

刑事弁護オアシスでは、「裁判員のはらの中」と題して、裁判員経験者の田口真義さんが、各地の裁判員経験者に、その経験談をインタビューしてきた。裁判員の方々が、どういう気持ちで裁判に参加したか。裁判員裁判を通して何を感じ、何を得たのかなどを浮き彫りにしてきた。その番外編として、裁判員裁判を担当した元裁判官に、裁判員裁判から見えてきたもの、裁判員との協働についてどのようにみていたか、問題点や改善すべき点などを聞いた——編集部(2026年7月15日、於・現代人文社会議室)
選任手続と理由なき不出頭への罰則
田口 制度の流れにしたがって、裁判員裁判についていろいろとお聞きします。まずは、選任手続からうかがいます。選任手続には候補者にもめったに公開されない部分(選定手続)があり、本当に無作為なのか疑問を持つ方も多いです。裁判官として、裁判員の構成が均一すぎる、あるいは偏りすぎていると感じたことはありますか。
河原 検察官や弁護人が理由を示さずに裁判員候補者を無条件に不選任請求できる制度(裁判員法36条:理由を示さない不選任の請求)になっています。不選任とされなかった候補者の中から、くじで裁判員を選任するのですが、くじは機械的になされており、完全に公平です。ただ、不選任請求の段階で、性犯罪の事件では女性候補者が次々に不選任請求されて男性候補者ばかりが残ったケースがあり、逆に、強盗致傷事件では、なぜか男性候補者が次々に不選任請求されて最終的に女性候補者ばかりになったケースもありました。裁判員になった方から「女性/男性はいないんですか」と聞かれたときは、こうした経緯があったことを説明しました。
田口 不選任請求は、最近あまり使われないという話も聞きます。
河原 私の経験では、検察官が不選任請求を使う場面はほとんどありません。ただ、考え方に偏りがありそうな候補者を検察官が不選任請求した例があります。強制わいせつ致傷等事件で、ある候補者の方が「性犯罪に及んだ男性は罰せられるべきだという考えがあるので公平に判断することは難しいと思う」と申告されました。この事件で検察官がその方の不選任請求をしました。
田口 グループ面接や個別面接を経たうえで、無作為抽出によって裁判員となる人が選定されていくのですが、面接での質問内容は、事件や裁判長によって幅がありますか。
河原 そうだと聞いています。裁判官同士で話していても「そんなやり方があるのか」と感心することがあります。私の場合は、まず全員に事件の概要や審理期間など客観的な情報を説明した後で、7〜8人のグループに分けて、全期日への出頭が難しい事情がある方に挙手で申告してもらう形をとっていました。
田口 なんとか都合をつけて出頭した結果、選任された方々から、正当な理由なく出頭しなかった候補者に、罰則規定(裁判員法112条:裁判員候補者の不出頭等に対する10万円以下の過料)が実質的に運用されていないことが納得いかない、という声を多く聞きます。
河原 不出頭罪の適用は、最終的には検察官が起訴するかどうかの判断次第です。その前段階として警察の捜査が必要になります。
田口 つまり、裁判所だけではどうにもならないということですね。
河原 そのとおりです。また、これをむやみに運用して刑罰を科すとなると、憲法18条後段が禁ずる「苦役」に当たらないのかという別の問題もあります[1]。
田口 正当な理由の有無や悪質性の程度が問われる、ということですね。制度施行当初は、どれだけの人が集まるのか不安視されていたと聞きます。100日を超えるような長期審理の事件でも候補者が集まっているのは、日本人の真面目さゆえかもしれません。
出頭率が低いとマスコミは報じますが、私は5割あれば十分だと思っています。選挙の投票率と比較すれば、むしろ高い水準です。
裁判員と裁判官の比率
田口 手続の順序からは外れてしまいますが、裁判員裁判には、裁判官3人・裁判員6人の計9人という標準的な合議体と、争いのない裁判のために設けられた裁判官1人・裁判員4人の計5人という合議体があります(裁判員法2条2項及び3項:対象事件及び合議体の構成)。この制度が導入されて以降、後者は一度も行われていません。それには何か理由があるのでしょうか。
河原 裁判官の中で話し合った経験はありませんが、おそらく「裁判員が裁判官と共に刑事訴訟手続に関与することが司法に対する国民の理解の増進とその信頼の向上に資する」という裁判員法の趣旨を考えると、裁判員の数が少ない合議体を選ぶことについて消極的になるからではないかと推測しています。
刑事裁判の原則の説示
田口 刑事裁判に関する最初の説明はどの程度行いますか。
河原 15分から20分程度です。基本となるのは「疑わしきは被告人の利益に」という原則で、検察官と弁護人の主張を聞き、証拠を常識に照らして判断し、検察官の主張に「合理的な疑い」が残るなら無罪、ということです。
「合理的な疑い」の説明には、アメリカでよく言われている例え話を使います。「寒い冬の朝、前夜は曇っていたが雪が降っていなかったのに、起きたら雪が積もっていた。誰かがトラックで雪を運んできた可能性もゼロとは言えないが、夜のうちに雪が降ったと考えるのが常識的である」というものです。これが「合理的な疑い」がない状態です。起訴されている事実について、疑いがまったくないということを証明されたかどうかを判断するのではなく、常識に照らして考えて疑いがないと判断できるかどうかということです。
