連載 再審法改正へGO!

連載 再審法改正へGO! 迅速・確実な冤罪救済のために
第23回(最終回)

再審法改正の行方

鴨志田祐美(日弁連再審法改正推進室長)


1 動き出した法制審

 3月28日、法制審の臨時総会が開催され、法務大臣から再審制度の見直しについて正式に諮問がされました。法制審ではこの問題を議論するために「刑事法(再審関係)部会」(以下、「再審関係部会」といいます)を設置することを決定しました。現行刑訴法の制定から77年目にして、同法「第四編 再審」全体の見直しが初めて法制審で検討されることになったのです。

2 諮問事項にみる問題点

 では、法務大臣が法制審に提示した「諮問事項」(諮問第129号)を見てみましょう。

「近時の刑事再審手続をめぐる諸事情に鑑み、同手続が非常救済手続として適切に機能することを確保する観点から、再審請求審における検察官の保管する裁判所不提出記録の弁護人による閲覧及び謄写に関する規律、再審開始決定に対する不服申立てに関する規律、再審請求審における裁判官の除斥及び忌避に関する規律その他の刑事再審手続に関する規律の在り方について、御意見を賜りたい。」

 この短い一文の中に、法務省の意向が透けて見える箇所がいくつかあります。

 まず、冒頭で「同手続が非常救済手続として適切に機能することを確保する観点から」とあります。「非常救済手続」というのは三審制で確定した有罪判決を重視する立場から、再審はあくまで例外的な制度であるという認識に基づく言葉です。再審制度の目的は「無辜の救済」であることに言及せず、確定力=法的安定性に重きを置くスタンスでは、制度目的に適う法改正が実現できないおそれがあります。

 次に、3つの項目が列挙されている部分のうち「再審請求審における検察官の保管する裁判所不提出記録の弁護人による閲覧及び謄写に関する規律」とあるのは何でしょうか。これは私たちが「再審制度における証拠開示」と呼んでいるものです。2016年の改正刑訴法の附則9条3項にも「政府は、この法律の公布後、必要に応じ、速やかに、再審請求審における証拠の開示(中略)等について検討を行うものとする」と規定されていたのに、諮問事項では「証拠開示」という言葉を使っていません。法務省は「事実を説明しただけで、特定の考え方に立脚したものではない」と釈明しましたが、本当にそうでしょうか。

 例えば「検察官の保管する裁判所不提出記録」を文字通り「検察官が主観的に把握しているもの」と限定してしまうと、警察が検察に送致せず、それゆえ検察官が把握できていなかった証拠は漏れてしまうことになります。また、再審請求人ではなく「弁護人による閲覧及び謄写」と限定している点も気になります。再審制度には国選弁護制度の適用がありませんから、このような規定ぶりにするのであれば、当然国選制度の導入も検討されなければなりません。それ以上に問題なのは、証拠開示を「再審請求人の権利」として構成しようという姿勢が見られないことです。おそらく再審制度が職権主義構造であるというところを意識したものと考えられますが、職権主義だからといって再審請求人の権利保障を考慮しなくてよいという話ではありません。職権主義を採用するドイツでも、被告人や再審請求人の権利を実質的に保障するために「記録の閲覧」(証拠も含む)が認められるという考え方を採っています[1]

 諮問事項中、例示列挙された二つ目の項目は「再審開始決定に対する不服申立てに関する規律」ですが、実務上、再審開始決定に対して不服申立てを行うのは100%検察官です。しかし、ここには「検察官による」という記載が入っていないのも気になります。

 そして、何よりも危惧されることは、諮問事項の中で例示列挙された3つの事項が、いずれも再審法改正を目指す超党派議連(えん罪被害者のための再審法改正を早期に実現する議員連盟)が3月25日の総会で承認した「要綱案」(「骨子たたき台」をさらに条文の形に近づけたもの)の中に含まれているということです。

 議員立法による法改正と同じ項目をぶつけることで、「唯一の立法機関」が真摯に検討、作成した条文案が、法制審の議論によって歪められるような事態は、決してあってはなりません。

3 第1回部会の開催

 4月21日、再審関係部会の第1回会議が開催されました。

 同部会を構成する委員は14名で、研究者6、警察庁1(刑事局長)、法務省1(刑事局長)、最高裁1(刑事局長)、東京高検1(検事)、東京地裁1(部総括判事)、日弁連3(再審法改正実現本部副本部長の村山浩昭弁護士〔元裁判官〕と再審法改正推進室長の鴨志田、犯罪被害者支援委員会事務局長の山本剛弁護士)という内訳です。このほかに幹事9名(法務省3、研究者2、最高裁、警察庁、内閣法制局、弁護士各1)、関係官2名(法務省特別顧問)を加えた合計25名が部会メンバーということになります[2]。しかし、超党派議連が要望した「えん罪被害に遭い、えん罪を晴らすために活動してきた当事者又はその家族」は委員として選任されていません。

 委員の人選で特筆すべきは、2011年の「新時代の刑事司法制度特別部会」の委員で、証拠開示制度の現状変更に極めて消極的な立場だった井上正仁・酒巻匡両教授が今回もメンバー入りしており(井上教授は関係官、酒巻教授は委員)、また、「改正刑訴法に関する刑事手続の在り方協議会」で法務省の代弁者のような意見を繰り返し述べていた成瀬剛教授も幹事となっていることです。研究者委員が法務省寄りの人選であることは多言を要しないでしょう。

