3 検証報告書の内容上の問題点
⑴ 証拠開示をめぐる問題
検証報告書は、最終章の「第9 まとめ」で、捜査段階から第一次再審請求審異議審までの「関与検察官の一部」の「本件捜査報告書をめぐる対応」を「反省すべきもの」と結論づけている。
すなわち、「本件捜査報告書は、確定審第一審で公判に顕出されその後の裁判所及び当事者の訴訟活動や判断の基礎とされていた内容が誤りであることを示すものであったのであるから、公益の代表者として立証責任を負う検察官として、その点について可及的速やかに是正措置を講じたうえで、検察官としての証拠評価・判断を主張すべきであり、そのような措置が適切に講じられることがなかった点は、……一貫して反省すべきものである」、と(検証報告書49頁)。関与検察官は、本件捜査報告書の存在および内容を認識していながら、「適切な是正措置」を講じることも「検察官としての証拠評価・判断を主張する」ことも怠ったというわけである。これは「関与検察官の一部」には無罪証拠を隠して冤罪を引き起こした責任があると認めるに等しい。
もっとも、検証報告書は関与検察官に求められる「反省」の度合いは関与の手続段階で異なると考えているようである。
検証報告書は、確定審第一審の関与検察官の内、特にP4の対応については、再審無罪判決が説示するような「厳しい指摘を受けたことも当然」だとし、「本件捜査報告書に関する適切な是正措置を講じなかったことについては、公益の代表者として公正誠実に職務を行うという姿勢に欠けていたものと評価せざるを得ず、この点を真摯に反省しなければならない」と強く批判している(検証報告書37頁)。
すなわち、検察官P4は、「C供述の信用性が争われる中で、従前の主張及び証拠が明確に客観的な事実経過と齟齬していることを示す本件捜査報告書の送致を受けてその内容を認識しながら、何ら的確な対応を講じることなく公判において従前と同様の主張をしていた」とし、また「本件捜査報告書を開示するなどの是正措置を講じることにより、それまでの検察官の立証の一部が失われる事態を避けようとして、適切な是正措置を講じず、従前の主張立証を維持して……論告を行った」と批判するのである(検証報告書36頁)。
これと比べて、第一次再審請求審と同異議審の関与検察官に対する批判のトーンは弱い。検証報告書は、再審請求審や同異議審に関与した複数の検察官は「本件捜査報告書との齟齬を明確に認識しながら、適切な是正措置を講じていなかった」と批判し、「本件捜査報告書はB供述を裏付けるC供述の裏付けの一つにすぎないとの判断から、有罪・無罪の結論に影響を及ぼすほど重大なものとまで認識していなかった」などと指摘しつつ、そういう証拠評価があったとしても、「検察官としては、速やかに上司に報告・相談するなどしたうえ、裁判所及び弁護人にその事実を伝えるなどの適切な是正措置を講じるべきであり、それが講じられていなかった」として、「反省」を求めている(検証報告書43頁)。
しかし、本件捜査報告書の証拠構造上の位置付けには確定審と再審請求審とで変わりはなく、批判のトーンを弱める理由はない。むしろ再審請求審なればこそ、弁護人提出の新証拠を契機として検察官手持ち証拠も含めて新旧全証拠を俯瞰的に再検討できるから、再審請求審の関与検察官はすべからく確定審検察官の訴訟活動を厳正に検証すべきであった。「確定審、第一次再審請求審を通して」、検察官が「証拠開示を拒否する頑なな態度を貫いてきた」(再審福井女子中学生殺人事件弁護団・前掲論文85頁)という指摘を考慮するなら、第一次再審請求における関与検察官の対応も厳しく批判すべきであった。
第二次再審請求審における検察官の対応については、検証報告書は、名古屋高検が、早期の証拠開示の対応方針の下、2023年(令和5年)5月11日から同年12月21日までに287点の証拠開示をし、本件捜査報告書は8月22日に開示したという経緯を記すだけで(検証報告書45〜46頁)、「反省」を求めてはいない。保管証拠一覧表や送致書類目録を不開示とした対応についても、検証報告書は再審請求審の審理構造(職権主義)に鑑み問題はないという(検証報告書46頁)。
しかし、第二次再審請求審での287点の証拠開示は、第一次再審請求審以来の弁護団の粘り強い証拠開示請求に対し、裁判所が積極姿勢で対応した結果であり、検察側は証拠開示には一貫して消極的だったことを見過ごしてはならない。本件捜査報告書が第二次再審請求審に至るまで開示されず、検察官の手許に留め置かれ続けた事実を直視しなければならない。
先にも指摘したように、弁護団が「第二次再審請求における287点の証拠開示も、裁判長が証拠開示を勧告したのに対し、当審検察官は、『高検の担当者全体の意向である』として任意開示を拒否し」たと指摘した(再審福井女子中学生殺人事件弁護団・前掲論文85頁参照)のに対して、検証報告書は「第1回進行協議期日に参加した検察官P18において同発言に及んだか否かについて確たる記憶がなく、当該発言の存否について確たる結論を得ることができなかった」とした(検証報告書45頁・注74)が、「確定審、第1次再審請求審を通して、公判調書や検察官提出書面に名前を連ねた検察官19名全員が、裁判長の勧告を受けない限り、証拠開示を拒否する頑なな態度を貫いてきたし、その中には地検や高検の幹部検察官も含まれていた」との弁護団の指摘(再審福井女子中学生殺人事件弁護団・前掲論文85頁)に対する反論は検証報告書にはない。再審請求審における証拠開示への検察側の対応をみると、弁護団の指摘は排斥しがたい。
