⑷ 虚偽自白問題
2011年報告書では、取調べの録音録画、取調べ結果の記録方法の改善、取調べ技法の訓練の導入等が勧告されていた。カナダでは自白の任意性(許容性)に関してその後に判例の発展も見られたことから[1]、暴力の使用をほのめかすような威嚇によって自白を引き出したケースを参考に、信頼性いかんにかかわらず、かかる供述は証拠として許容されないと指摘する。また、米国で生まれた有名な取調べ手法、リード・テクニック[2]にも言及し、カナダの裁判例でこうした手法に厳しい批判が出ていることを紹介、証拠について被疑者を誤導したり弁護人から受けた法的助言を誹謗する、といった手口で得た供述については、現状の自白法則に照らしても許容されないとした。そして、英国で発展し海外に普及するPEACEモデル[3]を採用することを勧め、カナダ連邦騎馬警察がリード・テクニックとのハイブリッドの手法を開発、各地の警察が捜査に使用し始めていることを紹介する[4]。
2011年報告書の勧告を補充するため、本報告書では身体拘束状態にある被疑者のみならず非拘束状態(いわゆる任意捜査段階)の被疑者の取調べにも録音録画を拡大すべきとし、取調べ技法についても訓練を徹底するよう求め、おとりを用いた自白獲得手段についても虚偽自白の危険を最小化する方法が常時確保されていなければならないとした。
⑸ 同房者証言
同房者証言(jailhouse informer/in-custody informer)は、拘禁中の、あるいは受刑中の同房者を用いて捜査対象者が自己に不利な供述(自白)を自身に対しておこなったと証言させるテクニックである。特にその同房者が本来起訴されて受けるはずの刑を減刑されていたり、起訴を取り消されたりしている場合には検察や警察との取引によって証言している可能性が高く、誤判の原因になりやすい。カナダの誤判事件(モラン事件、ソフォノー事件、ドリスケル事件等)でもそうした証言が主要証拠として用いられていた。
この問題に関して、2005年報告書や2011年報告書では数々の防止策が提案されていた。例えば、同房者証言を用いる際の手順や指針、手続の整備、警察から検察への十分な情報提供、他の管轄での当該証人の証言履歴の検証、全管轄での同房者証言の登録制とデータベース化などである。
本報告書は連邦と各州の同房者証言ガイドラインを紹介した後に、米国の雪冤者データベース(National Registry of Exonerations)のデータを参照して、殺人雪冤事例の15%、全雪冤事例の2%で同房者証言に基づく誤判が起きていることを指摘し、米国での具体例を紹介しつつその危険性を強調している。
しかし本報告書は、同房者証言の使用を禁止するというアプローチを採らずに、引き続き従前の勧告内容を強化するとして、同房者証人データベースの整備と情報開示の徹底を求める。
⑹ 法科学と専門家証言
今回の報告書は2005年報告書ならびに2011年報告書以降、誤判原因に関する調査研究や、国内外で法科学分野における発展が見られたことを踏まえて、専門家証言が裁判所に誤解されてしまうリスクの回避を課題に掲げている。具体的には、法科学関係者の訓練、専門用語の使用に対する警戒とわかりやすい用語の使用、鑑定過程の透明性、専門家証言に関わる明確なコミュニケーションを確保することが挙げられた。
報告書は、カナダ国内における具体例として、オンタリオ州で発生した、毛髪鑑定により母親の薬物依存症が推認され、子どもへの薬物投与が疑われた誤判事例(R. v. Broomfield, 2014 ONCA 725)を参照する。この事例では、事実審裁判官が鑑定方法に論争があって信頼できるかどうかが必ずしも明らかでなかったことに気がついていなかった。
こうした誤判事件をきっかけにオンタリオ州政府により鑑定方法に関する調査が実施された。2015年に公表された調査報告書、通称ラング・レポート[5]、では2005年から2015年にかけて同州内で実施された毛髪鑑定は信頼に足るものではなかったとされ、この鑑定方法を利用して有罪とされた(元)被告人らの判決は直ちに破棄されるべきであり、検察は自ら上訴すべきとの勧告をおこなった。