田口 私が裁判員だったときの裁判長から、「合理的な疑いを差し挟まない程度に立証できているか」という基準を説明されたとき、すぐに理解できず、何度も聞き返しました。「立証の程度を10段階でいうとどれくらいか」と聞いたところ、8割以上立証できていると考えるなら有罪と判断すべき、と説明され納得しました。この感覚を裁判員に伝えるのはかなり難しいと感じます。
対審構造と被害者参加制度
田口 裁判が検察官と被告人・弁護人の対審構造であることについて、あえて説明されることはありますか。
河原 対審構造という言葉は知らなくても、刑事法廷で検察官と弁護人が対峙して争うといったテレビドラマや映画については、多くの方がご存じだと思われるので、あえて説明することは少ないです。
田口 被害者参加制度を利用したご遺族が法廷にいると、裁判員の事件の受け止め方はかなり変わります。処罰感情に引きずられ、被害者対加害者という構図で事件を捉えるようになると、判断が歪むのではという懸念があります。
河原 被害者やご遺族が、傍聴席の前方や検察官の隣に座ったり、遺影を持ったりすることはありますが、裁判員には、意識しすぎる必要はないとお伝えしています。私の印象では、多くの裁判員は、被害者や遺族に対して同情・共感することはあっても、そのことと事件の判断は別だと冷静に割り切っています。
田口 担当した裁判員裁判[2]で、裁判長に「この裁判は誰のための裁判なのですか。被害者やご遺族の無念を晴らすためなのか、それとも被告人のことを考えるためなのか」と直接尋ねたことがありました。他の裁判員の意見が、ご遺族の意見陳述後に、そちらの方向に傾いていくのを感じたからです。裁判長からは「被告人のための裁判です。検察官対被告人、つまり国対被告人という構造です」という説明を受けました。他の裁判員はあまり納得していない様子でしたが……。
河原 被害者参加制度が導入された際、まさにその点が議論になりました。被害者が被害感情をストレートに法廷に持ち込むことは相当ではなく、それは検察官が適切に行うべき事柄だ、というのが伝統的な刑事訴訟に関する多数の見解です。ただ、そうした主張は被害者団体や国会議員らから強い反発を受け、紆余曲折を経て、被害者の意見陳述等の制度が法定されました。
田口 被害者参加制度は本来、裁判員制度とは別の文脈から生まれた制度ですが、導入時期が重なったことで、裁判員の判断に大きな影響を与えていると感じます。この点を裁判所・裁判官としてどうコントロールしていくべきだとお考えですか。
河原 コントロール自体が難しい問題です。ご遺族や遺影を目にして何も感じないということはあり得ません。私自身、慣れてきたといいつつも、さまざまな感情を抱きます。ただ、どちらの方向にも誘導せず、「これは法制度として認められているものです」と説明したうえで、あとは裁判員自身の判断に委ねるという姿勢です。
田口 被害者やご遺族の意見陳述が量刑判断に与える影響は、どの程度と感じますか。
河原 先ほども申しましたが、肌感覚では、量刑を判断する段階になると、裁判員は意外に冷静に判断することが多いという印象です。誤解を招きかねない表現かもしれませんが、私は「所詮は他人事だと思って判断してください」と伝えることがあります。被害者側であれ、被告人側であれ、ある意味、割り切らないと、感情に押しつぶされて、裁判員の心身の健康にまで支障が生じるおそれがありますから。
田口 そう伝えられると、みなさん納得するものなのですね。
河原 事案によりけりですが、被害者にも落ち度があると受け止める方も、純粋に気の毒だと感じる方もいます。ただ、多くの裁判員は、証拠に基づいて冷静に判断されているという印象を持っています。
法廷内のルール——遺影・手錠・腰縄問題
田口 法廷のルールとして、遺影のほかに、はちまきやプラカードなどの持ち込みは、裁判長の裁量で判断されるのですか。
河原 そのとおりです。凶器になり得るものは認められませんが、それ以外は基本的に訴訟指揮の範囲で判断します。実務的には、手のひらサイズ程度の遺影を1枚、膝の上に置く形であれば認めることが一般的です。
田口 傍聴した裁判では、裁判長が、裁判員が着席するまでの間だけ被害者ご遺族の方が持っていた遺影に布をかけさせたのを見たことがあります。
河原 今はそこまでしないかもしれません。ただ、投げられれば凶器になりかねませんし、あえて掲げて示すような行為であれば制止するでしょう。
田口 被告人の手錠・腰縄の問題についても、裁判員がその姿を見て有罪の印象(犯人視)を強く受けるということで、裁判員の入廷前に外すという運用に変わったそうです。一方で、傍聴人に対しては、いまだに手錠・腰縄の状態で被告人は入廷しますので、ある種の見せしめのようにも感じます。
河原 私もそう思います。ただ、最近では、勾留されている被告人等が法廷に出入りするドアの前(法廷内)に遮へい板を置いて、ドアと遮へい板の間の場所(傍聴人から見えない)で手錠・腰縄を付けたり外したりする運用がされています。
注/用語解説 [ + ]
(2026年09月21日公開)
