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ゴーンさんの保釈はどのように獲得したのか

人質司法の原因とその打破の方策

~【前編】~
カルロス・ゴーン元日産会長の逮捕・勾留は、あらためて日本の刑事手続における長期の身体拘束問題を浮き彫りにした。新たに弁護人となってゴーンさんの保釈を獲得した高野隆弁護士に、身体拘束問題の現状をどのように見ているのか、今回の保釈をどのように獲得したのか、その弁護活動について聞く。

高野隆弁護士VS大出良知九州大学名誉教授


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1 今回の保釈についての評価は?

大出 元日産会長のカルロス・ゴーン氏は、2018年11月から有価証券報告書に役員報酬を過少記載したとされる金融商品取引法違反(虚偽有価証券報告書提出罪)2件と、日産の資金を私的に流用したとされる会社法違反(特別背任)1件で、合計3回逮捕され、2019年1月半ばまでに、逮捕された事件で順次起訴されました。

 それで、最初に弁護人になった元東京地検特捜部検事の大鶴基成弁護士などが2019年2月に辞任するまで、それまでに起訴されていた3件に関わって2回保釈を請求していましたが、ともに却下されています。新たに弁護を依頼された高野隆弁護士たちは、2月28日に、それまでに逮捕、起訴されていた3件についてあらためて保釈を請求し(第3次保釈請求)、3月5日に保釈が認められました。ところが、その後、4月4日になってさらに日産の資金を私的に流用したとされる会社法違反(特別背任)1件で逮捕・起訴されることになった4月22日に再度保釈を請求し(第4次保釈請求)、4月25日にこの請求も認容されました。

 ということで、まず最初に、高野さんに、今回の保釈問題をめぐって、今、一番言いたいことは何かをお尋ねしたいと思います。

高野 この時代に、自白しなければ、公判前整理手続が終盤になるまで、あるいは公判が始まって検察側証人の尋問が終わるまで、原則保釈を認めない、という野蛮がまかり通っていることに憤りを憶えています。日本の刑事弁護は依頼人が人質に取られています。「人質司法」Hostage Justiceという言葉ほどこの国の司法を簡潔に正しく表している言葉はありません。私は「精密司法」という言葉はこの国の刑事裁判を正しく表していないと思います。日本の刑事裁判は全然「精密」じゃありませんから。だけど、「人質司法」という言葉は非常に正しい。

 公判前整理手続が始まった当初2005年ころは、保釈が認められやすくなるのではないかという希望もありましたが、実はぬか喜びでした。否認していたら、公判がすぐ始まらない分だけ被告人は長期間身柄拘束されて、弁護側の検察官請求証拠に対する意見、予定主張が出るまでは保釈を認めない。保釈は弁護側が検察官の立証に協力することに対するご褒美みたいな位置付けになってしまいました。

 その延長線上に、今回のゴーンさんの保釈問題はあると思うのです。否認事件でこそ保釈は直ちに認められなければなりません。それが到底無理だという状況の中で、どうしたら速やかな身柄釈放を勝ちとるか。これは確かに難問です。

 われわれは、刑事弁護の常識では考えられないような非常に厳しい保釈条件、弁護人が条件遵守に強くコミットした条件をこちらから提案しました。2度目の保釈許可決定では、裁判官はそれでも満足せずに、夫婦の接触を一切禁じるという、さらに非人道的な条件を課してきました。弁護人立会いでも夫婦の会話を認めないというようなことまでやってきています。

 世間では、ゴーンさんの事件で、普通は保釈が認められないような事件で認められたのだから、保釈をめぐる状況は良くなってきたと評価している人がいますが、それは全くの間違いです。この事件の保釈は、ある意味、人質司法を象徴したものだと言うべきです。

大出 この対談でその誤解をぜひ解いていただきたいと思います。高野さんが担当されているほかの事件でも、やはり改善されているということはありませんか。

 統計的には地裁段階で、保釈認容率は1972年で58.4%だったものが、1980年に37.6%、1990年に27.9%とどんどん下がり、2005年には13.8%まで下がりました。ところが、2017年では、32.5%まで上ってきたことになっていますけど。

高野 その統計は自白事件を含んだものです。しかも、起訴から公判終結までのどこかの段階で保釈が認められればすべて「保釈が認められた人員」にカウントされています。たとえば、否認事件で起訴から1週間以内に保釈が認められた人が何人いるのか。そうした統計は一切発表されていません。

 2000年代の初め頃は、自白事件、つまり、公訴事実を争わない事件においても、裁判所は第1回公判期日で、検察官側の書証を全部同意するという弁護人の意見を聞いて、初めて保釈する。そういうところまで落ち込んでいました。そこと比べればマシになった。しかし、それは自白事件を含めた数字であって、私が日常的にやっているような否認事件で、第1回公判前に保釈が認められるケースは非常に少ないです。その統計が公式には発表されていません。最高裁の事務総局の内部資料みたいな統計があって、もう10年以上前ですが、大阪地裁の松本芳希裁判官の論文(ジュリスト1312号)では、第1回公判前の否認事件で保釈が認められるケースが4%ぐらいという数字がありましたが、その数字からあまり変わってないと思います。最近最高裁が日弁連に提供した統計資料によると、2015年の刑事通常第1審の否認事件で第1回公判前に保釈が認められた人の割合は7%です。「第1回公判前」というのがいつを指すのかわかりません。否認事件では公判前整理手続が行われることが多いでしょうから、起訴から1年以上経過して公判前整理手続が終盤になってようやく保釈されたケースも「第1回公判前」にカウントされるわけです。

大出 そういう一般的な状況があることはそのとおりだと思います。そうだとすると、さっきの誤解の話につながっていますが、否認事件で、第1回公判期日が終わっていない状況のもとで、しかも公判前整理手続も始まったばかりの段階であるにもかかわらず、ゴーンさんの保釈が認められたというのは事実です。

高野 そこだけ捉えればね。実際には、厳しい保釈条件を弁護側から提示して、散々苦労した結果として認められたにすぎないのです。本来であれば、保釈保証金だけで当然認められてしかるべきものが、さまざまな自由をこちらから放棄して初めて認められたわけですから。

平成31年4月25日・東京地裁決定(別表2)

(2019年09月03日公開) 

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