
タンクトップに入れ墨——公判
昨日、全然行けてパチパチ写真も撮ってこれたんです。あんなに逃げ帰った場所なのに……ま、11年の月日がこうさせてくれたんだなって、ちょっと感慨深かったですね。(当時も)行ってよかったと今は思えます。
なんと幅さんはインタビュー前日に、再び事件現場を訪れていた。しかも、先述の捜査当時の赤いマーカーがいまだに残っていたそうだ。それは、同じものを法廷で見た彼女だから気づけるものだ。
さて、連休明けの審理は、被告人にとって唯一ともいえる友人と、自身の母親への証人尋問が予定されていた。友人といっても、インターネット掲示板のチャット仲間だ。
事件後に、「ハイジャックしてスカイツリーに突っ込んでやる」みたいなことを(被告人が)ネット上に書いて、それを見たその人が通報したんですよ。(過去に)被告人から売るつもりのない車を65万円で買わされて、お金払ったのに車は手元に来なくて。(被告人は)そのお金で入れ墨を入れたんです。なんだか、仲がいいのか悪いのか。私たちでいう友達とは違ったし、ネットの世界はまったく理解できなかった。
この日の被告人は、スーツ姿から一変して、タンクトップにハーフパンツという格好で法廷に現れた。左右の腕には件の入れ墨が施されていた。「友達や母親が来るし、イキりたかったのかな」と幅さんは推察する。その母親への証人尋問はどうだったのだろうか。
言い方悪いんですけど、身なりが貧しい感じで、すごく小さな人でしたね。声も小さいし、「申し訳ない。親として一緒に償う」ってずっと泣いて謝ってた。三人兄弟の末っ子なので、かわいかったんでしょう。
でも、被告人はけっこう暴れたりとかして、少年院にも入ってたので、「怖かった。最後の頃は子として見られなかった」というのは言ってて、母親としてもうちょっとなんとかならなかったのかなって。
涙を流す母親を前にしても、平然としていた被告人への被告人質問では、幅さんも率直な疑問を投げかけた。
「チャット仲間のほかに友人はいなかったんですか?」って聞いたら、「いません」って。本当に友達いなかったんだな、こんな事件を起こす前に、自分の心情を話せる人がいなくてかわいそうって。でも、目を見て質問をしたので、ちょっと怖かったです。
被告人と正面から向き合う幅さんの勇気に感服だ。公判終盤には医師2名への証人尋問があった。1人は起訴前に精神鑑定を行った精神科医、もう1人は事件以前に被告人が通っていた心療内科の主治医である。
責任能力があるかどうかを鑑定した鑑定報告書みたいなのがあって、「自閉スペクトラム症」とか「反社会性パーソナリティ障害」っていう言葉は、仕事で見てきたので知っていましたけど、「性格だ」と言っていて、すごく衝撃ではありました。でも、この先生の話は非常にわかりやすくて腑に落ちました。
主治医は、統合失調症の影響があったと、「僕は顔を見ればわかる」みたいなことを言っていて……あんまりこの先生の話は入ってこなかったです。
統合失調症には罹患していなかったとする鑑定医と、統合失調症の治療を行ってきた主治医。裁判員の視点からは鑑定医に軍配が上がったようだ。判決文においても主治医の主張は一蹴されている。
翌日、公判の結審日には、被害者参加制度を利用する被害者ご遺族の陳述があった。
三人兄妹の写真がモニターに映し出されて……それはもう、法廷で泣いちゃいましたね。お兄ちゃん(亡くなった被害者)がいて、妹ちゃんと弟ちゃんが腹ばいになって積み上がっている小さいときの写真。あれはいまだにはっきり覚えています。大型モニターにも映し出されて、傍聴席でも泣いてた人いました。
その後、再度被告人質問があり、検察官の論告求刑と弁護人の最終弁論が展開された。
