〈日野町事件(第5回三者協議〔9月7日〕、大津地裁)〉再審で旧証拠扱わず、迅速な無罪判決優先だが違法捜査の解明は遠のく

粟野仁雄 ジャーナリスト


大津地裁での三者協議に臨む日野町事件弁護団ら(2026年9月7日。撮影/粟野仁雄)

 1984年12月に滋賀県日野町で酒店経営の女性が殺害されて金庫が奪われた事件の犯人として強盗殺人罪で無期懲役刑が確定し、雪冤できないまま2011年に亡くなった阪原弘さん(享年75)の再審公判の進行を協議する三者協議(裁判所、検察、弁護団)の5回目が9月7日、大津地裁(畑口泰成裁判長)で開かれた。

「阪原さんに聞かせたかった」

 三者は、阪原さんが有罪とされた確定審(LEX/DB28015332)で出された供述調書や滋賀県警の捜査報告書などの「旧証拠」について、取り調べないことを確認した。このため、すでに検察側が「有罪立証をしない」と表明している再審公判は、迅速な進行で無罪判決が出る見通しとなった。

 一方で警察官の証人尋問などもなくなり、再審開始の大きな根拠になった、手提げ金庫の投棄現場での「引当て捜査」での行きと帰りの写真ネガの入れ替えなど、警察の証拠捏造工作の真相解明が遠くなる。

 それでも、協議後の記者会見で弁護団の伊賀興一団長は「再審請求から二十数年経ちましたが、今日の協議ほど嬉しかったことはない。検察官がこれ以上立証しないという中身を説明した。(検察は)『相当でない』ということで証拠として採用しなくてよいと明言していた。これは阪原さんが有罪の証拠がないのに起訴されていたと認めたということ。阪原さんに聞かせてあげたかった。アリバイに関する証拠開示などの課題は残るが、有罪の証拠を排除するということをこの耳で聞いた。息子さん(長男の弘次さん)も妹さん(長女の美和子さん)も一緒に。でも本人が来ていない。亡くなっている。これが残念です」と話した。

「阪原さんに聞かせたかった」と伊賀興一弁護士。左は阪原弘次さん(2026年9月7日、大津市の滋賀県教育文化会館にて。撮影/粟野仁雄)

 石側亮太弁護士も「再審で阪原さんの有罪を示す証拠は一切出ないことになった。真っ白な無罪に一歩近づいた」と評価した。
 
 この日の石側弁護士の説明を基に概説する。

 第2回三者協議で検察は「新たな有罪立証をしない」と表明したが、弁護団は過去の有罪立証を問題視してきた。つまり阪原さんを有罪にした確定審である。過去の再審公判では、旧証拠は引き継がれて扱われるのが一般的だ。だが弁護団は「検察が有罪立証しない以上、かつて阪原さんを有罪にした証拠を再審の場で取り調べるのは意味がない」と主張していた。

 法的根拠は刑事訴訟規則第213条の2第3項だ。「(前略)ただし、裁判所は、証拠とすることができないと認める書面又は物及び証拠とするのを相当でないと認めかつ訴訟関係人が取り調べないことに異議のない書面又は物については、これを取り調べない旨の決定をしなければならない」という条文である。

記者会見で、三者協議の内容を話す石側亮太弁護士(2026年9月7日、大津市の滋賀県教育文化会館にて。撮影/粟野仁雄)

 石側弁護士によれば、裁判所がこの決定をするには条件がある。一つは違法な手続などで証拠能力がなく取り調べられない時。もう一つは「取り調べることが相当でない」ケース。検察官も弁護人も同意すれば決定される。伊賀弁護士の言う「相当でない」とはこの部分だ。

 弁護団は「具体的証拠を挙げて取り調べない旨決定すべき」と主張しており、地検の対応が争点だったが、有罪立証の旧証拠すべてを取り調べないことに地検は同意したのだ。

 一方で弁護団は「ネガの入れ替えなどはそもそも違法捜査であり、取り調べることはできない」と主張していた。検察官はそこは頷かなかったという。「違法な取調べ証拠とは認めなくても、有罪立証をしないのだからその意味においては取調べをしないということです」(石側弁護士)。

