冤罪(誤判)と再審法改正の最前線 第1回

冤罪(誤判)と再審法改正の最前線 第1回

カナダにおける再審制度の改革(上)

誤判原因調査から救済制度の新設へ

指宿 信 成城大学教授


1234

⑻ 虚偽有罪答弁

 報告書は、有罪答弁制度の導入過程を振り返り、虚偽の有罪答弁は虚偽自白と同様の効果を持つが、被疑者と検察官もしくは弁護人と検察官の間で取り決められている点が虚偽自白と異なることを指摘する。米国では既に虚偽有罪答弁に関する多くの研究が見られることに触れ、同様の制度をカナダが持つ以上は同じような誤判が発生していることは否定し難いとする。しかしながら、これまでカナダで虚偽有罪答弁について量的な研究がおこなわれたことはない。民間のイノセンス・カナダがこれまで5件の虚偽有罪答弁による誤判を確認しているが、報告書は潜在的に多くの未発見ケースが隠れているはずだとする。

 カナダでは毎年45万件ほどの事件が有罪答弁で確定している。カナダの誤判事例は殺人や性犯罪等に関わることがほとんどで、これまで軽い罪での誤判は報告されてこなかった。報告書は、そうした軽い罪での冤罪主張について、支援者ですら救済に動くことは稀であったことを考えると、軽い犯罪での有罪答弁事例の中に多くの誤判が隠れていることは想像に難くないという専門家の見解を紹介する。

 報告書は、その実例として最近の例として2017年に起きたマニトバ州のケースを引いて危険性を指摘した。それは、ある被告人が住居侵入の罪で有罪答弁したところ、実はその被告人は当該犯罪発生の時点で同州内の矯正施設に収容されていたことが判明したというのである。

 報告書は続いて虚偽の有罪答弁が誘発される危険について、鍵となる因子を検討している。それは、若年、精神遅滞、知的障害、早く帰宅したいという誘惑、心理的ストレスからの解放願望、勾留施設からの退所欲求、軽い罪での処分の実現等である。報告書は、こうした因子が複数重なって虚偽有罪答弁が引き起こされるため、研究・検討課題を次のように列挙している。

 すなわち、虚偽の有罪答弁に関与する要因を特定し、各要因の重要性を評価すること、そして、イギリスやアメリカ合衆国のいくつかの管轄区域などでおこなわれている、早期の有罪答弁と引き換えに被告人に提示される刑の軽減の規模を制限したり、有罪認罪取引を禁止または制限したりした取組みを検討し、このようなアプローチが虚偽の有罪認罪のリスクを低下させる効果を有するのかについて評価すること、そして、特定のグループが虚偽の罪状認否に特に脆弱である可能性の程度、およびその理由の調査等である。

 加えて報告書は、カナダ検察は、虚偽の有罪答弁を防止するため十分な安全措置を講じること、有罪答弁を受け入れるためのガイドラインや指針を確立することを求め、同時に、カナダ弁護士会連合会および各州・準州の弁護士会に対して、刑事弁護人と検察官が事実上無罪の者が有罪を認めてしまう事態を防止するため、適切な範囲で十分な明確な指針を提供するよう、職業倫理規則を見直すべきだと求めている。

⑼ 検察官・弁護士の不正行為

 報告書は、誤判原因のひとつとして不適切な手段を使って有罪を得ようとする検察官の行為にも焦点を当てた。その中でも特に3つの重大な不正行為が言及されている。すなわち、法廷における陪審員に対する不適切発言、証人の不適切な取扱い、そして裁判所に対する不適切な対応である。

 法廷における陪審員に対する不適切発言とは、具体的には、①被害者への同情、②犯罪への怒り、③被告人に対する怒り、④感情に訴える過剰な表現、⑤証拠に関する誤った説明、⑥被告人の有罪性に関する意見表明、⑦被告人の持つ無罪推定や黙秘権を侵害する発言である。

 証人の不適切な取扱いとは、弁護側証人に対して検察側がおこなう反対尋問において、虐待的な態度を取ったり、名誉を傷つける発言、そして陪審員の感情を煽るような言葉遣いが代表例である。

 3つ目の裁判所に対する不適切な対応としては、①誠実義務違反、②合理的にみて真実とは思われない事実を摘示したり発言したりする行為を指す。とりわけ②については、当該摘示や発言後に合理的にみて真実ではないことを知った場合には、それらを訂正、撤回し、重要な事実を開示する義務を負うとする。

 こうした不正行為を防止するため、報告書は、検察官に対する研修を繰り返し年間一定の研修時間を奨励し、十分な経験を有する検察官が若い検察官を指導する「メンター」体制を置くよう勧告し、カナダのすべての検察機関に対して裁量の適切な行使に関するポリシーを再検討し、マニュアルを整備するよう求めた。