何日か前から被告人が、「とにかく死刑にしろ! 死刑にしなかったら、またやってやる!」なんて言っていて、ご遺族も「極刑を望みます」って。本人もご遺族も望んでいるなら、死刑でいいじゃないって。もしかしたら5人も亡くなっていたし……でも、現実には1人だったから検察官の求刑は無期懲役なんだなって。
私の中では、無期(懲役)か死刑かでいたので、(弁護人の)懲役25年はありえないと思いました。統合失調症の影響ですって一貫して主張していたのですが、全然説得力がなくて……。
無差別殺人事件にありがちな、「死にたい(死刑になりたい)」という犯行動機。被告人の真意はわからないまま法廷での審理はすべて終えた。翌週月曜日から評議が始まる。
裁判所の責任——評議
評議は、元々3日間と予備日1日で設定されていて、週末の判決公判を迎える予定だったのだが、予備日も費やしての熟議となった。
評議室には、「無罪推定」って貼ってありました。裁判長が単純に読み上げて、かみ砕いた言い方はしてなかったです。でも、「立証責任は検察官にある」って知らなくてビックリしました。
統合失調症による妄想なのか、お金目当てだったのか。鑑定報告書をみんなで読み込んで、一つひとつを確認していく作業をずっとしてました。量刑データベース(量刑検索システム)を見たときに、前科の有無を打ち込むのですが、「少年院」は前科とは捉えませんって、ちょっとビックリでした。
最初はけっこう闊達な議論だったんですけど、だんだんと重い感じになっていって。「死刑」と言っていた人はいましたけど、裁判官は突っ込むとかなくて、「あなたの意見としては」みたいな感じでした。
被告人の希望どおり死刑にしちゃうのと、こんなインターネットの世界でしか友達がいない人が、無期懲役でずっと刑務所の中で生き永らえるのと、本人にとってどっちが辛いのかなってずっと考えてました。
深い逡巡の中で、気づくと幅さんは涙を流していた。3日目、裁判長からの「明日もやりましょうか?」という問いかけに全員が二つ返事だったという。迷い悩む人々を前に、多数決で押し切ろうとしない裁判長が素晴らしい。翌日も彼女だけでなく、裁判員全員が深く悩み、やがて「無期懲役」という結論に至った。
迷いはもう……仕方ないって思ったかな。後日ご遺族が「将来被告が殺人を犯したときに、裁判所は責任取れるのか?」って報道されていて……ちょっとキツかったです。ドーンってきました……。でもその時は、無理やり納得しようとして、納得したんだと思います。

不器用はダメ——判決~裁判後
初公判より17日目、幅さんたちはついに判決公判を迎える。
前の晩に、私から妹に「明日判決になるよ。今まで苦しかったよ」みたいなメールを送ってたらしいです。なんか言いたかったんでしょうね。
被告人は、最終日もタンクトップで残念でしたね……。ふんぞり返っている感じで、怒りよりもビックリしちゃって、何やってんだろうと。「無期懲役に処する」って聞いて、手を叩いて「これでまた殺人ができるぜ!」って……裁判長と弁護人から諫められてました。
この時の被告人の態度も大きく報道された。最後まで彼の本心をはかることはできなかった。そして、千葉地裁からJR千葉駅まで毎日一緒に歩いて帰り、一番よく話した裁判員の方とも最後の道中となった。
「お互い一日も早く忘れたいだろうから、連絡先は聞かないね」って言って別れました。今、本当に会いたいですね。最後、「元気でね」って言って別れたのに……。
その気持ちが理解できる裁判員経験者は少なくないだろう。濃密な時間を過ごした裁判所、法曹三者に対してどのような感想を抱くのだろうか。
弁護人は、男女1名ずつだったんですけど、全然覚えてないんですよねぇ。古美門研介弁護士(『リーガルハイ』の主人公)とは全然違いました(笑)。検察官も女性2名でしたけど若くて。もっと貫禄あるベテランの方とかが来るのかなと思ってました。
