困ったときの鑑定──裁判からトラブル解決まで<br>第24回(最終回)

困ったときの鑑定──裁判からトラブル解決まで
第24回(最終回)

実例ケーススタディ/布川事件

自白と現場状況の不整合——布川事件における客観的検証の真実

齋藤健吾 株式会社齋藤鑑識証明研究所代表


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1 はじめに

 連載の最終回になる今回も、これまで解説してきた警察の捜査書類や鑑定手法をベースに、過去の著名な冤罪事件を追うケーススタディをお届けします。

 題材とするのは、1967(昭和42)年8月に、茨城県北相馬郡利根町布川で発生した強盗殺人事件、いわゆる「布川事件」です。

 一人暮らしの男性が自宅で殺害されているのが発見された本事件では、アリバイのなかった櫻井昌司氏と杉山卓男氏の2名が逮捕され、過酷な取調べの末に自白を余儀なくされ、無期懲役が確定しました。

 しかし、その有罪の根拠となった自白の内容と、実際の現場に残された状況の間には、見過ごすことのできない決定的な不整合が存在していました。本稿では、弁護団からの依頼を受けて、私たちが実施した証拠の再検証プロセスを紐解き、自白の信用性を崩壊させた科学的検証の全貌を明らかにします。

2 事件発生と自白に基づく有罪確定までの経緯

 まずは、本事件の概要と裁判の経過を振り返ってみましょう。

 1967年8月30日の朝、利根町布川の自宅で被害男性が殺害されているのが発見されました。解剖の結果、犯行日時は同月28日夜から翌29日早朝にかけてと推定されました。現場となった居室は、4畳間のガラス戸が壊され、8畳間の床下が大きく落ち込むなど、犯人との激しい争いの痕跡が生々しく残されていました。

 事件発生後、警察は櫻井氏と杉山氏を別件で逮捕し、長期間にわたる厳しい取調べの後に、二人は「犯行を行った」との自白をするに至りました。検事調べの段階で一時否認に転じたものの、再び自白に戻り、最終的に強盗殺人罪で起訴されました。

 1970(昭和45)年10月6日、水戸地裁土浦支部は、二人を有罪と認定して無期懲役を言い渡しました(LEX/DB25480393)。その後、控訴審では控訴が、上告審では上告がいずれも棄却され、1978(昭和53)年に有罪判決が確定しました。

 しかし、二人は冤罪を訴え続け、1983(昭和58)年に第1次再審請求を申し立てたものの棄却され、1992(平成4)年に終結しました。その後、2001(平成13)年に第2次再審請求の申立てを行いました。

3 検証資料から見出された自白と現場の「2つの不整合」

 私たちが本件に関わるようになったのは、指紋鑑定に携わっていた先任の鑑定人が亡くなったことを受け、その代替鑑定人として引き継いだことがきっかけでした。そして、私たちが本件の鑑定資料を調べている過程で、自白と現場の状況の著しい不整合が偶然にも発見されたのです。

 自白の信用性を判断するうえでは、自白内容と現場の状況が完全に一致している必要がありますが、本件においてはとくに顕著な不整合が2箇所存在していました。

⑴ 物色された机上の財布の位置関係における不整合

 検証調書によると、以下に示した机上の財布と小箱の写真より、8畳間の木製机上に財布があり、その上には包装紙に包まれた石けんや3個の紙製小箱(腕時計や石けんの空き箱)が、自然落下ではなく人為的に積み重ねられていました。

 これに対し、櫻井氏の自白調書では、財布の存在は認知・言及しているものの、複数の紙包みや小箱については一言も触れられていませんでした。この致命的な欠落は、櫻井氏が実際の現場の状況をまったく知らなかったことを示す「無知の暴露」にほかなりません。

写真1 机上の財布と小箱の撮影画像

 
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(2026年09月14日公開)


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