裁判員のはらの中──もうひとつの裁判員物語<br>第16回(番外編)

裁判員のはらの中──もうひとつの裁判員物語
第16回(番外編)

裁判員裁判における裁判員の素朴な疑問【後編】

河原俊也(元裁判官)✕ 田口真義(裁判員経験者)


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河原俊也(かわはら・としや)氏(2026年7月15日、現代人文社会議室。撮影/刑事弁護オアシス編集部)
田口真義(たぐち・まさよし)氏(2026年7月15日、現代人文社会議室。撮影/刑事弁護オアシス編集部)

刑事弁護オアシスでは、「裁判員のはらの中」と題して、裁判員経験者の田口真義さんが、各地の裁判員経験者に、その経験談をインタビューしてきた。裁判員の方々が、どういう気持ちで裁判に参加したか。裁判員裁判を通して何を感じ、何を得たのかなどを浮き彫りにしてきた。その番外編として、裁判員裁判を担当した元裁判官に、裁判員裁判から見えてきたもの、裁判員との協働についてどのようにみていたか、問題点や改善すべき点などを聞いた——編集部(2026年7月15日、於・現代人文社会議室)

評議室での議論の方法

田口 裁判員との議論では、裁判長は裁判員とどのように接するようにしていますか。

河原 右陪席や左陪席に任せることも多いです。多くの裁判長は最後まで自分の意見をあまり言わないようにしていると思います。裁判長が言ってしまうと、それが1つの「正解」になってしまいますから。

田口 河原さんも、よほど議論が脱線しない限りは最後まで待つ方ですか。

河原 そう心がけてはいますが、実は黙っていられない方なので、つい発言してしまうこともあります(笑)。

田口 「裁判長はどう思いますか」と話を振られて、あえて考えを言わせようとする場面もあるのでは。

河原 ありますね。そう聞かれたときは「難しいですね」とだけ答えて、逆に「では、〇〇さんはどう思いますか」とボールを返すようにしています。疑問には疑問で返し、相手の意見を先に聞くようにするのです。

田口 裁判員の発言を促すときに心がけていることはありますか。

河原 やり方はいろいろです。教室のように番号で指名するやり方は、あまり好きではありません。発言する人が偏っても、話したい人が話すべきだと思います。それでも、あまり発言していない方には、「ところで〇〇さん」と軽く振るようにしています。

 大阪では、議論が活発になりすぎて左陪席が必死に板書していたこともありました。それでも夕方5時までには終わるのですが、フランス・パリの裁判所では、「議論を封じてはいけない」という考え方が根強く、評議が夜中の1時、2時まで続くこともあると聞きます。

 発言との関連でいえば、裁判員の中には記録を持ち帰って読み込みたいという方もいます。しかし、法廷で見聞きした事実を基にして判断するというのが筋ですし、管理の問題もあるので、どうしてもと言われる場合は、評議室内で読んでもらいます。裁判官も、基本的に裁判所に残って読むようにしています。

田口 裁判長は自分の意見をあまり言わないということですが、議論をどのように眺めていましたか。

河原 自分の結論が多数派になるかを見ていました。

田口 全員一致になった経験はありますか。

河原 執行猶予が確実な通貨偽造事件を担当したことがあります。前科のない若い男性が、すぐにばれてしまうような粗雑なコピーのお札を作った事件でした。軽微な事件でしたが、通貨偽造罪は裁判員裁判の対象です。

田口 通貨偽造罪が対象事件であることを学校での講演などで学生に話すと、「そんな軽い犯罪で!?」と驚かれますね。

河原 裁判員裁判になるかどうかは法定刑で決まりますからね。誰からも異論が出なかったように記憶しています。

田口 多数決になる場合の投票は、どのように行いますか。

河原 挙手、付箋、紙に書いて投票、といったやり方があります。私は紙を配って回収する方法をとっていました。裁判官の票だけは記号(Jなど)で区別しますが、それ以外は誰が何を書いたかはわからない形にします。

田口 裁判官の意見が必ず多数派に入っていないと評決が成立しない、という特別多数決の仕組みについてはどう思われますか。極端にいえば、裁判員の6人が賛成しても、そこに裁判官が1人も加わらなければ市民の意見が通らないことになりますよね。