こうみてくると、本件捜査報告書をめぐる検察官の対応についての検証報告書の「反省」の弁がどれほど徹底したものなのかという点に疑念が残るが、より重要なことは、「反省」に基づく「適切な是正措置」が今後の「対応策」としてどのように実効性をもって具体化されているかにある。
この点でも、検証報告書の「第9 まとめ」の「2 対応策」に列挙された方策は抽象的であり、実効性をもった具体的施策とは言いがたい。検察官の「不公正な訴訟活動」を実効的に抑止できる具体策が提言されていないのである。検証報告書は、「反省」に基づく「適切な是正措置」に関して、「再審請求手続において、再審開始理由との関連性、裁判所がその判断をするための必要性、開示した場合の弊害を考慮し、裁判所の意向も踏まえ、柔軟に証拠を任意に提出・開示する運用に至っている」と指摘し、「検察官の従前の主張や証拠に誤りがあることが判明したならば、速やかにそれを撤回し、必要に応じて裁判所や弁護人に経緯の説明や関係証拠の開示を行うなど、適切な是正措置を行う必要がある」旨の通知を発出したという(検証報告書49頁)が、それでは「適切な是正措置」がどういうもので、どう実効的に機能させるのかがわからない。
検証報告書のいう「柔軟に証拠を任意に提出・開示する運用」は、「再審開始理由との関連性、裁判所がその判断をするための必要性、開示した場合の弊害を考慮し」た「運用」を意味するものと読めるが、そうであれば、証拠開示が狭い運用となる危険が大きいし、そういう運用を検察官の判断に委ねるというのであれば、本件捜査報告書のような無罪証拠が隠される事態は防げまい。本件の「反省」に立って「適切な是正措置」を講じるというなら、証拠一覧表の開示を含めて再審請求人の証拠開示請求権に基づく全面的証拠開示の制度化を提言すべきであった。検証報告書に対する最大の不満は、そういう実効的な具体的「是正措置」が「対応策」として提言されていないところにある。
通常審の証拠開示の制度化は、2004年刑訴法改正と2018年刑訴法改正によって一応実現された。証拠開示の運用実務を踏まえると、本件捜査報告書のような無罪証拠が通常審で不開示とされる事態は想定しにくい。
再審請求審における証拠開示については、本年7月17日の刑訴法改正により証拠開示が制度化された。しかし、この改正刑訴法の証拠開示は、「再審の請求の理由に関連すると認められる証拠について、その関連性の程度その他の当該再審の請求についての裁判をするために提出を受けることの必要性の程度並びにその提出を受けた場合に生じるおそれのある弊害の内容及び程度を考慮し、相当と認めるとき」(改正刑訴法445条の2第1項)という形で幾重にも限定がかかっており、本件捜査報告書のような無罪証拠が再審請求審で確実に開示される保障はない。
本件第二次再審請求において請求人が提出した新証拠は、車のダッシュボードの血痕付着の有無に関するルミノール実験鑑定、主要関係者の供述の不合理性を解明する2種類の供述心理鑑定、そして犯行態様はシンナー乱用者による心神耗弱状態での犯行とは矛盾する旨の精神医学鑑定の3種類であったが、上記の改正刑訴法の規定からすると、3種類の新証拠と本件捜査報告書とに「関連」性は認めがたいとして不開示とされる可能性が高い。再審請求審における証拠開示に関する法制審議会の議論では、「再審請求理由の有無」の判断に必要な証拠開示は請求人提出の新証拠との「関連性」が認められる範囲で裁判所の個別的な相当性判断に委ねられるとする主張が根強く、法制審事務局(法務省)もその立場に立っていることからみて、改正法の再審請求審における証拠開示制度では、本件捜査報告書のような無罪証拠が確実に開示される保障はない(拙稿「福井女子中学生殺人事件・再審無罪判決が問いかけるもの」前掲判例時報2643号29頁参照)。
先にも指摘したように、検証報告書中にも「再審開始理由との関連性、裁判所がその判断をするための必要性、開示した場合の弊害を考慮し、裁判所の意向も踏まえ、柔軟に証拠を任意に提出・開示する運用」という文章が出てくるが、それは上記の改正刑訴法445条の2第1項の条文と同趣旨であると読める。
検証報告書は、本件第一次再審請求審で検察側が証拠開示に消極姿勢をとったことについて、「再審請求審の職権主義的構造を前提に裁判所の勧告に従って証拠を開示するという当時の運用に則ったもの」で、「現在の運用の視点から見れば、……限定的であった」と弁明し、また第一次再審請求審異議審での証拠開示に対する検察の消極姿勢については、通常審の証拠開示制度の適用がないことや異議審の事後審性を指摘するのみであり(検証報告書44〜45頁)、その「運用」に対する「反省」に基づく「適切な是正措置」の提言はない。第一次再審請求審や同異議審で証拠開示に対して検察がとった態度に特段の問題はないというのが、検証報告書の立場なのであろう。
また、第二次再審請求審では、本件捜査報告書の他に、B供述に関連する引当たり捜査報告書や備忘メモも開示された。それらはB供述の信用性に関わる証拠であり、再審開始決定も再審無罪判決も警察が引当たり捜査を利用してB供述を誘導したと疑う根拠としている。これも、証拠開示に対する検察の消極姿勢が無罪証拠を永く検察の手許に眠らせてきた深刻な事態である。検察官が引当たり捜査報告書や備忘メモの存在とその内容を知らなかったとは考えがたい。確定審以来19名もの検察官が関与したのである。この問題に検証報告書は言及しておらず、ここにも調査の不十分さが露呈している。
(2026年10月08日公開)
