4 通知書だけで「証明された」と言えるのか
検察官から提出される指紋資料が、(丙)「現場指掌紋確認(合致)通知書」だけであることは、決して珍しくありません。しかし、この書類には、合致に至る鑑定経過も、どの特徴点が一致したのかという根拠も、一切示されていません。
つまり、弁護人の側から見れば、その書類だけでは“検証のしようがない”証拠とも言えます。もし、指紋証拠の信用性が争点になり得る事案であれば、少なくとも(甲)鑑定書あるいは(乙)現場指掌紋確認(合致)報告書の提出を求める必要があります。
なお、一般的に、弁護側から(甲)ないし(乙)の書面提出を求め、それが裁判官により許可されたならば、警察本部鑑識課で書類が作成され、所轄警察署を通じて検察側から提出されることが前提となります。
書類の体裁が「簡易」か「詳細」かは、そのまま反対尋問や証拠評価の射程にも直結する問題です。
5 「鑑定書」には、必ず嘱託がある
鑑定書が作成される場合には、必ずその前提として「鑑定嘱託書」が存在します。これは、警察署長が警察本部鑑識課長に対して行う、正式な鑑定依頼の文書です。したがって、鑑定書が提出されているのであれば、原則として、その嘱託書の存在も確認されるべきです。
なお、警察が行う指掌紋鑑定において遺留指掌紋の照合を行った結果、システムに保管されている被疑者指掌紋データに該当するものがないこともあります。そうしたケースにおいて、身体の拘束を受けていない被疑者が存在する場合には、当該人物の承諾を得て協力者という扱いで指掌紋の提供を受け、指紋照合が行われる場合があります。
このような手続をとった際に、遺留指掌紋と当該人物の指掌紋とが合致した場合、つまり当該人物が事件の犯人という結論に至った場合には、作成される報告書類は(甲)が選択されます。
その理由として、(乙)は、システムに保管されている被疑者指掌紋データとの照合時において、その照合結果を報告するために作成される書類という扱いになっているためです。
この場合、協力者という扱いで入手した被疑者指掌紋の入手経路は、捜査報告書によって証拠化され、正当な手段で入手した証拠として、書類上および法廷における取扱いを受けます。

6 合致の裏側にある「膨大な不一致」
法廷に現れるのは、常に「合致した一組の指掌紋」です。
しかし、その背後では、「照合不能として除外された指紋」「協力者と一致して破棄された指紋」など、数多くの指掌紋が積み重なっています。合致とは、膨大な不一致の上に立っている結論でもあります。
弁護人として重要なのは、「合致した」という結論だけを見るのではなく、「どの資料によって、どこまでの過程が示されているのか」などの背景を冷静に確認する姿勢です。
7 現場指掌紋対照結果通知書と(甲)、(乙)、(丙)の書類
警察における指紋鑑定には、今回の連載では紹介できなかった内容も含め、様々なパターンが存在します。しかし、ここで1つ注意しなければならない点があります。それは、書類名称の誤った理解からくる事実誤認です。
前回、現場指掌紋対照結果通知書について紹介しました。これは、今回紹介したパターン(⑦の段階)において、遺留指掌紋の有無を所轄警察署に通知するために作成する書類です。
ですが、「対照結果通知書」という名称だけを見ると、そこに被疑者指掌紋を含めたすべての照合結果が記載されているものと考えてしまいがちです。
遺留指掌紋という評価を受けた指掌紋は、Ⓓ「様式第1号の2」ないしⒺ補充用紙の対照結果欄に「照合可能」とのみ記載され、被疑者指掌紋と合致した場合には、(甲)、(乙)、(丙)のいずれかの書面にその照合結果が記載されます。
そのため、弁護人には、書類名称等に惑わされることなく、警察鑑定における流れ、およびどの書類にどういった内容が記載されるのかを正しく理解するように注意してください。
8 3回の連載を通じて見えてくるもの
第18回では、指紋鑑定の出発点である「現場指掌紋」の管理構造を、第19回では、「遺留指掌紋」に至る選別と消去の過程を見てきました。そして今回、ようやく法廷に現れる「合致書類」にたどり着きました。
指紋証拠は、一見すると科学的で揺るぎない証明に映ります。しかし、その実態は、人の判断と運用の積み重ねの上に成り立つ証拠でもあります。その構造を知っているかどうかは、指紋証拠と向き合う際の視点そのものを大きく変えるはずです。
(2026年05月14日公開)
