漫画家・浅見理都が刑事弁護人に聞くザイヤのオオカミ

第2回 市川寛弁護士に聞く(4)

検察の手の内を知る弁護士

信念と客観性のバランスをとる


しゃべれるだけしゃべれ! ただし、調書には絶対にサインするな!

 黙秘権について、被疑者にどんな感じで言っていますか。「しゃべらないほうがいい」みたいなことを、会っていきなり言うんですか。

 僕の接見でのパターンで言うと、黙秘権については、まず前提として「俺には全部言ってくれ」です。「そうしないと作戦が立てられないから、俺には嘘をつくな」と。

 もちろん「俺に嘘をつくな」という言い方をすべきタイプの被疑者と、「僕には嘘をつかないで」「私に嘘をつかないでください」というタイプがあり、人柄に応じていろいろと言葉を使い分けます。どれにするかは、初めての接見でのムードでなんとなくわかります。

 で、まず「俺には正直に言ってくれ。そうでないと守ってあげられない。俺は誰にも言わない。あなたから求められれば、あなたの家族にすら言わないから」と。そうした上で被疑者の話を聞いて情報を取ります。ここから先、黙秘権についてどうするかはケース・バイ・ケースですね。でも今は、とにかく全件黙秘という弁護人が増えているはずです。

 そんな感じがします。『季刊 刑事弁護』(79号)の特集でもすすめていますね。

 僕は検察官をやっていたので、しゃべったほうがいい事件もあるという認識を捨てきれません。僕は「これはしゃべったほうが早い」っていう事件が、まだあると思っているタイプの弁護士です。ただ、今は旗色の悪いムードを何となく感じていますが……。

 僕は検察官をやっていたので、初回の接見から事件の筋は読めるつもりです。検察官の経験に照らせば、「自白をしても、これは助からない」「これは黙ってもダメだな」という事件もあります。起訴が避けられない事件ということです。もっとも、筋が読めたからと言って、いつも不起訴などにできるわけではありませんが……。

 先ほどの黙秘の話に戻ると、逆に、最初からしゃべって事実を固めておくこともあります。単なる黙秘でいってしまうと、検察官に他の証拠を使って好き放題に話を作られてしまいますから。

 検察官の暴走みたいな。

 そうです。だから、事件の防波堤みたいなことを弁解や自白でしっかりと出しておきます。「これ以上は悪くさせないよ」というのがしゃべるメリットですから。最初から最後まで黙秘してしまうと、検察官に防波堤を示すことができないから、向こうの好き放題に絵を描かれてしまいます。

 なるほど。

 昔は、黙秘などしたら、ややもすると罵詈雑言だらけの取調べだったりしましたが、今の検察官も、被疑者が黙秘すると腹が立つはずです。

 それはそうですよね。

 でも、黙秘権は憲法に書かれている権利ですから、本当は腹を立ててはいけません。

 でも、心情的にね。こうなってしまうのはわかります。

 検察官時代の僕は、黙秘されるとむしろ弱ったほうです。

 「どうしよう」みたいな。

 「まいったな。一番疲れるな」っていう。そういう意味では腹が立っていたのかな。

 一番疲れる、ですか。反応としては、やっぱり人それぞれという感じでしょうか。

 はい。黙秘すると、当然、取調べでの風当たりが強くなります。接見では、これに持ちこたえられる人かどうかの見極めも必要です。毎日接見しても、取調べで寄り切られて虚偽自白してしまう可能性はあります。

 毎日「黙秘するように」と注意していても、取調官から世間話を持ちかけられると、つい応じてしまう人もいるのです。「世間話だろうが、絶対にしゃべったらダメ」と助言していても、話してしまうものなのです。ちょうど今なら「いやぁ、新型コロナウイルスがはやってるね」「そうですね」みたいな感じです。

 接見でこうした取調べの様子を聞いて「『そうですね』と言うことがいけないんですよ」と言っても、そのとおりにできない人もいるのです。「『うん』と言ったところから、自白が始まるんだ。俺は、かつてそういう仕事をしてきたんだよ」と言ってもダメな人はいます。

