
未決勾留中を理由に失効した運転免許の再取得を拘置所が拒否したのは憲法に違反するとして、名古屋刑務所で服役中の男性(54歳)が5月27日、国家賠償請求訴訟を名古屋地裁に起こした。刑が確定した受刑者は失効から3年以内なら運転免許を再取得する試験を受験できるが、未決勾留中には受験が認められていない。男性は未決勾留の期間が長引いたため刑が確定する前にこの期限が過ぎ、刑務所を出所後に運転免許を一から取り直さなければならなくなったとして、国に337万円の賠償を求めている。
男性のように無罪を主張して裁判で争い、未決勾留の期間が長くなるほど運転免許を再取得できない可能性が高くなるため、原告側は「容疑を認めないと不利益を被る」と強く批判している。
受刑者には再取得試験の受験を認めている
訴状などによると、原告は元トラック運転手で、2020年11月に三重県警に逮捕され、刑の確定後の2024年10月まで名古屋拘置所などに勾留された。男性の中型自動車第1種運転免許の有効期限は2021年2月だったが、更新できないまま失効した。
道路交通法の規定により、運転免許の有効期限内に更新手続をせず失効した場合でも、やむを得ない理由があり3年以内なら「特定失効者」として学科・技能試験が免除され、適性試験と講習で免許を再取得できる。同法施行令には「やむを得ない理由」として、海外旅行や病気などとともに「法令の規定により身体の自由を拘束されていたこと」との項目がある。
法務省は受刑者に対して刑事施設内で運転免許の再取得を可能にしており、名古屋拘置所でも受刑者には再取得試験を実施しているという。
法務省は「逃亡や証拠隠滅の危険性」と説明
しかし、原告の男性の場合、失効後の2022年11月から約2年間収容された名古屋拘置所に再取得の試験を受験させるよう再三要望したが、未決勾留中のため認められなかった。原告から人権救済申立を受けた愛知県弁護士会は2023年12月に法相と同拘置所長に要望書を出したが、対応は変わらなかった。その際、法務省は「未決勾留者は逃亡や証拠隠滅の危険性が考えられる」旨の回答をしたという。
結局、男性は未決勾留中の2024年2月に失効から3年が経過し、特定失効者として再取得することができなかった。
このため、男性は刑務所を出所後に免許を取り直さなければならなくなった。逮捕される前に持っていた中型運転免許を取るには、まず普通運転免許を取得する必要があり、その2年後に中型の受験資格を得られる。男性が満期出所すれば62歳になっているので、中型トラックの運転手として社会復帰するのは「現実的ではなく、稼働する途を閉ざされた」と訴えている。
職業選択の自由や平等権を侵害
訴状は、運転免許が「社会生活上、特に就労場面において重要な資格」と位置づけたうえで、未決勾留者であれ受刑者であれ「刑事施設から釈放された後に運転免許を活用して就労することは、円滑な社会復帰のために不可欠」と強調している。今回のケースのように再取得を拒否されれば、免許を取り直すために「決して軽視できない費用と労力を要する」と指摘した。
そのうえで再取得の試験の受験を拒否した拘置所の措置は、憲法13条(幸福追求権)や22条(職業選択の自由)に違反すると立論。また、受刑者に受験を認めながら未決勾留者には認めないのは「社会的身分に基づいた不合理な差別」で憲法14条の平等権を侵害すると主張している。そして国に対し、中型免許を改めて取得するために見込まれる費用と、精神的苦痛への慰謝料の支払いを求めた。
「同じような苦しみを感じている人は他にもいる」
「出所後もトラックドライバーとして働くことを考えていたが、運転免許の更新が許されず、年齢を考えると再度、中型免許を取得して働くことは絶望的だ。同じような苦しみを感じている人は他にもいるのに、何ら改善されないのは理不尽だ。私が訴訟を提起することで、この問題を改めて司法に問いたい」。
提訴後にオンラインで会見した原告代理人の大野鉄平弁護士は、男性のコメントを紹介した。原告のような事例を弁護士会が扱ったケースはほかに全国で2件あるが、訴訟になったのは初めてではないかという。
大野弁護士は「法令がやむを得ない理由とする『身体の自由の拘束』は確定後の受刑者に限定されておらず、条文からすると未決勾留者が特定失効者に該当するのは明らか。原告は無罪を主張したために、裁判が長引き未決勾留の期間が長くなって受験の機会を与えられないという不利益を被っており、不合理な運用だ。運転免許は社会復帰するうえで重要な資格であり、早急に改められるべきだ」と話した。
◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう)
朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援、地方自治などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。
【編集部からのお知らせ】

本サイトで連載している小石勝朗さんが、2024年10月20日に、『袴田事件 死刑から無罪へ——58年の苦闘に決着をつけた再審』(現代人文社)を出版した。9月26日の再審無罪判決まで審理を丁寧に追って、袴田再審の争点と結論が完全収録されている。
(2025年06月06日公開)