4 新証拠の概略と弁護団の主張
前項記載の確定判決の根拠に対して、弁護団の新証拠に基づく主張の概略は、次のとおりである。
⑴ 【脅迫状】事件発生当時の一雄氏は小学校もほぼ通わず国語能力が極めて低く、脅迫状を書けなかった。取調べのテープからは、平仮名を1文字ずつ警察官が発語して一雄氏に記述させている場面が録音されており、撥音(「ん」)、拗音(「きゃ」などの「ゃ」など)、促音(「っ」)、長音(「ぼー」などの「ー」)という基本ルールを知らず、平仮名も正確に運用できないことなどが論証された。
また、脅迫状と一雄氏が書いたことが明確な文書の双方について、専門家にコンピュータで画像の分析をお願いしたところ、脅迫状の筆者が一雄氏でないことをほぼ100%の確率で否定された。警察職員による鑑定はいわゆる伝統的方法であって、今日ではその信用性を否定する裁判例が多数あり、諸外国でも同様に否定的である。警察鑑定は信頼性のないことが明確となった。
さらに、脅迫状には一雄氏の指掌紋が検出発見されていない。脅迫状の作成保管などの作業を一雄氏ほか数名の被験者で再現したところ、全員について指紋が検出された。脅迫状作成者が一雄氏であったとすることは不自然である。
以上の3点についてはそれぞれ証人尋問の申請もしている。
⑵ 【足跡】3次元スキャナーによる解析をしたところ、現場足跡と押収地下足袋による足跡が類似すると警察鑑定が示している箇所については、類似性が否定された。この解析をした教授を証人申請している。
⑶ 【血液型】本件の血液型検査は、国家基準を含む一般に確立されていたプロトコールに複数事項において違反する杜撰なものであり、かつ検査者は鑑定受託者である警察医ではない警察職員が単独で行っていたことが判明した。以上の点を明確にした法医学者を証人申請している。
⑷ 【手拭い・タオル】手拭いについて、新たに証拠開示された捜査報告書および弁護人の調査結果により、一雄氏が発見手拭いを所持し得なかったことが明らかになった。
タオルについては、一雄氏がタオルを入手することができたというのが確定判決の認定である。弁護団は、タオルの製造先と勤務先及び石川氏との結び付きに関する帳簿等が存在し、それらによって真に入手可能であったかどうかを判断できるとし、第三次再審では証拠開示を申し立てていた。
⑸ 【スコップ】スコップに付着していた油分は、動植物に由来するということだけであり、何ら養豚場との結び付きは証明されていない。また、スコップに付着していた土壌についても、警察職員鑑定は複数の重大な疑問があることを弁護団が依頼した専門家(元科捜研職員・大学研究員)が詳細に論証した。この専門家についても証人尋問申請をしている。
⑹ 【目撃証言・音声識別】それぞれについて心理学者に分析を依頼したところ、①比較検討する写真等を示さず、一雄氏だけを見せたり、一雄氏だけの声を聞かせるという方法で、その識別には重大な問題がある、②識別をしたのは、目撃や耳撃をしてから1カ月程度であり、初対面あるいは初めて聞く人の音声に関する記憶が保持されているとは考えがたい、③識別時点では、一雄氏が犯人であるとの報道が新聞及びテレビによって大々的になされており、その影響は多大であることなどが判明した。この2名の専門家について証人申請をしている。
⑺ 秘密の暴露について
【鞄】、【万年筆】、【時計】に共通する問題として、①すべて発見時までに警察官らによって徹底的な捜索や山狩りが行われていた場所であること(特に万年筆については、石川家に対する捜索が発見時までに2回も実施されていた)、②それぞれの投棄あるいは隠蔽場所について、一雄氏の自白内容であると捜査側が主張する地点・場所と、実際に捜査で発見したとする地点・場所が同一とは言い難いこと、③一雄氏が特定したとする図面等に関して適正な証拠化がなされていないこと、などが開示された証拠等によって明確になったことを示している。
【万年筆】と【腕時計】については、それらが被害者の使用していたものであることに重大な疑問が生じている。万年筆については後述する。腕時計については、発見腕時計が被害者のものであることは被害者の姉が確定審で時計のバンド穴の形状と合致していると証言したことが根拠であった。しかし、今回の再審で時計バンド穴の各形状について弁護側と検察側双方が専門家に鑑定を依頼したが、そのいずれの鑑定結果も上記の姉の証言内容とは合致しないというものであった。発見腕時計が被害者使用腕時計であることを示す証拠は崩壊している。
