裁判員のはらの中──もうひとつの裁判員物語<br>第9回

裁判員のはらの中──もうひとつの裁判員物語
第9回

コロンボの思考

大木春男さん

公判期日:2013年9月19日~10月3日/東京地方裁判所
起訴罪名:殺人未遂、強姦致傷ほか
インタビューアー:田口真義


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備忘録を見る大木春男さん(2025年5月7日、筆者撮影)

まったく理解できない——公判

 公判では、被害者も含めて相当数の証人が証言台に立った。

 2時間近くもそのような状態が続いたというのだから、そのストレスは並みではない。大木さんも、「性的暴行よりも精神的恐怖感とケガに対して憤慨しているようだった」と振り返る。

 妄想ではなく鋭い視点だと思う。一方で、肝となるのはやはり科学鑑定だろうか。証拠調べでは、現場の写真や店外に設置された防犯カメラ映像のほか、DNA型鑑定資料も取調べられた。

 判決文によると、「遺留物のDNA型検査において、常染色体STR型の15座位及びアメロゲニン型のすべてにおいて被告人のDNA型と合致したことが認められる」とされている。大木さんが耳にしたのは、アメロゲニン型における「Y染色体」のことだと思う。では、被告人や他の証人への質問はできたのだろうか。

 難解な証拠にもめげずに、自分なりの視点で判断材料を探る大木さん。最終的には、検察官から懲役13年の論告求刑と、弁護人からは無罪主張の最終弁論があって結審した。

 弁護人の突然の所作に唖然としたのか、裁判長もこの動きを止めなかったそうだ。

審理日程変更の通知と変更後のスケジュール

判決文にケチ——評議

 ここからは3日間の評議に入る。まずは、否認事件という点につき、各種証拠類を精査した結果、有罪という認定がされた。ただ、興味深い視点を大木さんは語ってくれた。

 誤認などの可能性を考えると、今回の防犯カメラや指紋は証明力に欠けるという判断だった。一方、遺伝子レベルでの証拠は信頼に足るものだったようだ。むろん、DNA型鑑定においても試料の取り違えなど、あらゆるエラーを加味して判断すべきだろう。いずれにしても、評議は量刑判断へと移った。量刑検索システムは議論の序盤で活用された。

 裁判長から意見を引き出す裁判員の勇気と、笑いながらも答える裁判長の度量の広さに思わず頬が緩んだ。やがて、懲役7年6月という結論に達した。

 まさに、人生経験に照らした市民感覚としての結論と言えよう。最終日には、午後からの判決公判に向けた判決文の読み合わせが行われたが、そこで大木さんから文面に対する疑問が呈された。

 その姿勢、その思考、その深慮、すべてにおいて感嘆した。急場で書き換えられた判決文を携えて、合議体は最後の法廷に向かった。

珍しい白ケースの裁判員記念バッジ(東京地裁№3718)
毎晩つけていた備忘録と裁判員用バッグ

オリンピックの約束——判決~裁判後

 それだけ精魂込めた議論と判決だったということだ。鳥肌が立つほどの思いを込めた判決に対し、被告人は控訴せず、そのまま懲役7年6月で確定した。そして、いよいよ仲の良かった裁判員たちにも解散の時が迫る。

 実際、守られていたかどうかはわからないが、裁判員をやった証として、胸にしまっておきたい約束だったそうだ。他方で、大木さんには急いで帰宅してやることがあった。選任から毎日、書き留めてきた備忘録を完成させることだ。少しだけ拝見したが、ビッシリと詳細なメモが書かれた貴重な資料だ。

 コロンボの思慮深さに憧れるという大木さんの目は少年のようにキラキラしている。では、あらためて裁判員を経験して学んだことや率直な感想を聴いてみたい。

 脳だけを酷使する非日常体験は、多くの裁判員経験者に共通する現象を引き起こす。それでも、やってよかったと思える不思議な体験だと言える。最後に、もう一度やる機会が巡ってきたらどうするか問うてみた。

 序盤の軽口が噓のように、言葉を選びながら話す。若い時、生きるために犠牲にしてきた学びへの渇望が、今まさに満たされ始めている。大木さんにとって学ぶことは生きる糧であり、生きる動機であり、人生そのものである。どこでどう学ぶのかなどは、既存の価値観が作り上げた形式に過ぎない。彼が興味をもって、吸収しようとした時、そこが学びの場だ。裁判員経験が、そんな生き方のきっかけになっているとしたら、それは彼の人生にとって、中華鍋の次に大切な宝物なのだと思う。

(2025年5月7日インタビュー)


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第6回 やりたくない裁判員(小野麻由美さん)
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(2025年09月12日公開)


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