はじめに
本稿は、これまでの連載記事とは少し異なるものである。
私は、取調べ拒否を実践する手助けとなるものとして、2024年10月以降、「私は取調べを拒否します」と書かれたTシャツ(以下、「本件Tシャツ」という)を依頼者に差し入れ、それを依頼者に留置施設や取調室でも着用してもらってきた。
私は、2024年12月5日、高齢の母親を放置した保護責任者遺棄致死の疑いで逮捕され、大阪府羽曳野警察署留置中の依頼者を担当した事案で、同月10日、従前どおり本件Tシャツを依頼者に差し入れた。依頼者は、面会のすぐ後に本件Tシャツを着用し、その上にジャージタイプの上着を羽織り、就寝した。ところが、翌朝、同警察署留置管理課の職員は、依頼者に対し、「メッセージ性がある」、「危険物にあたる可能性がある」等として、本件Tシャツを脱ぐよう指示し、留置施設外にある危険物保管庫に入れた。
依頼者は、翌日に予定されている検察庁の取調べに連行されたならば、取調室で上着のファスナーを開け、本件Tシャツを検察官に見せることを考えていた。
しかし、依頼者は、検察庁に行く前に前述したように本件Tシャツを脱がされたので、着用して行くことができなかった。
同日、私は、依頼者に面会に行った際、上記の報告を受けたため、後日、大阪府警察本部に抗議書を送った。その後、取調室内だけでも着用させるよう求めた。しかし、大阪府警察本部は、本件Tシャツと同じデザインのTシャツの着用を一律認めないとの決定をした。
依頼者は、最後まで本件Tシャツを着用することができなかった。
そこで、依頼者と私が原告となり、2025年7月1日に、大阪府に対し、国家賠償請求訴訟を提起した。本稿では、上記の国家賠償請求訴訟について報告する。
これまでの本件Tシャツの実践とその結果
私は、2024年10月から、黙秘を手助けするための手段として、本件Tシャツを大阪府の警察署留置中の被疑者段階の依頼者に差し入れをしていた。これまで2名が留置施設で着用し、1名(以下、「Xさん」)は大阪地方検察庁の取調べにも着て行き、警察署内での取調べにも着用していた。
Xさんは、出房拒否ができず、黙秘をすることも難しかった。その頃、私は本件Tシャツを差し入れて、留置施設でも着用しておくよう助言した。なぜなら、出房拒否を訴えるためには有効な手段であるし、黙秘をするにも有効であると考えたからである。
そしてXさんは、本件Tシャツを着用して取調室に行ってからは黙秘に成功した。
というのも、Xさんが黙秘する旨を述べ、沈黙状態であったときに、取調官が、「黙秘されてそんなTシャツが目の前にあったら取調べしにくいわ」と述べ、取調べが終了したということがあったと、依頼者は安堵していた。その後も、Xさんは警察署の取調室に本件Tシャツを着用して行き、黙秘ができていた。
その後、Xさんは検察庁での取調べにも本件Tシャツを着用して行った。録音・録画を見ると、前回の取調べでは、検察官はテンポよくXさんに質問をしていた。だが、次の取調べで、Xさんが着ている本件Tシャツを見た瞬間に、検察官に明らかな動揺が見られた。依頼者にとって、取調べの最初に黙秘ができるかどうかが決まる人も少なくない。Xさんは、最初に検察官の明らかな動揺を見て、黙秘のペースを摑んだ旨を述べていた。
こういった経緯があり、私は、黙秘(出房拒否を含む)をするために、同年10月以降はできる限り、本件Tシャツを差し入れ、留置施設内でも着用をしてもらっていた。
本件Tシャツについて
私が大阪府羽曳野警察署で依頼者に差し入れた本件Tシャツは、前面の胸部に、「私は取調べを拒否します」との文字が白抜きでプリントされ、背部に「EST.2024 RAIS 取調べ拒否権を実現する会」と白抜きでプリントされているブルー色の半袖Tシャツである。

国家賠償請求訴訟の法的構成
1 争点
本件Tシャツの着用が、「留置施設の規律及び秩序の維持その他管理運営上支障を生ずるおそれ」(被収容者処遇法187条)に該当するか否かである。
2 「留置施設の規律及び秩序の維持その他管理運営上支障を生ずるおそれ」の解釈
⑴ 「留置施設の規律及び秩序の維持その他管理運営上支障を生ずるおそれ」には、施設管理者の裁量があることは否定できない。
