もって検討する時間的余裕をできるようにこちらも対応する。こういう当たり前のことを認識して、有利な結果になるように努力をする。それはそれで一ついいことだと思います。

──裁判官のメンタリティーについては、どうでしょうか。

南川 弁護士は当事者なので、得てして視野が狭くなりがちです。それに対して、裁判官は広い視野で見ているところがあります。議論をするなかで、「裁判官はこういうところも気にするのか」ということを知ることができ、勉強になります。弁護士としてはこちらの言い分を主張・立証したうえで、そういった点もきちんとフォローしなければと思います。

──実際に、裁判員裁判をやったとき、どんなことで一番苦労しましたか。また、一般の裁判と違う点はありますか。

南川 当たり前のことですが、裁判官だけでなく、裁判員にもわかるように説明することです。特に尋問も含めて、どうしてこのことを訊いているのか。それがきちんとわかるような構成とか、質問になるように気を付けています。

 裁判員にあとでわかってもらえればいいやという気持ちでは、当然ながらわかってもらえないこともあります。裁判官だけにわかってもらって、評議などの場で裁判官が裁判員に“講義”するのも、本来の裁判員裁判の趣旨と違うと思います。公判の場で裁判員にもきちんとわかってもらうためにどうするか、冒頭陳述や弁論をあわせて考えます。

 千葉の法テラス事務所にいた時からのことですが、裁判員裁判の公判の1カ月とか2カ月前に、スタッフ弁護士で勉強会を行い、ほかの弁護士の前で冒頭陳述や弁論の実演をやっています。事案を知らない弁護士にわかってもらえなければ、とても一般市民に理解してもらうのは絶対に無理です。実際にリハーサルをやってみて、どうやったらわかってもらえるのか、検討しています。

──裁判員裁判のために、特別な研修や学習などはされたのですか。

南川 研修で言えば、法テラスにいたときに、岡慎一先生や神山啓史先生が行う裁判員研修は年に1〜2回あったので、受講していました。裁判員の研修に関しては、おそらく随一の研修だったと思います。実際の事件を基に検討が行われ、岡先生や神山先生が考えたことを教えていただき、多くの気付きがありました。

 私が弁護士になって1〜2年目ぐらいのときに、ニータ(NITA、全米法廷技術研修所)の法廷技術が入ってきました。あれは衝撃的でした。だから、私も2〜3年目ぐらいに、ニータ型の実演研修を受けました。

──具体的に、どんなところが衝撃的でしたか。

南川 私がまだ新人だったということはありますが、主尋問や反対尋問のやり方など、すごい勉強になりました。それまで何となく経験的に教わっていったものが、「これはこういうことで、これはこういう意味がある」と体系立てて、理論的に教えてもらえたのは、衝撃的でした。

 また、判断権者を説得するために全ての法廷活動を行っているという意識付けは、今でも大切にしています。

9 千葉から離れられない理由

──裁判員裁判の件数は千葉ではそんなに多いんですか。

南川 成田国際空港があるから、どうしても覚せい剤密輸の比重が大きくなります。凶悪な事件もそれなりにありますが、千葉の裁判員裁判の約半分、45〜50%ぐらいが覚せい剤密輸です。

 事件の発生にムラがあります。たくさん送り込んだほうが、見過ごしやすいと、密輸する側が思っているのか、また、成田の税関にも、取締り月間みたいのがあるのか、よくわかりませんが、平準化はしていないですね。検察庁がいきなりたくさん起訴して、裁判所が忙しくなるという感じです。

──全国的に「刑事事件はわりと減っている」と言われていますが、千葉では、そんなことないのでしょうか。

南川 全体としては増えていませんが、そんなに減っている感じもしません。微減ぐらいでしょうか。
 私が、東京に移らない理由は、それなりに刑事事件、裁判員裁判がたくさんあるからです。東京に行ったら、そもそも国選の配転も少ないと聞きますし、裁判員裁判もほとんど担当する機会がないのかなと思います。

 長野時代の裁判員裁判の担当件数は2〜3件でしたが、千葉に来てからの9年間では、これまで30件ぐらいやっています。今も3件持っていますが、刑事弁護人としては、ある意味、千葉は恵まれていると思います。

(2019年09月24日公開) 


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