⑵ 再審開始決定に対する不服申立ての問題点
検証報告書は、第一次再審請求審において本件捜査報告書の存在を隠したまま再審開始決定に対し検察が異議申立てをしたことについて、再審開始決定の理由との関係では十分な理由があり、本件捜査報告書の証拠価値の評価もさまざまにあり得たと指摘しつつ、本件捜査報告書について「適切な是正措置が講じられていれば、……本件殺人事件全体の証拠構造に動揺が生じた結果、再審開始決定がなされていた可能性も十分に考えられる」と述べている(検証報告書47〜48頁)。本件捜査報告書について「適切な是正措置」を講じていれば異議申立てはなかったはずなのに、検察官が異議申立てをして冤罪救済を引き延ばしたと認めるものといえる。この点でも検察官の責任はきわめて重いが、本件捜査報告書についての「不公正な訴訟活動」と比べて「反省」のトーンは弱い。
今回の再審法改正論議では、再審開始決定に対する検察官の不服申立権の是非について議論が対立し、国会での修正によって、再審開始決定に対する不服申立ては開始決定を取り消すべき「十分な根拠がある場合」に限って例外的に許容されるものとされた(改正刑訴法450条の2)。法務省当局者は国会で、この規定は検察官の行為規範だと説明した。しかし、本件第一次再審請求審の再審開始決定に対する検察官の異議申立ての例をみても、「十分な根拠」の判断を検察官に委ねるなら、改正刑訴法のような規定では実効性がないことは明らかである。
本件第一次再審請求審における検察官の異議申立てを「真摯に反省」するというなら、再審開始決定に対する不服申立ては禁止すべきだと提言すべきではなかったのか。この点でも、検証報告書は不十分だと思う。
4 おわりに——検察改革の展望
本件冤罪被害者の前川さんは検証報告書を読んで、踏み込みが足りないと感想を述べている(朝日新聞〔朝刊〕2026年7月11日〔大阪本社13版〕)。私のような第三者の目からみても検証報告書の「反省」の弁と今後の「対応策」の提言には強い不満を感じるから、冤罪被害者の不満はもっと強いだろう。
翻ってみれば、2011年9月に最高検は、郵便不正事件(村木事件)と大阪地検特捜検事の証拠改ざん事件を契機に設置された検察の在り方検討会議の提言「検察の再生に向けて」(同年3月31日)を受けて、「検察官が職務執行に当たって従うべき職務基本規程」として「検察の理念」を策定・公表した。「検察の理念」は、検察官は「あたかも常に有罪そのものを目的とし、より重い処分の実現自体を成果とみなすかのごとき姿勢となってはならない」とし、また「権限行使の在り方が、独善に陥ること」があってはならないと宣言している。本件第一次再審請求審の再審開始決定に対して検察官が異議申立てをしたのは、この「検察の理念」策定後のことであり、それは「検察の理念」にあからさまに反する訴訟活動であった。証拠開示に対する検察の消極姿勢も同じである。ことは本件だけではない。
「検察の理念」に反する事態は後を絶たず、近時は、プレサンス元社長冤罪事件の大阪地検特捜検事の違法取調べをはじめとして「検察の理念」に反する検察官の違法行為が目につく。この現状は10数年を経てなお「検察の理念」が根づいていない事態であり、そうだとすると、今回の検証報告書の「反省」と今後の「対応策」が検察実務に根づくことも期待できなくなってしまう。それでは、検察不信が一層強まる。
検察の組織原理には検察一体の原則があるが、それは政策的要請にすぎず、検察の組織原理の根本は独任機関制にある。独任機関制が成り立つ基盤は、検察官が自律的に法的判断をする能力と資格を備えたlawyerとして裁判官や弁護士と同質の法曹であるという点にある。検察官は、憲法と刑事訴訟法に規制されて、「検察の理念」に依拠する法曹倫理の下で訴追機能を担う公正なlawyerでなければならない(拙稿「検察官の役割と倫理」法律時報83巻9=10号25頁以下参照)。検察の行為規範は検察の組織風土に根差した身内の論理ではなく、lawyerとしての論理と倫理ではないか。福井女子中学生殺人事件・検証報告書に接して、「現代検察官論」の再構築の必要性を強く感じざるを得なかった。
(2026年10月08日公開)