しかし、どのように解釈するかについては、裁量の広狭のみならず、当該規制によって被る不利益の内容や性質、権利・利益の重大性、制限の程度等を較量し、決せられることとなる。
本件Tシャツを着用できないことにより、以下の権利・利益が制限ないし侵害されることになる(すべてを本稿で取り上げることはできないため、一部を取り上げる)。
⑵ 表現の自由(憲法21条1項)に対する侵害
依頼者が、本件Tシャツの着用をすることが認められなかったのは、本件Tシャツにプリントされていた「私は取調べを拒否します」との文言に問題があると判断されたからであった。すなわち、本件は、本件Tシャツにプリントされた「私は取調べを拒否します」との表現の内容に着目した表現内容の規制であり、非常に厳しい規制である。
⑶ 黙秘権(憲法38条1項、刑事訴訟法198条2項、自由権規約14条3項g)に対する侵害
黙秘権の保障には、自由な方法により黙秘権行使の意思表示をすることの保障も含まれるというべきであるとされている。
本件Tシャツの文字により、永続的に取調官の眼に自らの黙秘の意思を焼き付けることができ、また、取調官の発問に対し、「黙秘します」と回答をしなければならないという心理的ストレスが解消される本件Tシャツを着用することこそが、依頼者が黙秘権行使の意思表示をし続ける方法としては、事実上唯一の方法といえ、かつ最も効果的なものであった。
しかし、依頼者(原告)は最後まで本件Tシャツを着用して黙秘権行使の意思表示をすることが不可能となった。依頼者が自らにとって適当かつ必要な方法により黙秘権行使の意思表示をすることができなくなったのであるから、黙秘権を侵害されたものといえる。
⑷ 導かれる解釈
その他にも、着たい服を着る自由、弁護人の援助を受ける権利等の憲法上の権利が侵害されることになる。これらの権利・利益は、重大なものであることに鑑みると、「留置施設の規律及び秩序の維持その他管理運営上支障を生ずるおそれ」というのは、本件Tシャツの着用を認めることにより、留置施設内の規律および秩序が害される一般的、抽象的なおそれがあるというだけでは足りず、具体的事情のもとにおいて、留置施設内の規律および秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があると認められることが必要であり、かつ、その場合でも、本件Tシャツの着用を制限する程度は、障害発生の防止のために必要かつ合理的な範囲にとどまるべきものとした。
3 本件Tシャツを取り上げて着用させなかった行為の違法性
⑴ 「規律及び秩序の維持に支障を生ずるおそれ」がないこと
依頼者は、他の被留置者に見せる意図は全くなかったうえ、留置施設内の規律および秩序を乱そうとするような行動をとったこともなく、それを窺わせるような言動も一切していない。また、本件Tシャツを着用することで、他の被留置者に対して黙秘権の行使を働きかけようという意図は一切なかった。
弁護人である私は、実際、過去の差入れ後に、警察職員から、留置施設の規律および秩序の維持その他管理運営上支障が生じたとの連絡も受けていない。
⑵ 本件Tシャツの着用制限が、必要かつ合理的範囲を超えていること
仮に、留置施設内の規律及び秩序の維持への影響を懸念するのであれば、留置施設外の取調室内で本件Tシャツの着用を認め、取調室から出るときに本件TシャツTを職員が預かるなどの方法があり得たにもかかわらず、大阪府警察本部職員は、このような方法も一切講じなかった。
⑶ 結論
(訴状を網羅的に説明することはできないが)以上のことを考えると、依頼者に一切本件Tシャツを着用させなかった行為は、違法と言わざるを得ないという裁量論で構成している。
概ね上記の内容の訴状を裁判所に提出した。
国賠訴訟の進捗と今後の予定
第一回口頭弁論期日は、2025年10月23日13時30分から、大阪地裁202号法廷(大法廷)で行われる予定である。多くの方に傍聴に来ていただけるようお願いしたい。
また機会があれば本国賠訴訟の進捗を報告させていただきたい。
(『季刊刑事弁護』124号〔2025年〕を、加筆・修正して転載)
(2025年10月10日公開)