4 「不一致」指紋の存在が導く「犯行前付着」の可能性
弊社が行った検証において、阪原氏に一致した指紋以上に重要な意味を持ったのが、阪原氏とは異なる第三者の指紋が4個検出された事実です。
特に、表の「3のア」の指紋は、特徴点が12箇所も指摘できる確実な「第三者の指紋」でした。
この丸鏡は事件発生以来、証拠として厳重に保全されており、捜査関係者以外が触れることはなく、また捜査関係者は手袋を着用するため、新たに丸鏡に指紋が付着することはありません。
3で述べたとおり、警察は丸鏡から阪原氏の指紋が検出されたことをもって、現場での物色行為の証拠としていました。
そこに第三者の指紋が残されていたということは、事件以前に店舗を訪れた客や関係者が鏡に触れ、その痕跡が事件当日まで消失せずに残っていたことを示しています。
阪原氏は、以前から店の客として出入りしていました。そうであれば、店内の鏡に触れる機会は十分にあり、阪原氏に一致した指紋が事件時に付着したものか、あるいは客としての来店時に付着したものかは、もはや五分五分の評価とならざるを得ません。
このように、一致特徴点が12点未満を含むすべての指紋情報を可視化することは、単に指紋の同一性を確認するだけでなく、その指紋が「いつ」「どのような状況で」付着したのかということを検証するうえで不可欠なプロセスであると言うことができます。
5 大阪高裁が示した「12点未満一致」への画期的判断
2023年2月、大阪高裁は検察側の即時抗告を棄却する決定をしました。その中で、弊社が行った前述の検証結果を評価し、新証拠としての適格性を認めました。
ここで注目すべきは、弊社検証に対する裁判所の見解です。
大阪高裁は、即時抗告棄却時の決定文において、弊社検証は丸鏡に付着した指紋の状況などを異なる観点から分析して所見を示したものであり、証拠としての新規性は認めることができるとしたうえで、その手法自体に格別不合理な点は見当たらず、事件本人による同丸鏡の接触回数やその程度を見るのであれば、12点の特徴点一致までの必要はないと考えられることも合わせると、相応の信用性が認められるとの見解を示しました。
これは、一致特徴点数が12点未満の指紋であったとしても、有力な客観的データになり得ることを認めたものということができます。
6 おわりに——今後の指紋鑑定と弁護実務への提言
日野町事件における再審開始の確定は、日本の指紋鑑定実務に大きな転換を迫るものです。
長年、警察判断基準は、鑑定の客観性を担保する条件として機能してきましたが、それと同時に、12点に満たない有益な客観的情報が司法の場から排除されてきた側面は否定できません。
そのため、今回の大阪高裁の決定が、弁護実務においては極めて大きな意義を持つといえます。この司法判断を踏まえ、今後の弁護実務に向けて2つの提言があります。
第一に、採取された「すべての現場指紋」の証拠開示請求です。
本件のように、警察が抽出した指紋以外に、異なる可能性を示す第三者の指紋が遺留していることがあるためです。
第二に、民間専門家による網羅的な再鑑定の活用です。
専門的な知見に基づく再鑑定ないし検証を行い、指紋の付着状況や組合わせを精緻に検証することが重要です。とくに本件のように、第三者の指紋の存在から犯行前付着の可能性を導き出す論理は、犯行の蓋然性を崩すうえで極めて強力な武器となります。
科学的根拠に基づき、予断を排した網羅的な鑑定を求める姿勢こそが、冤罪を防止し、適正な刑事裁判を実現するための鍵となるのです。
【次回予告】次回は「自白と現場状況の不整合——布川事件における客観的検証の真実」を取り上げます。
(2026年09月11日公開)