【追い越し自動車の運転者】については、開示証拠により、事件発生間もない時期に広範囲にわたって捜査がなされ、事件当日にその者が自動車を運転して当該場所を走行していたことを、捜査当局は当初からわかっていた。
【被害者宅付近に停車していたとする車両】についても、開示証拠により、当該車両が被害者宅付近に停車していた時刻は、自白による脅迫状を被害者宅に届けたとする時間よりも数時間も前であったことが判明した。それだけではなく、自白による脅迫状を被害者宅に届けた時刻には、被害者宅付近等からは車両の色等を確認できないことも数年にわたる同一時刻での検証(専門家の監督指示の下での検証実験)で判明した。
⑻ 殺害方法
弁護団が依頼した法医学者2名は、解剖医作成の鑑定書等を綿密に検討し、本件の殺害方法は扼殺ではなく、絞殺であり、その根拠は、被害者前頸部に顕著な蒼白帯が存在していること等を指摘した。また、被害者解剖時の死体の死斑の状況(両側性死斑)から、殺害後の行為とその時間に関する一雄氏の自白やそれに基づく有罪判決の認定は矛盾していることも示された。
弁護団は、上記法医学者1名の証人申請をしている。
また、殺害方法や殺害手段に関する取調べテープの内容について、テキストマイニング分析を情報処理学を専門とする大学教授に依頼したところ、取調警察官が多段階にわたって誘導していることが示された。このような自白に信用性はない。当該情報処理研究者についての証人申請をしている。
5 万年筆インク鑑定について
⑴ 第3次再審請求における、前述の2022年8月29日の事実取調べ請求では、11名の証人尋問請求の外、「秘密の暴露」を構成する万年筆の同一性の裁判所による鑑定を求めていた。
被害者は事件当日ペン習字をしており、証拠品として作品を検察庁が保管している。また、発見万年筆を用いて被害者の兄が書いた数字も、同じく検察庁にある。弁護団が依頼した専門家は、この両者を、蛍光X線分析という手法で元素レベルで測定分析した。その結果、前者からはクロムが検出されたが、後者からは検出されなかった、したがって、両者は異なるインクであることが示された(実際の測定対象等はより多数であるが、ここでは最重要事項についてのみシンプルに記述している)。弁護団は、その結果を証拠化して書証として提出するとともに証人尋問の申請もしているが、検察官は揚げ足とりのごとき意見を述べている状況となっていた。
⑵ この状況に鑑み、弁護団は、迂遠あるいは些末な点に関する証人尋問を展開するよりも、裁判所において職権の鑑定をすることがより端的であると考え、職権鑑定の申請を行った。加えて、当該分野についての世界的なレベルの大学教授を鑑定人候補者として推薦してきた。
⑶ しかし、鑑定の要否について検察官と弁護人は対立し、その膠着状態は継続した。そこで、弁護団は、上記の鑑定に替えて、推薦している鑑定人候補者に弁護側鑑定として同候補者の推奨する蛍光X線分析装置による測定を裁判所及び検察庁に申し入れた。鑑定人候補者の高い識見と使用する装置の先進性・適切性に鑑み、測定と分析を早期に実施して、その内容を裁判資料に供することを最優先事項と判断したことに基づく。この申し入れを受け、裁判所は検察庁に対し、弁護人の希望に添うよう要請し、検察官もこれに従った。
⑷ 上記の結果、先に職権鑑定の鑑定人候補者としていた大学教授による蛍光X線分析の測定と分析が実施され、鑑定書を作成いただいた。その結果は、被害者の事件当日のペン習字のインクからはクロムが検出されたが、発見万年筆で被害者兄が筆記した数字からはクロムが検出されなかった。前回と同様の結果は、検察官に痛撃を与え、発見万年筆は被害者の万年筆と同一であることに根底的な疑問が生じた。
2024年12月、弁護団は、この鑑定書を裁判所に新証拠として提出し、あわせて、鑑定をした大学教授の証人尋問も申請した。その弁護活動は、第4次再審請求審においても引き継がれている。
6 結びに
上述したとおり、第4次再審請求は2025年4月4日に申立てたものである。本原稿執筆時においては未実施であるが、三者協議もまもなく開始されるであろう。
弁護人は、特に筆跡(国語能力)、筆跡(コンピュータ画像分析)、万年筆の同一性にかかるインク鑑定及び殺害方法や殺害後の行為に関する法医学的諸問題について、合計4名の専門家(いずれの方も大学教授)に証人尋問の実施を求めている。早期に証人尋問を実現し、再審開始決定を得られるよう力を尽くす所存である。
(2025年06月16日公開)