 もっとも、相手がしきりに話しかけているのに、ずっと黙っている経験なんて普通はありませんから、無理もないんですけどね。

 だから、僕が黙秘を勧めるときは「俺は検察官時代にこうしていた」という、取調べの経験談を言います。これは結構効き目があります。経験に基づいて、敵の手の内を教えてあげることになりますから。で、その後に接見してみると、これがけっこう当たっているんです。すると被疑者も僕を信頼してくれるわけです。

 あと、黙秘権というのは「こっちには、とにかく警察や検察官に協力する義務はないんだ」という表現もできます。これを「自己負罪拒否特権」と言うときもあります。

 そして、黙秘権を放棄して自白すると、その義務もないのに捜査に積極的に協力したことになるから、刑が軽くなるはずなのです。憲法に書いてある人権をあえて放棄し、捜査に協力した。それは素晴らしいことだから、恩典として刑を軽くしないと理屈が通りません。

 逆に、黙秘したら刑が重くなるという理屈も通りません。だって、権利を行使しているだけですから。

 でも、何だか重くなっていますよね。

 そうそう。日本は「謝罪司法」「反省司法」の国ですから、黙秘権を行使すると、「被害者に謝る気がない」「反省していない」と扱われるわけです。しかし、黙秘権は憲法が認めた権利なんですよね。

 いずれにせよ、黙秘させるかどうかは、僕の場合は事件と人を見てからですね。場合によっては「しゃべれるだけしゃべれ。その代わり、調書には絶対に署名するな」と、検察官が一番頭にくる対応をやってもらうこともあります。

 サインはさせない。

 そう、絶対させない。でも、しゃべってはいるから、相手に防波堤は示せているわけです。あとは「警察には黙秘。検察官にならしゃべっていい」と助言するときもあります。

 微妙なパターンですね。

 警察の罵詈雑言のような取調べが最初から始まっているときもありますから。そんなときは「しゃべる必要はない。黙秘だ」「『検事さんには話します』と言ってやれ」と。警察は頭にくるでしょうけど、不当な取調べに対しては、制裁とは言えないまでも、それに近い報いを与えるべきですから。

 その意味で、ふざけた取調べに対して黙秘しているのは、むしろ取り調べる側を教育してあげているんですよね。

 イラっとしますね。「取調べでは、絶対にしゃべるな」というイメージ、確かにありました。

 一般市民の心構えとしては、万が一捕まってしまったら、少なくとも弁護士が来るまでは何もしゃべらない。それぐらいのことは、学校で教えてもいいでしょう。弁護士が来てから「しゃべってもいいよ」と助言されたら、しゃべってもいいかもしれません。

 でも「弁護士の言うことを聞いていると、いいことはないぞ」なんて言う検察官は今でもいます。僕はそういう言い方は絶対にしませんでしたが、結構います。特捜系で多いですね。

 先手を打って、そういうふうに言うんですか。

 弁護士との信頼関係を壊して被疑者を捜査機関側に手なずけ、自白を取ろうとしているのです。「こっちの水は甘いぞ」ということです。これこそ嘘です。

 なんでも、「おまえの弁護人はダメだ。解任しろ。そうすれば、うちがいい弁護士を紹介する」とまで言うのは特捜部の検察官らしいです。それで話のわかる、検察官にとって使い勝手のいい「ヤメ検」が出てくるわけです。途中から弁護人が代わって、検察と「ツーカー」みたいな弁護人が出てきたことは、検察官時代に特捜部の事件で経験したことがあります。

 ええ、なんか闇を感じますね。そんなことがあるんですね。

 僕は初日から20日目まで、一律に「とにかく黙っていろ」というのは、あまりやったことがありません。それは結構大変です。目の前の彼・彼女に相当の精神力が必要です。取調べで黙秘を貫くのは、そんなに甘いものではありません。本当は、黙秘したら直ちに取調べを終えるべきなのですが、実情はそうではありませんから。

 ただ、「黙秘しているときは、向こうがあなたの100倍つらい」といつも接見で言っています。黙秘している被疑者を取り調べるのは、本当に大変なことなのです。壁に向かって延々と話さなければならないようなものですから。これは検察官時代に何度も経験してわかったことです。この意味でも、僕は検察官の経験が弁護に生きているのかもしれませんね。

 実際に取調べにあったとき、自分も本当に黙秘できるのか自信がありません。今日のお話を聞いていて、少し取調べの実情もわかってきたので、漫画に取り入れたいと思います。ありがとうございました。

(2021年05月17日公開) 


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