 いずれにせよ、阪原さんの有罪方向の証拠は一切再審公判に出ないことが決まった。確定審で阪原さんの有罪に与した検察側証人の調書も含むという。

 石側弁護士は「女性が殺され金庫が奪われた事件があった事実は残るが、誰が犯人かを示す証拠はゼロになり、一層きれいな無罪判決が確実。弁護団が目指す『疑わしきは被告人の利益に』のレベルではない真っ白な無罪に一歩近づいた」と喜ぶ。

 有罪の証拠がないだけではなく阪原さんには無実のアリバイがある。「より積極的な無罪主張をする。アリバイ立証は十分可能です」と石側弁護士。弁護団は阪原さんのアリバイに関する捜査資料の開示を強く要求したが、地検は「検討する」にとどまったという。

「日野町事件に続け」となれば本望

 阪原弘さんの長男の阪原弘次さん(64歳)は「無罪判決が近づいたなあという思いです。父に聞かせたかった。父はあの時逮捕されるべきではなかった。起訴されるべきではなかった。有罪判決を受けるべきではなかった。戦後2例目の死後再審ですが、検察は有罪立証しないけど無罪立証もしない。そういった中途半端な内容で裁判所が判決を出すのではなく、阪原弘は無罪だった、なぜあの時、逮捕されたのか。なぜ有罪判決を受けなければならなかったのか、死ななければならなかったのかを、明らかにしていただくことが最大の供養です」と話した。戦後最初の死後再審は徳島ラジオ商事件(1985年、再審無罪。LEX/DB27930772)である。

 さらに、「全国で、冤罪で苦しみ、無念のうちに亡くなって(遺族らが)闘っている事件があります。『日野町事件に続け』となれば本望です。完全な勝利でなくてはいけない」と力を込めた。

 会見で質問に答えていった石側弁護士は「大事なのは(手提げ)金庫発見現場、ご遺体発見現場の引当てをしたとされる調書。この2つがいかにおかしいかが再審開始につながったが、これが調べられない。自白調書も全部ひっこめると検察が言った。この事件は自白の上に成り立っている。検察から自白そのものを丸ごと撤回させたため、公判はシンプルになり1回で結審する可能性もある。何期日も調べる中身はない」と話した。

 県警の捏造について反対尋問もできないことを問われると、石側弁護士は「検察が有罪主張するならそういう場面があった。検察官は観念したこともあるが、そういう場面を作りたくないという逃げだと個人的には思う。筋論としては有罪立証がなくなることが正しい、物足りない部分はあるけど」と吐露した。

 警察は事件発生から逮捕までの3年間に、当初は阪原さんのアリバイを語っていた目撃者の証言を潰していた。

 伊賀弁護士は「阪原さんはアリバイを語ると警察に『噓つけ』と言われた。しかし今日の協議で、何を根拠に『噓つけ』と言ったのかなども聞けない。私は聞きたい。証拠をなくせ(撤回せよ)というのはそれでええ(終わり)というのではない。しかし、阪原さんを一日も早く無罪にするには無駄な尋問期日はいらない。それ(追及)は別の機会、国賠とかにしようと思う」と語った。

 阪原弘次さんは「裁判官は一生懸命資料を読んでくれているらしい。湖東記念病院事件袴田事件福井(女子中学生殺人)事件、それぞれすごい判決でした。日野町事件もそういう判決がいただけると思う」と期待を込めた。

「検察は無罪論告すべき」

 毎日放送(MBS、大阪)の記者に「お母さんが高齢ですが早く無罪が欲しいか、捜査側の責任を求めるか、どちらが重いですか?」とシンプルに問われた阪原さんは「兄弟、母も含めて家族は、父を生きているうちに救いたい、の思いでやってきて38年です。今39年。その間に父を亡くして父の名誉だけでもと。この中で母まで亡くしたら目も当てられない。父が亡くなったとき、どんなにつらかったか。その意味では早く判決が欲しい。ただ、検察は有罪立証しないと言いながら無罪立証もしないなら、有罪立証するのと同じ。早く判決をいただきたいけれど、なぜ父が逮捕、起訴され有罪判決を受け、そして死ななくてはならなかったのかを明らかにすることが最大の供養。確かな勝利をということです」と話した。

