
死体検案書と六法全書
「裁判員のはらの中」の執筆を始めるにあたって、どうしても取り上げたい方がいた。それが幅美奈子(はば・みなこ)さんなのだが、彼女に生じた諸事情が大きすぎて、それは叶わないまま最終回を迎えてしまっていた。今回、彼女から望外の連絡が入り、心残りが成就することになった。
幅さんとの始まりはとても印象的だった。2015年10月のある日、LJCC(Lay Judge Community Club)事務局の電話が鳴った。電話口の彼女は、4カ月前に裁判員を務めたこと、悩んで苦しんで判決を導いたこと、LJCCを新聞記事で知ったことなど、堰を切ったように一気に話し尽くした。やがて嗚咽を漏らして言葉に詰まった。
いったんは閉じ込めて、誰にも何も話さずに墓場まで持っていくつもりで、「忘れよう、忘れよう」って封印するための作業をずっとしてたような気がします。でも、あの新聞記事を目にしたときに、ポーンて記憶が呼び戻されたというか、裁判員をやったことは言ってはいけないんだと思ってたんですね。それが、そんな集まり(LJCC)があるっていうのが、まずビックリしちゃって、とにかく驚きました。
「あの記事」とは、僭越ながら私が載る朝日新聞の「ひと」(2015年10月19日朝刊)である。幅さんは、裁判員当時も今も大手生命保険会社に勤務していて、死亡保険金などの支払いを担当している。
うち(自宅)のすぐ近くに保険会社の大きな事務センターがあって、2006年に入社して今年20年目。ものすごく家から近いんですよ。お昼は家に帰ってくるから、天気の急変にも対応できるんです(笑)。
毎日「死亡診断書」や「死体検案書」を見て、保険金支払いの査定をやっています。法律は詳しくないけど、『リーガルハイ』とかテレビは法律モノとかが大好きで、息子が14歳のときに『踊る大捜査線』の鳥飼誠一管理官(小栗旬)になりたいって言ったので、いいじゃんいいじゃんって、ミニ六法(ポケット六法)買ったんですよ(笑)。
息子さんの夢を素直に応援して、期待を膨らます純粋な母の姿と、業務とはいえ死体検案書を日々精査する姿とのギャップに驚いた。そんな幅さんに候補者登録通知が届いたのは、2014年の秋だった。
「なんだろうな?」と思いました。とにかくすぐ開けて、調べて、自分の中に落とし込んで、「やりたい」と思ったし、「たぶん選ばれる」って、根拠はわからないけど。息子の受験があったので、(調査票に)「1月と2月の2カ月間だけできません。それ以外は積極的にやります」って書いて返信しました。
根拠のない「選ばれる」はよく耳にするが、調査票に「積極的にやります」と書いた方は初めてだ。そして、翌年の春に呼出状が届いた。指定された期日はなんと5月21日。裁判員制度の施行日と同じ日だった。
呼出状を受け取った翌週に会社へ申請したら、この呼出状も付けろって。自分の有給(休暇)を使うのかなって思っていたので、公務休暇の扱いでビックリしました。
呼出状が来たときに、主人は「こんな長い期間は休めないな」って、会社の上司も同じでした。息子は、その頃には小栗旬はだいぶ薄れていましたけど(笑)、法学部を受験していたので、それなりに興味はあったんでしょうね。「母が先に法廷に立つ!」なんて言ったら、「はぁ? 何言ってんの」って(笑)。

まさか、あの事件!?——選任手続~初入廷
偶然ではあるが、裁判員制度施行日に選任手続へと呼び出された幅さんは、千葉地裁へと向かった。千葉地裁は、JR千葉駅からモノレールで3駅5分、歩くと約20分である。
午後からだったので、比較的落ち着いて行けました。最初の1回はモノレールで行きましたけど、その次からは(千葉駅から)歩いて。(候補者は)何人くらいいたんだろう……30人くらいだったかな。
