裁判員のはらの中──もうひとつの裁判員物語<br>第15回(番外編)

裁判員のはらの中──もうひとつの裁判員物語
第15回(番外編)

裁判員裁判における裁判員の素朴な疑問【前編】

河原俊也(元裁判官)✕ 田口真義(裁判員経験者)


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刺激証拠の扱い方

田口 次は、証拠の取扱いについてうかがいます。最近は、遺体や犯行現場の写真、犯行状況が記録された動画など、いわゆる刺激証拠とされる写真をモノクロ化・イラスト化したり、裁判長が事前に「見たくない方は見なくていいです」と案内したりするようです。

河原 私はそうした案内はしませんでした。証拠として提示された以上は見るべきだという立場です。確かに死体の写真を見ることはつらいですが、証拠である以上、見ないわけにはいきませんし、かえって想像したほうが怖いこともあります。淡々と見せられれば、それはそれで受け止められるものです。福岡での修習生時代に、一度だけ司法解剖に立ち会いましたが、引率した検察官から「鼻を押さえながら立ち会うようなことは、遺体に対してだけでなく、一生懸命仕事をされている法医学の先生に対しても失礼である。気分が悪くなったら、黙って室外に出るように」と言われたことが心に残っています。若い頃は、死体写真を見た夜、うなされたこともありましたが、年月を経るうちにそのようなことはなくなりました。

田口 刺激証拠を見るかどうかは、裁判員の間で賛否があります。「見たことをきっかけに急性ストレス障害になった」という事例がある一方で、「実物を見たからこそ正しい判断ができた」という声もあります。あるいは、イラストで判断した結果、「これでよかったのか」と心残りが生じてしまう場合もあるようです。

 イラスト化したものを証拠として採用し、実物を見ないまま判断する判決が生まれることについて、どう思われますか。

河原 争点にもよると思います。例えば、死因自体が争われているのであれば、実際の証拠を見たうえで判断すべきでしょう。なお、私より上の世代の裁判官には、争点とは関係なく、法廷に虫眼鏡などを持ち込んで、傷の向きなどを、遺体の写真で詳細に確認する方もいました。

現場検証の有用性

田口 事件現場に足を運んだことはありますか。

河原 裁判員裁判の際、週末、個人的に一人で現場を訪れたことがあります。あくまでプライベートな訪問です。このときは、被告人が逃走したとされるルートを実際に走ってみました。たまたま同じ日に、ある裁判員の方も現場を訪れていたそうです。この事件では、検察官も複数回現場を訪れて、現場の明るさなどを自分の目で確認したと聞いています。

 また、正式に「検証」を実施した裁判員裁判もあると聞いています。

田口 鹿児島地裁のある傷害致死事件(『裁判員のはらの中』第13回「裁く側と裁かれる側と」)では、現場検証のために、裁判所からバスで1日かけて移動したという話を聞きました。やはり現場から得られる情報は、写真とはまったく違うとのことでした。裁判員が現場に足を運ぶことは、負担にならない範囲であれば望ましいことなのでしょうか。

河原 そう思います。ただ、法廷で取り調べていない情報は証拠にはなりません。というより、証拠にしてはいけないのです。最終的な判断は法廷内の証拠のみに基づく必要があります。

評議室の雰囲気

田口 裁判員同士の自己紹介は、裁判長から促すものですか。

河原 いろいろだと思いますが、私は、まず裁判官3人が自己紹介したあと、「差し支えない範囲で簡単に自己紹介していただけますか」という形で進めていました。

田口 私が経験した裁判では、自己紹介の時間が設けられた記憶がありません。最後まで番号で呼び合い、休憩時間の会話の端々から、住んでいる地域や職業などがなんとなく伝わってくる程度でした。裁判後についても、「終わった後は関わらないでください」という旨を言われました。

 一方で最近は、裁判官が「せっかくなのでSNSなどでグループを作って、裁判が終わった後もどうぞ交流してください」と促すことがあるそうです。判決公判後、河原さんはどのように裁判員を送り出していたのですか。

河原 裁判員裁判が始まった当時はLINEもない時代でしたし、こちらから促すことは一切ありませんでした。映画『十二人の怒れる男』で、主演のヘンリー・フォンダが演じる陪審員8番と、最初に有罪意見を翻した陪審員9番とが名前だけ名乗り合って別れるシーンがありますが、個人的にはこれでいいように思います。

田口 河原さんの評議室の雰囲気はとても和やかそうな印象がありますが、大阪という土地柄は関係していますか。

河原 どうでしょうね。大阪では裁判員の方がアメを持ってくるという話をよく聞きますが、私も経験しました。コーヒーメーカーやコーヒー豆、お菓子は裁判官の自費で用意していましたが、「うちの豆のほうが美味しいから」と持ってきてくれる裁判員の方もいました。

田口 これらは経費では出ないのですね。評議室について、最高裁からの案内やガイドラインはあるのですか。

河原 まったくありません。裁判官同士の雑談のなかで「うちもコーヒーメーカーを買おうか」というような形で広がっていった、という程度です。評議室にコーヒーメーカーがある話はよく聞きます。

田口 評議室にお菓子があるかどうかは、評議の空気を大きく左右する重要な要素だと感じています。休憩時間、とくにお昼は、裁判官は評議室に残るものですか。

河原 私は裁判官室に戻っていました。右陪席も自分の単独事件を抱えていて忙しいので、戻ることが多かったですね。裁判長がいない時間があることも裁判員にとって大切ではないかと考えていました。

田口 私が経験した裁判では、初日のランチのとき以外、裁判長とは公判中の法廷と評議のときしか顔を合わせませんでした。一般市民としては、裁判長に対して少し距離を感じていました。

