ゴーンさんの保釈はどのように獲得したのか

人質司法の原因とその打破の方策

高野隆弁護士VS大出良知九州大学名誉教授


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2 保釈請求書の内容

大出 その保釈請求書の具体的な内容についてですが、重点をおいたのはどのような点でしょうか。

高野 2月28日に出した保釈請求書(第3次保釈請求)の前段部分は、保釈についてのあるべき解釈論を、日本国憲法下で新しい刑事訴訟法を制定した国会の審議録を踏まえて展開しています。審議録によれば、「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」というのは、本当に誰が見ても証拠隠滅行為をするに違いないというぐらいの具体性がなければいけないというのが、制定当時の法の趣旨でした。それがいつの間にか、証拠隠滅の可能性が少しでもあれば、保釈を認めないというようになってしまった。

大出 それは、旧刑訴法の発想ですね。

高野 国会審議のときには、否認しているとか黙秘しているだけでは、それにあたらないと、はっきり法律案を起草した政府委員が言っています。それが無視されてきたということを保釈請求書の前段で言ってるわけです。ですから、今回は罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がないというのは、もう法律的には明らかだという前提に立っているわけです。

 しかし、今の裁判官は国会の意思なんか平気で無視しますから、それだけで保釈が認められることはないので、極めて厳しい条件をこちら側から提案しました。単なる制限住居ではなくて、24時間監視するカメラを玄関に付ける。平日は9時から17時まで弁護人の法律事務所に滞在する。その間、弁護士の指導監督に全面的に服する。通信機器も原則使わない。弁護人が提供する携帯電話だけを使う。その上で、その通話記録を全部毎月報告する。パソコンも弁護人のオフィスでしか使わない。その通信ログも全部裁判所に提供する、という条件を設定しました。裁判所はこれらの条件をほとんど採用したうえで、さらに関係者との接触禁止条項を入れて、保釈――権利保釈ではなく、裁量保釈――を認めたわけです。しかも保釈保証金が10億円です。

 普通の事件でそこまでできませんよ。法律事務所が刑事事件の被告人の勾留場所になってしまいますからね。ここまでしなければ保釈を認めないということが異常です。

大出 おっしゃるとおりだと思います。なぜそのような請求をされることになったのですか。

高野 ちょうど20年前、夫婦げんかの事件1)で同じようなことをしています(後掲参照・「夫婦喧嘩に弁護士135名」季刊刑事弁護7号118頁参照)。ゴーンさんのケースで同じことをやった。

 言い換えると、状況は20年前と変わっていないということです。私は同じやり方で保釈を認めさせたことが、ほかにも2件あります。今回の事件は4件目です。保釈を絶対に認めさせなければいけない事件というか、そこまで自分がコミットしている事件というのがあります。どんな犠牲を払っても保釈を認めさせる。いわば最後の手段です。私は自信を持ってこの案を提出しましたし、この保釈は当然認められるだろうと思っていました。

大出 極めて厳しい保釈条件で保釈されていますが、それについて、ゴーンさんとの信頼関係がないと、なかなか本人に納得してもらうことは難しいと思いますが、信頼関係をつくるうえで配慮された点はありましたか。

高野 私は、結果が重要だと思っています。ゴーンさんは、人を見る基準を持っていて、その基準は実にフェアだと思っています。言うだけ言って行動しないとか、何もやらない人に対して、彼は非常に厳しい目を持っています。

 私は、何ができて何ができないかをきっちりと結果で示すようにしています。保釈は約束どおりできましたから、その面での結果は出せましたが、ただ、厳しい条件であることは間違いありません。冗談で、「これなら拘置所にいたほうがいいじゃないか」みたいな会話も実際にありました。できるだけ早く人間的な普通の生活に戻してあげなければいけないと思っています。

 これから大変な裁判が予想されます。彼自身にファイティング・スピリットを持っていてもらわないと、裁判は勝てません。そのためにも日常の普通の生活に戻ってもらうことが必要だと思います。

大出 事前に保釈条件を提示することについては、ゴーンさんに了解を得ていたということですか。

高野 もちろん、そうです。彼自身が、これを守るということについて、熟慮のうえで誓約書を出しています。

大出 今回の保釈請求が、経験に裏打ちされていたことは伺いましたが、提案された条件の内容は、どこから出てきた発想ですか。

高野 「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」がないことが保釈条件です(厳密にいうと、裁判官は「罪証隠滅の相当な理由があることは否定できないが、その可能性は高くはない」として裁量保釈しか認めない)。これを崩さない限り保釈は認められません。その崩す方法は、自白をするか、公判が始まって罪証隠滅の対象がもうないということを明らかにするか、どっちかしかないというのが現状です。そういう状況で、保釈を認めさせるためには、極端な話をすると、弁護人がその被告人と24時間一緒にいる以外にない。弁護人が依頼人に手錠をかけて拘束するという発想です。弁護人が代わって勾留する。弁護士が代用監獄の役割を果たす。それなら、もう罪証隠滅の虞はないことになります。

 それが正しい弁護戦略なのかと言われたら、正しくないと思うのですが、私は経験上そこに行き着いたわけです。

大出 現状で、保釈を認めさせる苦肉の策ということですね。

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(2019年09月03日公開) 

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