そのためオンタリオ州では2016年に「毛髪鑑定委員会(Motherisk Commission)」が創設され、州内で上記鑑定方法が使われた1,271件に及ぶ裁判を全て検証し、科学的証拠の利用や鑑定の利用については裁判官が“ゲートキーパー”として重要な役割を果たすべきとの勧告が出されていた。
一方で、オンタリオ州検事総長はオンタリオ州刑事再審審査委員会(OCCRC)に7件の事件を負託し、委員会はそのうち1件について有罪を破棄すべきとの結論に至ったものの、被告人は既に死亡していたという。こうした動きを受けて、他州でも同種の鑑定方法を用いたケースについて検証が始まっていると報告書は伝える。
報告書はまた、国外における具体例として、米国・全米科学評議会(National Research Council)が2016年に出した報告書「刑事裁判における法科学の利用に関する助言委員会(President’s Council of Advisors on Science and Technology)」を紹介している[6]。
この評議会報告書は、DNA型鑑定、歯形鑑定、指紋鑑定、足跡鑑定、毛髪鑑定といった様々な鑑定手法に関してその有用性や信頼性について検討を加え、十分信頼に足るエビデンスのないまま特定の鑑定手法に依拠し、刑事裁判でその証拠を許容してしまうことの危険性を指摘していた。
最終的に本報告書は、以上の海外情勢を踏まえ、従前の勧告事項に加えて次の3点を追加するとした。
第一に、連邦、州、そして地方政府は、カナダにおける法科学に関する研究と勧告作成に関する官民にわたる様々なグループの活動の創設を促すべき。
第二に、連邦、州、そして地方政府は、専門家証人や法科学証拠に関する手続、許容性等に関わる刑事法典や他の関連法規を改正することを検討すべき。
第三に、あらゆるレベルの裁判所は、専門家証人や鑑定意見の許容性に関して実務規範の改訂を検討すべき。
⑺ 教育・訓練
今回の報告書を作成するにあたって、2011年報告書が勧告していた多岐にわたる教育内容(視野狭窄現象や虚偽自白、証人に対する尋問方法、同房者証言の危険性、効果的でない弁護活動、DNA証拠の有益性、法科学証拠の適切な使用、証拠開示など15項目に上る)について、新たにカナダ全土の法執行機関に対してアンケート調査を実施し、42の警察署、10の警察訓練施設、10の検察庁から寄せられた回答を分析し、“教育・研修”に関して総括をおこなった。
すなわち、誤判防止に繋がる情報・資料を提供するクラスが含まれるコースを持っている警察署は半数近くに上ったものの、98%で誤判防止に特化した特別のコースやプログラムを有していなかった。そうした情報・資料を提供するクラスを持っている警察署でも、上記勧告事項に含まれたトピックを全て網羅しているわけではなく、視野狭窄現象と虚偽自白については提供する警察署全てが言及するとしていたものの、効果的でない弁護については23%のみ、同房者証言の危険については77%に止まっていることがわかった。
こうした中で、カナダ連邦検事局(PPSC:Pubic Prosecution Service of Canada)がオンラインで訓練プログラムを提供していることが注目されると報告書は指摘している。これは連邦政府により2016年12月に立ち上げられたプログラムで、誤判原因とその防止について特化された内容となっている。そこで教授される内容は、カナダ連邦検事執務概要としてインターネット上で誰でも閲覧可能である[7]。
次に報告書は、裁判官向けに設けられた教育プログラムを紹介する。これは非営利の独立した団体であるNational Judicial Instituteが運営しており、カナダやその他の国の裁判官が任意で参加できる誤判防止に関する教育コース(セミナー)である。
最終的に報告書は、従来の勧告事項に加えて次の4点を追加して勧告した。
第一に、警察や検察に対する国家的な訓練コースの創設が検討されるべき。
第二に、そうしたコースはオンライン上で受講できるようにすべき。
第三に、オンラインであれ対面であれ、常にカリキュラム内容は更新され、最新のものに維持すべき。
第四に、全ての警察署、警察官訓練機関は、現在の捜査訓練プログラムの内容を検討し直すべきで、誤判の原因やその抑止が内容として訓練に盛り込まれることを確実にすべき。
注/用語解説 [ + ]
(2025年06月06日公開)