 そのような中でユニークなのは、湖東記念病院事件の即時抗告審で逆転再審開始決定をした大阪高裁の後藤眞理子裁判長(当時。現、慶應義塾大学大学院客員教授)が、研究者枠で委員となっていることでした。村山委員ともども、再審無罪を導いた裁判官経験者として積極的な意見を期待したいところです。

 簡単な自己紹介と諮問事項の説明の後、全委員と多くの幹事が、諮問内容や重点的に検討すべきと考える項目について意見を述べました。議事録は後日法務省のHP上で公開される[3]ので、どのメンバーがどのような意見を述べたか、ぜひ確認してほしいのですが、ここでは印象に残ったことをいくつか挙げておきます。

 まず、証拠開示(諮問事項は長すぎるので、単に「証拠開示」といいます)については、何らかの規定を創設する方向性に反対する者はありませんでした。前述の「新時代の刑事司法制度特別部会」では、「事件が千差万別で統一的なルールを作ることが困難」という意見で法制化が見送られた[4]ことからすれば、この間の立法事実の蓄積によって、さしもの法務検察といえども、証拠開示規定を設けること自体に異を唱えることは断念したようです。さらに、委員のうち4名を占める現職・元裁判官がいずれも「規定がないゆえに現場の裁判官は非常に苦労している」ことに言及し、法改正が再審請求人のみならず裁判官にとっても有益であるという認識が示されました。

 もっとも、肝心の規定の内容に関しては、多くの委員から「通常審とのバランス」「三審制の例外としての非常救済手続であること」「職権主義」「不適法な請求、主張自体失当の事件も相当数存在する」ことなどを考慮すべきという意見が相次ぎ、今後の具体的な要綱の検討において、非常に限定的な開示規定になることが危惧されます。

 他方、「再審開始決定に対する不服申立て」については、検察官の宮崎委員から消極的な意見が示され、やはり検察官抗告の禁止については今後激しい抵抗が予想されます。

 さらに、現在通常審の証拠開示に関し、「天下の悪法」として問題となっている「開示証拠の目的外使用禁止」規定(刑訴法281条の4、5)を、再審における証拠開示がルール化された場合には再審段階での開示証拠にも適用すべき、という意見が4人もの委員から出されたことも大問題です。これまでの法制審でも改正と引き換えに、このようなバーター的不利益を飲まされるようなことがよくあったのは周知の事実ですから、この点にも警戒しなければなりません。

 今後、再審関係部会では、再審無罪となった事件の当事者(その家族)及び弁護人、犯罪被害者、マスコミ関係者などからヒアリングを行い、その後に部会で検討すべき論点を集約するという方向で審議を進めていくことになっています。

 村山委員や鴨志田のような再審法改正推進派は、法制審の中ではいわば「極端少数派」として冷やかな目で見られていると思います。しかし、これまで日弁連が再審支援を行ってきた多くの再審事件において再審制度の不備を痛感してきた、その立法事実を丁寧に示し、一人でも多くの賛同者を増やしていきたいと思います。

4 超党派議連の状況

 最後に、議員立法による今国会での提出、成立を目指す超党派議連の動きはどうなっているのでしょうか。3月25日の総会で要綱案を承認した後、4月下旬には具体的法案を示す方向で法制局とともに準備を進めていたようですが、これが少し遅れているようです。

 再審関係部会の第1回会議開催後の4月25日、超党派議連は緊急総会を開催し、法務省、最高裁、日弁連から上記部会の状況につきヒアリングを行いました[5]

 日弁連の報告者としてプレゼンを行った田岡直博幹事は、「われわれ(日弁連委員・幹事)の総意は、今国会で、議員立法による再審法改正を実現して欲しい、法務省、法制審議会にまかせてはいけないということ」と力強くアピールし、そのインパクトに多くの国会議員が感銘を受けていたといいます。

 ヒアリング後の議論では、野党議員から議連の井出庸生事務局長に対し、「井出さん、バッジを賭けてやってほしい」という檄が飛び、井出議員が「バッジではなく、人生を賭けてやっています」と応じるやり取りもありました。

 法制審のスタートで、議連にはこれまで以上にスピーディな対応が求められます。5月中旬には条文案を完成させ、各党の党内手続を終えなければ今国会での成立は難しくなるでしょう。

 日弁連が再審法改正について最初に意見書を公表してから63年が経過しようとしています。日弁連は、これからもあらゆる方法で議連を後押しし、まずは議員立法による最重要項目(証拠開示、検察官抗告の禁止、裁判官の除斥・忌避、手続規定〔期日〕の整備)の改正を実現させるよう全力を尽くし、再審制度をめぐるその他の多岐にわたる論点(国選弁護制度の導入、再審開始事由の見直し、刑の執行停止など)については、日弁連委員と幹事の参加する法制審で、充実した議論を進めていきたいと思っています。


【関連記事:連載「再審法改正へGO!」】
第22回 動き出した二つのルート(下)
第21回 動き出した二つのルート(上)
第20回 最高検の「検証結果報告書」を検証する(下)

注/用語解説 [ + ]

(2025年05月02日公開)


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