河原 私と組んだ左陪席は、裁判員からも話しかけやすい存在だったようで、一緒に食事に行くこともあったと聞いています。左陪席は比較的時間の融通が利くので、休憩中の居残り役を頼むことが多く、本人にとっては社会経験を積む機会になったのではないでしょうか。

量刑検索システムと罪刑法定主義

田口 検察官の求刑基準については、裁判員にどのように説明されていますか。

河原 求刑は検察官の意見にすぎないとはいえ、捜査、公判に当たった検察官が事案の内容などを基礎にしたうえで、同種事案における公平性の観点も踏まえ、決裁制度を通じて全国統一的な運用としてなされるものであって、量刑判断に当たって、一定の客観的な基準を提示する意見として重要な意味を持つものだと説明しています。

田口 量刑判断の資料として、裁判所には「量刑検索システム」がありますが、それは以前からあった仕組みですか。

河原 個人的に量刑をまとめている裁判官はいましたし、大きな庁では判例を蓄積して参考にすることもありましたが、全国的なデータベース化はされていませんでした。裁判員制度導入をきっかけに、全国的な仕組みとして作られました。

田口 裁判員のなかでは、「判断基準になった」という声もあれば、「これでは裁判員制度の意味がないのでは」という疑問の声もあります。あってよかったと思われますか、それとも、なくてもいいと思われますか。

河原 刑罰について具体的な意見を述べるにあたって、わかりやすくなったことは間違いありません。長く経験を積んだ裁判官ならともかく、一度しか関わらない裁判員には量刑判断は雲をつかむような話で、データも何も見ないまま意見を述べることを求めるのは酷です。そういう意味で、過去の事例をデータベース化して示すことには意義があると思います。ただ、それにどこまで縛られるかはまた別の問題です。

田口 量刑データを示すときには、どのようなことに注意していますか。

河原 議論が煮詰まったものの、「量刑を数字でいくらと決めるのは難しい」となった段階で、量刑データをお見せします。「見たくなければ見なくても構いませんよ」とお伝えしますが、ほとんどの方が見たいと言いますね。

田口 活用する、しないは裁判員が選べるということですね。

河原 そうです。ただ、「こういう事案がこの程度の刑に相当する」というデータがあると知らされたら、見たいと思うのが人情なのかもしれません。

田口 使うタイミングは、運用として決まっているのですか。

河原 事件によりけりです。死刑か無期かが争われるような重大事件や、実刑か執行猶予かがシビアに争われるような事件では、量刑事情の存否や評価について裁判員の活発な意見がとくに求められるので、早い段階で量刑データを示すことはないでしょう。いずれにしても一概には言えません。

田口 量刑は、裁判員の構成や、その場の流れに左右される部分もありますか。

河原 ありますね。ただ、私が担当した事件は、有罪であれば実刑になることがほぼ確実、あるいは執行猶予になることがかなり見えている、というケースが多かったです。そのためなのか、別の裁判員だったら、あるいは、別の流れだったら、量刑が大きく変わったかもしれないと思った事件は少ないです。

田口 量刑検索システムを使ったことで、失敗したと感じた経験はありますか。

河原 失敗というより、難しいと感じることはあります。量刑データが示す刑期に対して、「軽すぎるのではないか」と言われたことがあります。一方で、一度数字を示すとそれが「正解」のように受け取られてしまう面もあります。

田口 量刑検索システムの使い方は、裁判官の研修でも話題になりますか。

河原 なります。いろいろな意見が出ますが、結局は「ケースバイケース」としか言いようがありません。そもそも、罪名によっては数値がある程度出てくることもありますが、特殊な事件だと一致する例が見つからないこともあります。

田口 特殊な事件では、システムには頼らないということですか。

河原 そうですね。女性の被告人による女性の被害者に対する強制わいせつ・監禁事件を担当したことがありますが、量刑検索システムでぴったり一致する事件はありませんでした。男性が主体の事件のデータは示せても、本件のような事例は見つからないのです。そういうときは、検察官・弁護人双方の意見を聞きながら、この犯罪にふさわしい刑が何であるかを判断していくしかありません、と説明しました。

田口 裁判員の立場からすると、そういう事案は判断がかなり難しいでしょうね。

 先ほどの、「(この量刑では)軽すぎるのではないか」という意見に対して、罪刑法定主義の観点からはどう説明されるのですか。

河原 私は、「量刑で大事なのは平等です」と説明しています。同じような事案でAさんが懲役10年、Bさんが懲役5年ではおかしいですよね。合理的な区別は許されますが、理由なく差別することは許されません。自分の意見が差別になっていないか、合理的に説明できるかどうかを考えることが大事だと思います。

田口 たとえ被告人に同情できる事情があったとしても、ですか。

河原 そうです。これだけの合理的な理由があるから同種事案に対する刑よりも軽くてよい、と説明できるなら別ですが、そうでなければ差別してはいけないと考えています。

田口 被害者参加制度が用いられる事件で、「許すまじ」という強い意見が出ることもありますよね。

河原 裁判員が刑事裁判に関与することは、司法に対する国民の理解の増進とその信頼の向上に資するわけですから、これまでの量刑相場から半歩程度動くのはよいと思います。しかし、一歩、二歩と踏み出してしまうと行き過ぎた差別になります。そう伝えるようにしています。

正面が河原俊也(かわはら・としや)氏(2026年7月15日、現代人文社会議室。撮影/刑事弁護オアシス編集部)

(【後編】につづく) 


【関連記事:連載「裁判員のはらの中──もうひとつの裁判員物語」】
第12回 言い切れない、割り切れない(宇杉公一さん)
第13回 裁く側と裁かれる側と(竹山由季乃さん)
第14回 ビックリだらけの裁判員(幅美奈子さん)

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(2026年09月21日公開)


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