選ばれるつもりで行っているので、どうしようというより何の事件なんだろう? というのはありましたね。これだけ長い期間拘束されるっていうことは、重い事件なのかなって。裁判長が、「実は、今日は制度施行6年の日なんです」って。でも、私たちはわからないから「へぇー」って言うだけで、全然話は広がらなかったですね(笑)。
初公判から判決公判まで土日も含めると17日間のスケジュールはかなり長丁場だ。幅さんが知らされることになる事件概要は、深夜の住宅街でナイフを持った被告人が次々と通行人に襲いかかり、1名が死亡、1名がケガを負ったほか、この2名の被害者も含む計4名の通行人から金品や乗用車を奪うという大変な事件だった。
事件概要を聞いて、それはもうビックリしました。あの事件だって。捕まったときに割と衝撃的なことを言ってて、それがテレビで取り上げられていたので、まさかです。
「あの事件」とは、まさに幅さんの住む地域で起きた事件だった。発生当初からセンセーショナルな報道が繰り返され、テレビや新聞はもとよりインターネット界隈でも一躍話題となった事件である。
ホワイトボードに(職員さんが)番号を書いていって、「やった! やっぱり当たった!!」でした(笑)。高揚感でいっぱいですよね。
この日に、自己紹介をしました。住んでいる地域と会社員ですって言った記憶があります。まだまだ最初の頃は笑い声もあったし、左陪席が「裁判官になってまだ4カ月です」って。私たちと感覚が一緒な感じで、かわいくてしょうがなくて(笑)。そのときに法廷も見ました。201号法廷といって千葉地裁で一番大きな法廷ですっていう説明をされて、裁判長席の後ろの扉から入るんですけど、誰が扉を開けていたんだろ? 2つ同時にガバッて開いて入るんですよ。テレビっぽかったですよ(笑)。
お連れ合いは単身赴任中、息子さんにはお金を渡し外食をお願いした。会社への公務休暇手続も済ませて、幅さんは万全の態勢を整えた。そして、選任手続から6日後、20代から40代までの男性2名、女性4名の正裁判員に女性3名の補充裁判員という比較的若い構成の合議体は、千葉地裁で一番大きな法廷に入廷した。
とにかく満席で、中央あたりに遺族の人が遺影を持っていました。(検察官の後ろには)被害者参加制度を利用する亡くなった被害者のお父さんとお母さんがいたので、遺影を持っていたのは弟さんだったのかな……(被害者は)三兄妹のご長男でしたから。初めてなんで、皆さん遺影を持って入るもんだろうなって。
法廷に遺影を持ち込むご遺族のお気持ちはよくわかる。しかし、公正性の観点からは、やや心配だ。あるいは、事実関係に争いがなかったため、裁判長の裁量で許したのだろうか。では、被告人の印象はどうだろう。
席に座って、(被告人が)「近い」と思いました。それこそ、テレビに出てたあの人だって。その日は、ちゃんとスーツも着ていたので、まだ「怖い」っていう感覚ではなかったです。髪も黒く染めていました。
判決文によると、片耳が聞こえないという障害があり幼少期よりイジメを受けて育った被告人は、自閉スペクトラム症に罹患していて、起訴前に行った精神鑑定の結果では、反社会性パーソナリティ障害も抱えていたとされている。また、事件以前から統合失調症の治療も行っていた。

真っ黒な写真——初公判
冒頭陳述に続いて証拠調べが始まった。「裁判進行スケジュール」1日目には、幅さんの字で「集中!!」と書いてある。
とにかく印象的だったのは、シースナイフ(犯行時の凶器)。法廷では、アクリルケースに入っていたけど、評議室ではケースを開けて全員で握らせてもらいました。ずっしり重くて……刃先にどす黒いものが付いていて、あれは衝撃でした。みんな怖くなっちゃいましたね。こんなので刺されて痛かっただろうなって……。
鞘(シース)に収まる刃体の長さ21.9センチメートルのナイフは、アウトドアでは薪割りにも使われるような道具だ。さらに、「刺激証拠」と呼ばれる写真や画像類が続く。