⑽ 社会的弱者

 最後に報告書は社会的な弱者に誤判が発生しやすいことから誤判リスク群として認識し、彼ら彼女らを保護する必要とその対策を講じることを求めた。社会的弱者として具体的に挙げられたのは、女性、先住民族、少年である。日本でしばしば例示される知的障害者などは含まれていない。

 まず女性の誤判事件の特徴として、犯人と間違われたケース(いわゆる事実誤認型冤罪)のみならず、正当防衛を主張できる場合であるのに有罪とされたケース(法的冤罪)や重い罪で罰されたケース(量刑冤罪)が多い可能性が指摘された。

 また、世界的にも女性に対する誤判の頻度とその原因に関する調査研究が極めて乏しいことを指摘しつつ、男性が犯した犯罪がDNA型鑑定で救済されやすい傾向にあること(具体的にはレイプ事件)、シカゴのノースウェスタン大学の調査では[1]、誤判が判明した女性の無実者のうち4割が家族内での傷害事件で起訴されていて、実際には事件そのものが起きていなかったと認定されたことを挙げる。

 報告書は、数少ない研究においても女性冤罪の主要な原因として、性別に基づくステレオタイプや答弁取引に応じやすい傾向があることを指摘する。そこで改革案として、捜査官に発生している可能性のある「視野狭窄」リスクを自覚するよう警告し、捜査起訴や公判段階で性別ステレオタイプやその他の差別的要素が関係していないか常に警戒するよう求めている。

 具体的には、女性被疑者被告人の行為や態度を評価するプロセスでは適切な判断基準が用意されること、ステレオタイプを自覚し捜査関係者や司法関係者が気づけるよう政策を見直すこと、陪審員にもそうしたステレオタイプに陥らないよう注意を促すモデル説示を用意しておくこと等を勧告した。

 次に先住民族については、全人口(4,000万人)中、5%弱の170万人ほどが先住民(ファースト・ネーションズ、メティス、イヌイット)で、非先住民と比べて貧困な環境に置かれており、教育水準も低く、精神健康問題を抱えている割合が高く、物質依存の率も高く、犯罪被害率も高水準で、とりわけ暴力犯罪の被害に遭う率が高いことが指摘された。すなわち、先住民は刑事司法システムとの接触率が高い。殺人罪でみると、先住民は非先住民に対して10倍の割合で起訴されているという。

 これまでの政府の調査報告や先住民族の権利を扱った最高裁判例でも、いずれもカナダにおける先住民を収容する刑務所や先住民を取り扱う刑事司法システムに大きな課題があり、偏見と差別が先住民の社会的経済的環境や精神衛生状態等と組み合わさった結果、過剰な収容や高い有罪率を生み出すことになったと報告書は総括する。

 その上で報告書は、危急の対応策として、①警察は脆弱な先住民を取り調べる場合に適切な支援者を同席させる仕組みを検討する、②警察は取調べにおいて対立的ではない方法で尋問するよう取調べ技法を見直す、③先住民の言語や方言を話す通訳者の能力を強化し、司法過程における先住民の支援を充実させることを挙げる。

 加えて、④弁護人にも先住民との効果的なコミュニケーションを妨げる文化的問題に関する訓練の場を提供し、⑤女性と同様、有罪答弁の受け入れに安全弁となる措置を講ずるよう、また⑥先住民被告人が有罪答弁を受け入れた場合に予見される結果について、十分理解できるようなプロセスを確保するよう求めた。

 最後に少年については、主として米国の経験を参照し、合衆国最高裁の3つの重要な判決を手掛かりに、少年は一般に成熟度が低く、供述や態度決定のリスク評価能力が低く、外部圧力に対して脆弱で、権威に従順な傾向があることが指摘され、虚偽自白のリスクが高いと結論付けられている。

 カナダでは若年被疑者の虚偽自白の現状に関する研究が不足していることを認め、連邦政府に対してカナダの少年が弁護人依頼権の放棄をおこなう割合を調査するよう、また、カナダにおいて拘禁状態におかれている少年が警察に供述をおこなう前に弁護人に相談する権利や黙秘権の意味とその効果を理解している程度について調査するよう、報告書は求めている。

⑾ 結論

 報告書は以上の誤判原因を総括し、改革への勧告をおこなった後、結論部では米国諸州で広がっている検察庁の「有罪判決適正化ユニット(CIU:Conviction Integrity Unit)」[2]の活動や興隆を紹介し、こうした取組みがカナダ検察にも導入されることが望ましく、民間のイノセンス・プロジェクトのようなボランティア組織だけに誤判救済を依存することは好ましくないとまとめた。英国流の独立した再審請求審査機関の創設は、結論として盛り込まれることはなかった。

「下」につづく

注/用語解説 [ + ]

1234

(2025年06月06日公開)


こちらの記事もおすすめ