
東京電力福島第1原子力発電所で2011年に起きた事故をめぐり、同社の旧経営陣を刑事告訴した福島原発告訴団と福島原発刑事訴訟支援団は4月15日、業務上過失致死傷罪で強制起訴された元会長ら3人の刑事裁判にかかわる記録を永久保存するよう東京地検に申し入れた。
3人のうち2人は無罪判決が2025年に最高裁で確定、1人は上告審の途中で死亡して公訴棄却になった。未曾有の事故の刑事責任は誰も負わなかったが、告訴団は裁判の記録が「歴史的な研究の資料として唯一無二のもの」と位置づけ、保存の重要性を強調している。
強制起訴も2人は無罪確定、1人は死亡で公訴棄却
原発事故で被災した福島県民らでつくる福島原発告訴団が東電の経営陣らを刑事告訴したのは2012年だった。検察は不起訴にしたが、検察審査会の起訴議決を経て検察官役の指定弁護士が2016年に勝俣恒久・元会長、武黒一郎・元副社長、武藤栄・元副社長の3人を強制起訴した。
3人は、同原発で津波に起因する事故が起きないよう防護措置を取る業務上の注意義務を怠り、漫然と原発の運転を続けた過失により東日本大震災の津波を受けて事故を起こしたため、近くの病院の入院患者ら44人に長時間の搬送を伴う避難を強いて死亡させた、などとして業務上過失致死傷罪に問われた。
1、2審は、同原発に運転を停止すべきほどの巨大な津波が襲来する可能性があることを事前に認識はできず、浸水防止の対策をしていても事故を避けられたとは認められないとして、3人に無罪を言い渡した。最高裁の審理の途中で勝俣氏は死亡して公訴棄却になり、武黒氏と武藤氏は2025年に指定弁護士の上告を棄却する最高裁の決定により無罪判決が確定した。
国を崩壊させかねない事故の「唯一無二の資料」
刑事確定訴訟記録法によると、この事件のように有期拘禁刑に当たる罪に問われて無罪や公訴棄却が確定した場合、刑事裁判の記録の保管期間は訴訟終結後5年とされている。ただし、刑事法制やその運用、犯罪に関する調査研究の重要な参考記録に当たるものは、保管期間の満了後も「刑事参考記録」として保存するとの規定がある。
告訴団はこの事件について、法務省が定めた刑事参考記録の指定要件のうち「検察審査会による起訴をすべき旨の議決に基づいて公訴が提起された事件」に当たるほか、①国政を揺るがせた犯罪にかかる事件、②犯罪史上顕著な犯罪にかかる事件、③無罪の裁判により終結した事件のうち重要なもの、④全国的に社会の耳目を集めた犯罪にかかる事件であって特に重要なもの——に該当すると立論した。
告訴団の弁護団は、刑事参考記録に該当することは間違いないとみているが、その保存期間は検察の裁量によるため「永久保存」を求めたと説明している。
東京地検に提出した要望申出書は、福島原発事故の刑事裁判では「東電社内での津波対策の検討状況、国の地震調査研究推進本部(推本)における専門家らの議論状況などを示す多数の貴重な資料が取り調べられ、専門家や東電社員らの証言なども得られた」と振り返った。告訴団はその記録を「実質的な事故調査報告書」と捉えているという。
そのうえで申出書は「国を崩壊させかねない事態を引き起こした福島第1原発事故に関する唯一無二の資料」と記録の重要性を指摘。廃棄されると「事故の原因、事故に至る経緯、当時の科学的知見などを示す資料が失われ、原発事故を二度と繰り返さないという国民の教訓の礎を失い、歴史的研究を阻害することになる」と力説した。
公判に提出されなかった捜査記録も保存を
告訴団などが保存を要望したのは裁判の記録と捜査の記録で、公判に提出されなかったものも含めるよう強く求めているのがポイントだ。
この事件の公判では、検察官役の指定弁護士によってすべての捜査記録が弁護人に開示されるという異例の対応が取られた。しかし、証拠請求されたのは一部にとどまり、さらに弁護人が同意したものだけが刑事事件の確定記録になった。申出書は、公判に提出されなかった記録の中にも被告人や重要証人の調書といった極めて重要な資料が含まれているとの見方を示し、それらも「本件の歴史的な研究の資料としては唯一無二のもので、保存が強く求められる」と主張した。
告訴団の弁護団は具体例として、東電の津波対策担当者の供述調書を挙げている。公判で証人尋問は行われたが調書は証拠採用されておらず、事故が発生して間もない時期の調書は尋問での証言と内容が微妙に異なっている可能性があるので、検証する価値は高いとみている。
類似の前例として、検察審査会が「不起訴不当」の議決をしたものの最終的に誰も起訴されなかった「日航機御巣鷹山墜落事故」(1985年)の捜査記録が前橋地検に保管されていることを紹介している。
一般の人が閲覧できる手段を取るよう要望
申出書の提出後、告訴団と弁護団、支援団のメンバーが記者会見をした。
告訴団の武藤類子団長は「1、2審の公判をすべて傍聴したが、原発事故の被害者が知り得なかった事実がたくさんあり、重要な記録だ。公判未提出の証拠によって今後研究が進めば、どうして事故が起き誰に責任があったかがもっと明らかになる可能性がある」と保存後の活用にも期待を込めた。
弁護団の海渡雄一弁護士も「原発事故の歴史研究を志す人が読める情報になってほしい。たとえば記録を国立公文書館に移管するなど、一般の人が閲覧できる保存の手段を考えてほしいと地検に要望した」と話した。
◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう)
朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援、地方自治などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。
【編集部からのお知らせ】

本サイトで連載している小石勝朗さんが、2024年10月20日に、『袴田事件 死刑から無罪へ——58年の苦闘に決着をつけた再審』(現代人文社)を出版した。9月26日の再審無罪判決まで審理を丁寧に追って、袴田再審の争点と結論が完全収録されている。
(2026年04月30日公開)