リレー連載 冤罪・再審 全国縦断レポート<br>第5回

リレー連載 冤罪・再審 全国縦断レポート
第5回

福井女子中学生殺人事件——39年ぶりの再審無罪確定を受けて

警察、検察による供述捏造と証拠隠しが問題となった事案における主張立証の経過と証拠開示

再審福井女子中学生殺人事件弁護団


1234

 袴田事件では、袴田巖さんは雪冤を果たした。しかし、名張事件、飯塚事件、大崎事件、日野町事件などは再審請求中。全国にはいまだ多くの冤罪・再審事件があり、弁護団の努力にもかかわらず、その救済は取り残されている。さらに、無罪判決後、冤罪の原因や責任を明らかにしようと、国賠訴訟も提起されている。各事件や訴訟の最新の動きを弁護団に報告いただく。(編集部)

1 はじめに

 名古屋高裁金沢支部は、前川彰司氏(1965年5月14日生)の福井女子中学生殺人事件の第2次再審請求事件について、積極的な証拠開示勧告によって重要証拠287点の開示を実現したうえ、2024年10月23日に再審開始を決定(LEX/DB25621140)し、同決定は検察官の異議申立て断念によって確定した。さらに、再審控訴審事件について、2025年7月18日、1審福井地裁の1990年9月26日付無罪判決に対する検察官の控訴棄却判決(「再審無罪判決」ともいう。LEX/DB25623230)をし、同判決は検察官の上告権放棄によって確定した。

 再審請求審における証拠開示が決め手になって、2022年10月14日の再審請求書提出から3年足らずの迅速な決着が実現したものといえる。

 加えて、本事件が警察・検察の供述捏造と不都合な証拠隠しによって作られた冤罪であることを正面から認定し、厳しく批判している点が注目される。

 以下、第2次再審を中心に、主張立証の経過と証拠開示について報告する。

2 公訴事実と論拠

 本事件は、1986年3月19日の夜間、自分の卒業式を終えたばかりの女子中学生が、市営団地の自室で1人留守番中に惨殺された事件である。

 事件発生から半年が経過し、捜査が行き詰まった同年9月頃、暴力団組員Aが「1年後輩の前川が犯人だ」と言い出した。

 警察は、当初、Aの発言を疑ったが、他に有力な情報がない中、Aの供述に依存する捜査に舵を切った。その結果、捜査が半年間にわたり迷走した末、翌年3月29日前川氏は逮捕され、その4か月後に起訴された。

 起訴状記載の公訴事実は、「被告人は被害者をシンナーに誘って断られ、いさかいになり、シンナー乱用による幻覚・妄想状態で、怒りのあまり被害者を殺害した」というものである。

 その論拠は、①犯行現場の落下毛髪2本が被告人の頭髪と一致するとした警察庁科学警察研究所技官の毛髪鑑定によって、本人が犯行現場に立ち入ったことが裏付けられていること、②Aをはじめとする6名の青少年(以下「主要関係者」という)の供述が大筋で一致し、他の9名の青少年(以下、これらの青少年全体を「関係者」という)の供述によって支えられていることの2点である。関係者らの供述によって、「事件当夜、被告人が、B運転のスカイラインで犯行現場の団地や立寄先に行き、喫茶店でゲーム中のAに助けを求め、その指示で出迎えたNの案内でAのもとに到着し、Aに匿われたこと」(行動経過)、「A、B、Nに加えて、H子、G、I子が血痕の付着した被告人を目撃したこと」(血痕目撃)、「被告人が、A、Bに、『被害者といさかいになり、かっとなって殺害した』と告白したこと」(犯行告白)という3つの間接事実が認められ、被告人の犯人性が推認されるという論理である。

3 確定審・第1次再審請求審の攻防と、無罪、有罪と揺れ動く裁判所の判断

⑴ 確定1審における検察官の供述調書開示拒否のもとでの攻防と無罪判決

 2つの争点のうち、物証(、⑶の①)については、1審公判の弁護人立証によって、毛髪鑑定では個人識別ができないことが証明され、検察官は物証による裏付けを断念した。

 一方、関係者供述の解明(、⑶の②)は複雑な経過をたどり、裁判所の判断は、1審無罪、控訴審有罪と正反対の判断となった。

 まず、弁護人が関係者供述に変遷があることを理由に、捜査段階の調書の開示を請求したのに対し、主任検察官Hは「警察、検察庁における供述調書を開示する意思はない」と開き直り、後任の主任検察官や控訴審担当検察官を含め、裁判長の証拠開示勧告を受けた場合に限り、証人尋問の直前や終了後に一部の調書を五月雨式に提出するにとどめ、原則不開示の態度を貫いた。

 そのため、弁護人は、供述経過を十分に把握できないまま、開示された一部の供述調書や捜査当時の新聞記事等の断片的な証拠だけを頼りに、関係者の反対尋問に臨まざるをえないという不公正な審理を強いられた。

 それでも、関係者15名のうち5名が、1審公判証言で関与を否定し、異口同音に警察の取調べで強引な誘導が行われたことを訴えた。

 また、前川氏本人は、逮捕直後から終始一貫して、「容疑事実はAと友達の作り話です」と訴えている。

 1審福井地裁は「本人の犯行を示す物証がない、犯行自体の目撃者がない、関係者供述に変遷や対立がある、自白がない」として無罪判決をした。

⑵ 確定控訴審におけるNひとりだけの関与供述への変遷と逆転有罪判決

 これに対し、控訴審では、1審公判で関与を否定した関係者5名のうち、Nひとりだけが捜査段階の関与供述に戻る証言をしたところ、名古屋高裁金沢支部は、1審無罪判決の指摘する脆弱な特徴があることを認めつつ、供述の大筋は一致している、変遷や不一致は些細な点にすぎない等として、懲役7年の逆転有罪判決(確定判決)を言い渡した。

 そして、最高裁が上告を棄却して、前川氏は服役を余儀なくされた。

⑶  第1次再審請求審の攻防と、再審開始、請求棄却と揺れ動く裁判所の判断

 第1次再審1審では、新証拠(刑訴法435条6号)として、①Aが「スカイラインのダッシュボードに血糊が付いていた」と供述しているにもかかわらず、事件から9か月後のルミノール検査が陰性になったことの不合理性を裏付けるルミノール実験鑑定、②被害者の創の中に、凶器とされた包丁よりも刃幅の細い第三の刃器による創があることを示す法医学意見書、③第1次再審1審で裁判長の勧告を受けて開示された、A供述の変遷に連鎖する変遷の存在を示す他の関係者の開示供述調書29通を新証拠として提出し、④弁護人、検察官双方が請求した法医学者それぞれ1名の証人尋問を行った結果、名古屋高裁金沢支部は再審開始決定をした。

 これに対し、異議審名古屋高裁刑事1部は、①ルミノール実験は本件と前提条件が異なっていて証明力がない、②創の深さには誤差があるので刃幅の推定には根拠がない、③供述変遷には合理的理由がある等の理由で、原決定を取消し、再審請求棄却決定をし、最高裁も特別抗告を棄却した。

1234

(2025年12月16日公開)


こちらの記事もおすすめ