 迅速な進行を優先したのは、亡き弘さんの妻・艶子さん(88歳)の身体が弱っているためである。

 三者協議で大津地検は「裁判所にしかるべき判断を求める」と言っているという。「再審公判は手続の違法性を解明する場ではない」とか「冤罪の原因を究明する場ではない」とも。

 石側弁護士は「かつて、阪原さんを起訴したが、犯人とする証拠はありませんので無罪を求めるというのが筋。検察官は公益の代表者なのだから犯罪の立証ができないときは無罪論告すべき。それでもしかるべき判断を求めるとしか言わない。人を起訴しておいて無罪か有罪か、裁判所にお任せしますというのは公益の代表者ではない。法律家の義務を果たしていない」と指摘した。 

裁判所の責任

 再審公判の在り方には「続審」と「覆審」という考え方がある。続審は確定審の審理や結果を基にしながら新たな証拠調べや主張を行うが、ゼロからやり直すのが覆審。どのように進めるべきとの決まりはないが、過去の再審事件のほとんどは、続審だった。弁護団は「検察も有罪立証しない。どの証拠を採用するかどうかというくらいなら一から覆審で始めればいい」と主張したという。石側弁護士は「本件で裁判所は続審と言っているので残っているもの(確定審から新たに請求する有罪方向の証拠)を調べるのが本来の形。それでいて残っている証拠調べはしないという例は私の知る限りはない」と語った。

 石側弁護士は「違法な取調べ、尋問をした警察官を証人尋問することはなくなった。事実認定として裁判所が違法捜査を認定する場面はおそらくない。ただ、再審判決で裁判所はなんらかの付言なり、見解を示すことは十分できるはず。裁判所は確定一審から再審開始までの記録を持っている。どうして冤罪を招いたかを示すのは刑事司法の役割です。社会にメッセージを出すことは裁判所の責務です」と主張する。

 伊賀弁護士は「最後に問いたいのは裁判所の責任。検察や警察の責任は裁判所で追及されている。しかし裁判所は何を間違ったのか、どこを有罪にしたか、最後の責任を負っている。それを(再審公判で)明らかにします。阪原さんに裁判所が間違っていたと報告したい。裁判所の責任を追及するのは弁護士とマスコミと市民です。国賠法で追及するとかもあるかもしれません」と話した。

証拠開示しないことは許されない

 筆者は、確定一審の大津地裁の坪井祐子陪席裁判官が検察官に有罪判決が出るように起訴状を変更させた「予備的訴因の変更」について三者協議で出たのかを尋ねた。石側弁護士は「今後、検察官がこの訴因をどうするのかについて検討を求めている。というより弁護団は予備的訴因の撤回を求めている。これに対しては、先方が検討することにはなっている」と答えた。

 この日、三者協議が始まる前のJR大津駅前で「えん罪日野町事件再審無罪を求める関西連絡会」の川東繁治さんらが街宣活動をし、大津地裁に署名を提出した。さらに大津地検に出向き、「未開示証拠の中には阪原弘さんの無罪方向の証拠が含まれており、なぜ獄中で死ななければならなかったのか、その理由が隠されている。証拠を開示しないまま判決を迎えることは世間が認めない」などとする要請文を渡した。

 なお、次回の三者協議は、10月15日に開かれる予定である。

◎著者プロフィール
粟野仁雄(あわの・まさお) 
 1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部卒。共同通信記者を経て現職。著書に『サハリンに残されて』(三一書房)、『瓦礫の中の群像 阪神大震災』(東京経済)、『アスベスト禍』(集英社新書)、『「この人、痴漢!」と言われたら』(中公新書ラクレ)、『検察に殺される』(ベスト新書)、『ルポ 原発難民』(潮出版社)など多数。近著に『袴田巖と世界一の姉——冤罪・袴田事件をめぐる人びとの願い』(花伝社)、『狙われたトップメーカー——冤罪・大川原化工機事件の傷跡』(同社)。神戸市在住。

(2026年09月18日公開)


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