1234

 検察庁は、これらの二つの理由を根拠として、自白の必要性を堅持しています。警察も同様であり、いわば犯罪捜査機関としての基本方針となっています。

 かつては、各地の検事正が着任したときの記者会見において、「取調べを粘り強く行って真相を解明する」といった発言をほぼ定型的に行っていました。近年はやや表現が変化し、「治安維持のために尽力する」といった言い方が増えていますが、その発言の根底にある発想は大きく変わっていないと思います。

 私と同じく、検察官になりたての頃に、「自白によって真相を解明し、さらに犯罪者を更生させる」という教育を受けた人が幹部となる検察庁では、「人質司法」を廃止するどころか、むしろ高度化した弁護活動を回避しつつ有罪を立証するためには、「人質司法」を維持するしか方法がないというのが本音ではないでしょうか。

 なお、自白には、被疑者から情報を得る供述と、被疑者・被告人を捜査機関に屈服させる手段という二つの側面があります。私は検察官時代、上司から何度となく「まず、被疑事実を認めさせろ」と厳命されました。つまり、初めに被疑者を捜査機関に全面的に屈服させて反抗心を削ぐことによって、以後、捜査機関に都合の良い供述・情報としての自白を得ていくという思想です。この思想が今もなお検察庁で維持されているので、現在、検察庁が保釈に抵抗する本当の理由は、「情報としての自白が得られないのであれば、せめて被告人を屈服させ、公判を早期に終結させる」と説明できると思います。

検察庁の保釈実務における検察官・裁判官の関係

——取調べの録音・録画が始まった現在、検察庁にとっては、弁護人に検察側の証拠を同意させることや、被告人が公判で認めることが最も望ましいと考えているとのことですが、そのためには「人質司法」はやむを得ないのでしょうか。

市川 その通りだと思います。声高に言いたくはありませんが、私の検察官時代、先輩や後輩が弁護人に「先生、こちらの証拠に同意してください。その代わり、こちらも保釈について考えます」と持ちかける電話をかけている場面を見聞きしたことがあります。私はこうした手法は好ましくなく、「公判は本来、証人尋問によって立証するものだ」と考えていたため、このような交渉を行ったことは一度もありません。

 ですが、このような交渉を巧みに行う人が、検察官として評価される傾向にあったことは事実です。

 根本的には、検察庁の組織文化として、公判に比べて捜査が過度に重視されていることが背景にあると思います。これは昭和以来の伝統的傾向だと、私は想像しています。すなわち、検察官は取調べには強い姿勢で臨みますが、法廷における尋問には、取調べと比べると必ずしも自信を持っていません。

 その理由は、取調べにおいて作成された供述調書の信用性に問題があることを、検察官自身が内心では十分に認識しているからです。すなわち、「供述調書は、被疑者にせよ参考人にせよ、得てして言ったことを録取していないし、言っていないことを録取したものである。となれば、公判で当該供述人が調書どおりに供述するはずがない」と理解しているため、結果として弁護人に調書の同意を要求するのです。その同意をもぎ取るための強力な手段が、「人質司法」というわけです。

——裁判所は、否認する被告人が保釈請求をした場合、「証拠隠滅のおそれがある」などとして検察官が反対する意見を重視する傾向があると言われています。検察官が保釈に反対する理由はどこにあるのでしょうか。

市川 自白している被告人でも、保釈すると否認に転じ、公判が紛糾するのを嫌うのが第一でしょう。さらなる理由として、保釈を認めた結果、公判が無罪方向に進展した場合、その検察官が上司から「執務姿勢が弱気だ」とか「事件を潰した」、つまり本来なら有罪になるはずの事件を無罪に導いたと非難され、将来の職務遂行が困難になるかもしれないことが挙げられます。

 極端な言い方をすれば、「保釈に反対する」という意見であれば決裁はすぐに通りますが、「保釈を認めてもよい」という意見は、その理由について上司から厳しく問われます。つまり検察庁では、保釈についての原則と例外が逆転しているのです。

 他方で、公判が進行し立証が一定程度終了すると、一般的には保釈が認められやすくなります。例えば、被害者の証人尋問が終了した段階では、主要な立証活動は終了しているため、それ以前よりは保釈がなされやすくなると考えられます。

 しかしながら、実刑判決が見込まれる事件での検察官の意見には、法が認めていない「逃亡のおそれが大きい」との理由が付され、裁判所も保釈を認めないことが少なくありません。「保証金が没取されるという威嚇によっても、なお逃亡のおそれは解消されない」といった論理が用いられ、結果として判決時まで身体拘束が継続される事例もあります。

 本来、「逃亡のおそれ」を保釈否定の理由とすることは適切ではないのですが、私の検察官時代は、こうした理由によって長期の身柄拘束が維持される運用が一定程度存在していましたし、今も同じでしょう。

——保釈の可否は最終的には裁判官・裁判所が判断しますが、その際に検察官の意見はどの程度影響を及ぼしますか。

市川 私の検察官時代は、検察官と裁判官の間に、いわば暗黙の意思疎通の仕組みが存在していました。例えば、検察官が「保釈が許可された場合は、準抗告や抗告を行う可能性がある」との意向を裁判官に伝えたいときは、意見書に「不相当。理由は別紙のとおり」と記載し、別紙に詳細な反対理由を書くという運用がなされていましたし、検察官によっては「絶対に不相当」との意見を書いたりしていました。

 一方、別紙を付さずにただ「不相当」とだけ記載することによって、「検察官は、形の上では保釈に反対するが、内心は保釈されても構わない(準抗告や抗告はしない)」という意向を裁判官に伝達するわけです。要するに、検察官と裁判官の間にだけ通用する暗号ですね。

 また、別紙が付されている場合でも、裁判官から電話で検察官の真意を確認されることがあり、これに対し「形式的に反対理由を記載したに過ぎない」といった本音を言うことで、保釈が許可されることもありました。

 さらに、頻度はまれですが、裁判官から「保釈許可した場合、検察官は(準)抗告までやるのか」といった確認がなされることもあり、裁判官としては、自分の判断が後に覆されるリスクを回避したいとの意識が働いていたのではないかと考えられます。

 想像になりますが、この根底には、例えば「保釈を許可したことにより、それまで自白していた被告人が否認に転じ、公判が紛糾して、事件が無罪方向に進展したと評価されることを避けたい」という裁判官の心理があるのかもしれません。「事件を潰す」ことを恐れる検察官の発想と同じですね。

 このような事情から、実務上は、検察官の意見が保釈の判断に大きな影響を及ぼしていると言えると思います。

1234

(2026年05月08日公開)


こちらの記事もおすすめ