裁判員のはらの中──もうひとつの裁判員物語<br>第11回

裁判員のはらの中──もうひとつの裁判員物語
第11回

縁あって裁判員

小野 利さん

公判期日:2012年7月10日~7月12日/青森地方裁判所
起訴罪名:現住建造物等放火
インタビューアー:田口真義


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小野利さん(2025年6月5日、筆者撮影)

思いがかたちに——公判~評議

 素朴な質問から、衝撃の真相が見えてきた。被告人が置かれた環境は、本人では選ぶことのできない現実だ。忙殺される母に届かない声なき声は、火の手をもって伝えるより他なかった。それに、叔父叔母からの理不尽な冷遇の根元には母子が出戻ってきた家屋、つまり相続対象となり得る不動産があった。「家がなくなれば、嫌がらせもなくなると考えたのかもしれない。子ども心にね」と小野さんは推察する。

 そして、肝心の母親だが流れからすると証言台に立ちそうなものだが、「誰か女の人がいた記憶がある」がはっきりとは覚えていないそうだ。多少残念だが、おそらく母親で間違いないだろう。2日目の夕方には検察官から、「事件前に、放火しては自分で消すという実験を3回も行っていて再犯可能性が高い」として懲役5年の論告求刑があった。一方の弁護人からは、「執行猶予付判決で、もう一度社会内でチャンスを」という最終弁論があり、早々に結審した。翌日15時30分の判決公判に向けて、舞台は評議室へと移る。

 結論から言うと、評決は懲役3年、保護観察付執行猶予5年となった。保護観察という制度を知らない小野さんが母としての思い、素人としての発想で意見した結果が形になった判決と言える。当初、「素人が裁判員なんてできるのか」と捉えていたのだが、その素人の感性だからこそ導き出せた結論なのだろう。

 一方で、保護観察付の執行猶予5年は執行猶予の中でも一番重いと言える。その背景にはこんなやりとりが影響していたのかもしれない。

 意見の食い違いとは別次元で、小野さんにとって貴重な視点だったようだ。いずれにしても、執行猶予5年を「言葉では簡単だけどやっぱ長いよね。ちゃんと罰になっている」と捉えている。ちなみに、裁判長や裁判官の発言や量刑検索システムも「あったかもしれないけど、私の記憶にはございません」だそうだ……。

新しい空気が吸えた——判決~裁判後

 最終日、判決公判の直前まで深い議論を重ねて行き着いた判決を被告人に言渡す。

 記憶の断片に残る「処する」という言葉。小野さんには強烈な印象となったのだろう。無事に3日間の裁判員の務めを終えた彼女は、裁判所をあとにして職場への報告をした。

 もしかすると、家族の中にも裁判員経験者がいて、家族の話題に広がりが出るかもしれない。小野さんに聴くのは野暮な質問かもしれないが、裁判員を務めるにあたって多少でも負担はあったのだろうか。

 どこまでも前向きな方である。やはり、お茶やお菓子などを介在して場が和むのは、小野さんが歩む茶の道に通じているのかもしれない。インタビュー後に知らされたのだが、用意していただいた部屋には、津軽金山焼に活けられた二人静が楚々と佇んでいた。そんなさりげない気遣いこそが彼女を人格者たらしめる。

 あらためて、今回の裁判員経験から小野さんは何を学び得たのだろうか。

 繰り返される「新しい空気を吸えた」は、知らなかった世界を新しい刺激として吸収できる素直な心から生まれる言葉だと思う。そして、図らずも自身の子と被告人が重なるような事件に遭遇し、自分自身を見つめ直す機会にもなったようだ。

金山焼に活けられた二人静(2025年6月5日、筆者撮影)

「身元引受人できませんか?」

 ところで、小野さんとの交流が始まったきっかけは、冒頭の「死刑執行停止の要請書」ではない。それよりも前に弘前大学の平野潔教授を通じて、彼女からこんな相談を受けたのが始まりだった。

 個人的なことだが、裁判員を経験後に受刑者の社会復帰を支えることこそが、犯罪の少ない社会への近道と考えた私は、何人かの身元引受人を担っていた。弘前大学で講演した際にそのことに触れ、それが小野さんの耳に届いたらしい。しかし、詳しくは書かないが自身の経験からも、彼女にその任を背負わせるのは避けたほうがよいと考え、文通程度はよいが身元引受人は断ることを助言した。

 その方の裁判員裁判を傍聴までしていたそうだが、「引き受けていない」と聴いて安心した。どんな人に対しても、等しく真面目に優しく接する小野さんだからこそ、身元引受人は不向きだと思う。賛否はあろうが私は彼女がショックを受ける姿を見たくない。

深く考えずに自然に

 そんな小野さんと出会ってから10年以上もの間、ずっと念願だったLJCC(Lay Judge Community Club)での青森(東北)交流会を2023年に実現することができた。翌年には、彼女が「茶事」を催すために所有する古民家「蔵」の場所を提供していただき、LJCCで初となる会食様式での交流会を開催した。

LJCC青森(東北)交流会に初参加した小野利さん(中央奥)(2023年11月8日、LJCC提供)
茶事を催す古民家「蔵」(2024年11月13日、LJCC提供)

 実家も嫁ぎ先も、神仏への信仰があるとのことだが、それだけではない小野さん自身の人間力を強く感じる。最後に、もう一度裁判員の機会が巡ってきたら、と問うてみた。

 きっと、小野さんならいくつになってもどんな状況でも、来いと言われたら行くし、選ばれたら断らない。深く考えずに、いつも自然体の彼女だからこそ「なんとかなる」と言い切れる。

(2025年6月5日インタビュー)


【関連記事:連載「裁判員のはらの中──もうひとつの裁判員物語」】
第8回 それはそれ、これはこれ(濱清次さん)
第9回 コロンボの思考(大木春男さん)
第10回 同じ裁判、別な視点(山下美紀さん)

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(2025年11月14日公開)


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