裁判官は3人ともすごく好感が持てる感じでした。左陪席は、ほぼ息子の感覚だったし(笑)、裁判長もすごく穏やかな口調で、疑問に対してちゃんと答えていただいて、右陪席も非常に優秀なんだろうなって。
過ごす時間の長さと密度の差だろうか、裁判官が圧倒的に高評価だ。被告人は、最高裁まで上告したが棄却され、無期懲役が確定した。実は、幅さんはLJCCの刑事施設見学に何度か参加している。
刑務所って、こんなふうなんだって、見るものすべてがビックリでした。ただ、無期懲役という実感はわかなかったですね。小さいときから母に、「もし刑務所に入るようなことがあっても、美奈ちゃんは不器用だから……罪を犯さないように」って、「不器用はどこへ行ってもダメよ」って(笑)。
法務省が各地で開く「矯正展」に足を運べば、受刑者たちが生みだす精巧な製品に触れることができる。


母から子へ
さて、裁判員経験後、LJCCと繋がった幅さんの気持ちは満たされたのだろうか。
苦悩や気持ちを聴いてほしくて電話したんです。満たされましたよね。本当に一人ひとり(経験が)違うじゃないですか。自分の(裁判)しか知らなかったのが、他の方のお話を聴くことによって……なんだろビックリの連続ですね。裁判員をやっていなかったら皆さんに出会えなかったわけで、「人との出会い」があったからやってよかったって、間違いなく言えることだと思います。
ただ、本当に悩んだし、本当に辛かったし、本当に体調崩したし、もう一回って言われたら……呼出には応じます。ただ事件内容見ます。ちょっとずるいですけど(笑)。
家族に来たら……息子には、ちょっとやらせたいかな。母はこんなに大変だったんだよっていうのを知ってほしいかな。彼がどう考えるかなんですけども、もし死刑事案とかだったら……それでも、彼がもしやると言うんだったら、もちろん応援しますし、何かアドバイスできることがあれば、全力で支えます。
たとえ難儀な事案でも、息子さんが裁判員をやるという選択をしたときには、無条件で応援する母の姿に幅さんの人格を見た。そして、それはもう1人の母の姿に重なった。
候補者登録通知が来たとき、母だけが「絶対に美奈ちゃんは選ばれるよ!」って言ってくれていて、クジなんだよって言っても、「いやいや絶対選ばれると思ったよ」って(笑)。本当に、誰よりも私が裁判員をしたことを喜んでくれて、「すごいね」って誇りに思ってくれていました。母には電話でどういう事件っていうのも伝えてて、けっこう大変なんだって言ったら、「でも、頑張りなさい」って言われて、終わったときも、「お疲れさま」って。母が背中を押してくれたから、裁判員もやれたし、その後の活動もやってこれたんです。
わが子を誇り、わが子を信じる母の力は偉大だ。冒頭で触れた「諸事情」とは、病床に伏したお母様の介護のことだった。お母様は、幅さんが裁判員経験者として活躍する姿をいつも楽しみにされていたそうだ。
闘病中も、「(裁判員の活動)やってないの?」って聞かれたから、今はお母さんのことやってるからお休み中なんだって言ったら、「ごめんね。大丈夫だからやってほしい」って言われて、今回のお話(インタビュー)をいただいたとき、病気は治んないけど治療に希望を持てる時期だったので、母も喜ぶし、ぜひお受けしたいって。本当に、母に「やりなさい」って言われたような気がしたので……。
こうして幅さんのお話を聴くことができるのは、お母様がそっと背中を押してくれたからである。彼女の裁判員物語を、今は亡きお母様に捧げられることを心から光栄に思う。
(2026年4月12日インタビュー)
【関連記事:連載「裁判員のはらの中──もうひとつの裁判員物語」】
・第11回 縁あって裁判員(小野利さん)
・第12回 言い切れない、割り切れない(宇杉公一さん)
・第13回 裁く側と裁かれる側と(竹山由季乃さん)
(2026年08月01日公開)
