1 はじめに
⑴ 本(2026)年7月10日、名古屋高等検察庁(以下、名古屋高検という)は『調査結果報告書——いわゆる「福井女子中学生殺人事件」について』を公表した(以下、『調査結果報告書』を検証報告書といい、「福井女子中学生殺人事件」を本件という)。本件冤罪について当事者的立場にある名古屋高検の報告書であるだけに、世論の視線には厳しいものがある。
検証報告書は捜査から再審公判までの経緯を詳細に記述している(検証報告書2頁~35頁)。まず、本件の概要と経緯から確認しておこう。
本件は、1986年3月19日午後9時30分頃、女子中学生が卒業式を終えた夜、福井市内の市営団地の自宅で一人留守番中に殺害された事件である。有力な情報がなく捜査が難航する中、事件の約6か月後、警察は別件で勾留中の暴力団組員Aの供述に依存し、物証や目撃者による裏付けがないままAが名前を挙げたBやC等の主要関係者の供述が大要で一致するとして、前川彰司さんを逮捕した。前川さんは起訴後も一貫して否認。第一審判決は無罪(福井地判平成2年9月26日、LEX/DB27921191)、控訴審(名古屋高裁金沢支判平成7年2月9日、LEX/DB28025091)で逆転有罪(懲役7年)、上告棄却により有罪判決が確定した。
前川さんの第一次再審請求につき名古屋高裁金沢支部は再審開始を決定した(名古屋高裁金沢支決平成23年11月30日。以下、第一次再審開始決定という)が、異議審で取り消され、特別抗告も棄却された。第二次再審請求で、名古屋高裁金沢支部は再審開始を決定(名古屋高裁金沢支決令和6年10月23日。以下、第二次再審開始決定という。LEX/DB25621140)し、検察の異議申立てはなく再審開始決定が確定し、再審無罪判決(名古屋高裁金沢支判令和7年7月18日。以下、再審無罪判決という。LEX/DB25623230)に至った(第一次・第二次各再審請求審決定、再審無罪判決、そして確定審判決は『判例時報2643号特集号』〔2026年〕に所収)。検察の上訴権放棄により再審無罪判決が確定した。
⑵ 検証報告書に対する世論の視線が厳しいのは、本件冤罪が検察官の不公正な訴訟活動に起因しているからである。
その不公正な訴訟活動とは、確定審に関与した検察官が、主要関係者Cの供述の信用性を揺るがす(平成元年1月28日付け)捜査報告書(『夜のヒットスタジオ』の放映日時と内容に関する捜査報告書で、検証報告書が「本件捜査報告書」として援用しているもの。以下、本件捜査報告書という)について、それが公判で証拠採用された昭和62年捜査報告書の内容と齟齬しており、その誤りを明らかにするものであると知りながら、この事実を隠して従前どおりに有罪主張・立証を続けたことである。
再審無罪判決は、「確定審検察官がこの(不公正な訴訟活動の——引用者注)誤りを適切に是正していれば、そもそも……確定審において原審の無罪判決が確定していた可能性も十分に考えられる」とし、第二次再審開始決定も、この「検察官の訴訟活動」を、「公益を代表する検察官としてあるまじき、不誠実で罪深い所為と言わざるをえず、適正手続確保の観点からして、到底容認することはできない」と厳しく批判した(再審無罪判決にも同様の説示がある)。裁判所の厳しい批判が、最高検の指示下、名古屋高検を検証報告書の作成・公表へと動かした誘因だったのだろう。検証報告書は再審無罪判決の上記の説示を引用し、批判を受け入れている。
では、検証報告書は不公正な訴訟活動を「真摯に反省」し、再発防止のために実効的な「対応策」を提言しているのだろうか。
この点に焦点を当てて、名古屋高検の検証報告書を吟味・検討することとしたい。
検証報告書が公表されたのは本年7月10日であり、再審無罪判決からほぼ1年の時を経ている。その間に、再審法改正の議論が法制審議会や国会で進行し、7月17日には再審法改正案(刑事訴訟法の一部を改正する法律案)が国会で可決成立した。再審法改正問題の焦点の一つは再審請求審における証拠開示の制度化にあり、その点で本件のインパクトは大きく、名古屋高検もこの点は認識していたはずである。では、検証報告書は再審請求審における証拠開示のあり方についてどういう提言をしているのだろうか。この点は、検察官の不公正な訴訟活動に対する「反省」の真摯さを測る一つのポイントである。
2 検証報告書の手続的側面の問題点
検証報告書は、確定審から再審請求審までに関与した検察官としてP1からP18を挙げ、全員をヒアリングの対象としたようである。逝去した検察官やヒアリングできなかった検察官、ヒアリングはできたが記憶減退のため事実確認に至らなかった検察官がいるという。しかし、逝去した検察官は別として、ヒアリングできなかったというのはどういうことなのだろうか。本人が拒否したのか、他に理由があるのか等々、説明が必要であろう。記憶減退で事実確認に至らなかったというのも、記憶喚起にどのように努めたのか等々、説明不足の感がある。
検証報告書には、個々の検察官からのヒアリングの記録も付されていない。この点で、捜査と確定審第一審を検察官P2とともに担い、昭和62年捜査報告書と本件捜査報告書の齟齬を認識していたとされる検察官P4について、検証報告書は「ヒアリングを試みたものの、これを実施することができなかった」(検証報告書36頁)とあっさりと記述するのみであるが、本件冤罪の原因と対応策を検討するうえで検察官P4の事情説明はとりわけ重要である。どういう経緯で、どういう理由からヒアリングが実施できなかったのか、踏み込んだ説明が必要だったと思う。
世論の厳しい視線に向き合うべき検証報告書なればこそ、調査には厳正性と徹底性が、そして調査過程には透明性と可視性が求められる。この点で、検証報告書には不十分さが残る。なお、本件捜査報告書は第二次再審請求審で開示されるに至ったが、その際、検察官は名古屋高検全体の意向を盾に証拠開示に反対したと弁護団が指摘していた(再審福井女子中学生殺人事件弁護団「福井女子中学生殺人事件、逮捕から38年後の再審無罪確定——警察、検察による供述捏造と証拠隠しが争点となった事案における主張立証・証拠開示の経過と裁判所の判断」判例時報2643号〔2026年〕82頁参照)。
これに対し、検証報告書は、「第1回進行協議期日に参加した検察官P18において同発言に及んだか否かについて確たる記憶がなく、当該発言の存否について結論を得ることができなかった」としている(検証報告書45頁・注73)。しかし、第一次再審請求審の段階から検察が証拠開示に対し一貫して消極姿勢だったことを考えると、弁護団の指摘には排斥しがたいものがある。この点の経緯についても、進行協議期日に関する検察側の記録や備忘メモ等の有無を含めてどこまで踏み込んで調査がなされたのか、説明が必要だと思う。
(2026年10月08日公開)