河原 公平性の観点から必要な仕組みだと考えています。量刑も含めて、長く続いてきたあり方を変えるのは、よほど合理的な理由がない限り差別になってしまうのではないでしょうか。

田口 裁判官3人と裁判員の意見が完全に割れてしまうこともあるのですか。

河原 それに近いことはあります。困りますね。まず左陪席に裁判員と議論してもらいます。不正なことはできませんが、裁判官として自分が正しいと思う結論を出したいので、説得できる相手であれば粘ることもあります。

田口 それでもまったく折り合いがつかないこともありますか。

河原 あります。その場合は、説得しきれなかった自分が悪かった、と受け止めるしかありません。

田口 時代とともに常識が変わっていく中で、過去の量刑を見ている裁判官の感覚と、今の市民感覚が乖離している場合、最終的にどう折り合いをつけるのがよいと考えますか。

河原 比喩的にいえば、半歩程度なら譲ってもよい、というところです。

判決文について

田口 判決文について、裁判員と読み合わせは行いますか。

河原 行います。私の場合は、量刑理由も含めて完成させた判決文草稿を、判決宣告の2時間ほど前に裁判員に渡し、「みなさんの発言のとおりに書いたつもりですが、違うところがあれば言ってください」と確認していました。修正が入ることはほとんどありませんでしたね。

田口 「ニュアンスが違う」と指摘する方も多いと聞きます。

河原 だからこそ、左陪席が評議でのやり取りをしっかり板書し、振り返りながら書くようにしています。評議を締めくくる前に議論の要点をまとめた上で「これで間違いないですね」と確認を取って、後の食い違いを防ぐようにすることもあります。

田口 念を押されたら反論しようがないですね。判決後の説諭(裁判官が判決を言い渡したあと、被告人に対して今後の生き方や反省を促すために直接語りかける言葉)についても、裁判員の意向を聞きますか。

河原 はい。裁判員に「何か言ってほしいことがあれば、代表してお伝えします」と聞きますし、何も要望がなければ自分の判断で話すこともあります。裁判員からは、「遺族に本気で謝ってほしい」といった声が多いです。

 過去には、死刑判決の際に控訴することを勧めた説諭をして話題になった例もありました。気持ちはわからないこともありませんが、やらないほうがいいと思います。控訴する権利があることは必ず伝える必要がありますが、控訴するかどうかの決断は被告人自身がすべきであって、少なくとも裁判所が控訴について示唆するような説諭をするのは不適切でしょう。

田口 裁判員裁判の判断を控訴審が尊重すべきだという議論もありますが、どうお考えですか。

河原 一審である裁判員裁判では証人を直接調べ、被告人の言い分も直接聞いているわけですから、基本的には裁判員裁判の判断を尊重すべきです。実際、控訴審が裁判員裁判も含めて一審の判断を覆すことについては、謙抑的に運用されています。

田口 私は、一審が裁判員裁判だからその判断を尊重するという向きには違和感を抱いていて、それでは日本の三審制自体を否定することになってしまうと思っています。

判決後の守秘義務

田口 裁判員の守秘義務についてはいつ説明をしますか。

河原 最初と最後に説明します。守秘義務があるのは、評議室の中でのやり取りです。誰がどんな意見を言ったかという情報は、外に出してはいけません。

田口 「感想はいいですよ」というような、曖昧さのある説明になるわけですよね。守秘義務の緩和や撤廃を求める意見もありますが、今の運用でよいと思っています。ある程度の幅があるからこそ、こうした対談のような活動もできますし、知的好奇心を満たすこともできます。裁判官にも守秘義務はあるのですか。

河原 実は、裁判官の守秘義務を明文で定めた法律はどこにもありません。検察官は国家公務員法上の守秘義務を負いますが、裁判官は国家公務員法上の守秘義務を負わず、内閣総理大臣や国会議員と同じ扱いで、太政官布告のような非常に古い規定がある程度です。裁判官の守秘義務は、法律上の義務というより職業倫理として成り立っています。

田口 裁判官の守秘義務は、検察官などとは立て付けが違うのですね。裁判員と裁判官では、義務としてやるのか、自ら選んだ職業としてやるのかという違いがあります。一方で、裁判員も普段の仕事などでは、顧客情報などをむやみに漏らさないといった職業倫理のなかで生活しているはずなので、裁判員の守秘義務だけが特別厳しいことはないように思います。

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(2026年09月22日公開)


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