法廷に入る前に裁判長から、「見なくても、目を背けていてもいいですよ」って言われました。イラストや白黒加工された写真でした。返り血が付いた被告人のジャンパーとか被害者の下着なんかも写真で出てきたんですけど、もう真っ黒でした……。でも、私は目を背けなかったですね。見るべきだなって。
人体に生じた刃物傷はイラストでした。あとは、(事件現場の)見取図や写真も。でも、東西南北がよくわからないので、北東方向へ10メートルと言われても……(笑)。
モノクロの衣類写真が「真っ黒」という言葉に背筋が凍る。それでも、目を背けずに真摯に向き合う幅さん。一方、法廷では複数の証人が証言台に立った。
被告人は、5人に声をかけていて、1人亡くなって、1人ケガで、1人から財布を奪って、1人からクルマを奪ったんです。最初に、「ハンカチ落としてませんか?」って声をかけられたのが、20代の女の子で、「落としてません!」って走って逃げたんですよ。家が現場近くのマンションで、自分の部屋からその後の犯行を見てた目撃者ということです。怖かっただろうなって。
最初にケガをした被害者は、真っ暗な中で避けようとしてナイフを摑んだんですよね(左母指切創:全治約2週間)。命は助かったけど、「もう夜道は歩けない」って。
このあたりから、急に怖くなってきちゃって。ナイフを持っちゃったからかな? けっこう気が重くなってきました。だんだん夜中に目が覚めることが多くなってきて、ゆっくり寝たのは初日だけだったかな?
3日目の審理を金曜日に終えた法廷は、翌週月曜日までの三連休となった。
本当に記憶が曖昧なんです。土日に主人が(単身赴任先から)帰ってきて、スーパー銭湯に行ったのは覚えているんですけど。で、夜ご飯を食べに行って、そん時に「もうつらい」って言ってたみたいで、「そんなにのめりこむな」と注意されたそうです。
月曜日は、(会社で)「どう?」とか聞かれるのも面倒臭いと思ったし、(裁判員という)別世界に入ったのに、普通の生活である会社に行く気にはなれなかったです。
夫婦で通うスーパー銭湯からの外食は週末の定番だそうだ。そこでしか吐けない弱音があったのかもしれない。公判日程で唯一の平日休廷日だった月曜日は、自身の有給休暇を事前に申請していた。心身に溜まるダメージを回復させる貴重な時間のはずだったが、幅さんの旺盛な好奇心はじっとしていなかった。
日曜日に現場を見に行ったんです。(法廷で)現場の写真とかも見せられたんですけど、せっかくこんな近くに住んでいるんだから自分の目で見てみたいって思って。昼間に行ったんですけど、「えーっ、こんな短い距離の中で次々に?」って、法廷ではわからなかったことが手に取るように“見えた”んです。ビックリしたのが、現場検証のときに(鑑識係が)つけた赤いインクが生々しく残ってたんです。
同時に、急に寒気がして、すごく怖くなって逃げ帰りました。ダーッて自転車飛ばして帰ってきて、息子に「怖くなって帰ってきた」と伝えたら、「何やってんだそんなこと!」って怒られました。
自分の気持ちに素直な幅さんの行動力は素晴らしい。実は、私も同じことをした。ところが、この行動を問題視する声がある。そのせいで彼女は発言を自粛してきた。彼女のためにも、ここでハッキリと記しておく。
裁判員制度は事件が起きた地域の裁判所に、その地域の市民が集まって審理に臨む制度である。今回の事件が幅さんの生活圏で起きたのはたまたまではない、そういう制度なのだ。審理中に事件現場を訪れることがダメなのであれば、例えば通勤で使う電車内で起きた事件の裁判員は、その電車には乗れないことになる。
問題視する声の論拠は、証拠によってのみ事実認定を行う「証拠裁判主義」に反するという。しかし、幅さんに対して多角的に質問をした上で、判決文を精読してもなお、彼女が見たこと感じたことは一切反映されていない。あくまで生活圏内の日常風景だからだ。むしろ、裁判官のほうが心配だ。司法の歴史の中で、果たして審理外の情報やさまざまな圧力から一切影響を受けずに「証拠裁判主義」を貫いてきたと言えるのだろうか。

(2026年08月01日公開)
