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第6回

高橋敏明さんと鬼怒川大水害国家賠償訴訟のストーリー

目に見える爪痕、目に見えない爪痕


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誰も声を上げないと何も変わらない

 「地元の人間からすると、沿岸の昔の様子も知っているし、国の管理に問題があったことは明らかです。私も無堤防状態になったことを地元のお客さんから聞いてすぐに知った。日常生活の中で知るくらい、あそこの問題を私たちは水害前から認識して、対応を求めていた。だから、水害が起こったときも、あの場所だろうと私たちはすぐ分かった」

 ほかの氾濫地点とちがって、ここは地形が分かりやすい。上から見ると、土のうがバラバラになって川の水が勢いよく町に流れ込む様子が容易に想像できた。

 「私は水害の起こったときから一貫して、あれは人災だったと思っています。国が放置した責任を問われないのはおかしいと思う。水害から3年が経って、国を相手に訴訟をしても勝てるわけないという反応もあった。それでも、国の責任を明らかにしたいという私の信念は変わりませんでした」高橋さんはきっぱりと言う。

 「この問題は鬼怒川だけの問題じゃないんです」と傍らの片倉さんも言葉を添える。「岡山県倉敷市で起こった洪水も同じです。日本中で危険な堤防が放置されている。国の治水事業には巨額の予算がついているのに、堤防の補修はずっと軽視されてきた。河川行政のおかしさを感じます」

 「河川流域の住民にとっては、明日は我が身なんです。誰も声を上げないと、何も変わらない。だから私たちは声を上げたんです」高橋さんと片倉さんは声をそろえる。

庭の芝桜

 「あいつも、生きてればおれと一緒に裁判やったんじゃないかなーとも思うんです。彼の分も頑張ろうという気持ちが私にはあります」と高橋さん。

 土手から下りると、高橋さんの亡くなった幼なじみの家に行き当たった。川から吹きおろす強い西風が、庭の土もめくりあげる。

 「もともとここは庭と土手がつながっていて、私たちも昔はターザンごっこなんかして遊んでた」

 遺族にあいさつをしたとき、「高橋くんはずっと仲良かったもんね」と言われた高橋さんはさみしそうに答えた。「うん。死ぬまで一緒だと思っていた。あの水害がなければね」

 高橋さんが幼なじみを亡くす少し前のこと。

 「彼の家は川のすぐ裏手にあるから、穴の開いた自然堤防が家から見えてしまう。彼は庭に盛り土をして、土の塀を作りたいと言っていた。風よけもあるけど、気持ち的にも見たくなかったんじゃないかな。でも、ただ土を積むだけだと風で崩れてしまうから何か植えたいという相談を受けました」

 「根が張って表面を覆いつくすものがいいんじゃない、と私は言いました。春には花も咲くから芝桜はどうかと提案したら、じゃあそうしてもらおうかと彼も言って、うちの会社で庭の裏手に芝桜を植えました」

 丘のうえには、芝桜がぽつりぽつりと白やピンクの花を咲かせ始めていた。削り取られた土の中に、必死で根を張っているのだろう。春を告げる花の色に、心が締め付けられた。

(2021年05月28日) CALL4より転載

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