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「人質司法」の現状の改革に向けて

——取調べ目的の勾留は、法律上は違法とする見解が学界では広く共有されていますが、実務においては十分に反映されていない現状があります。このような状況はどのようにすれば改革可能でしょうか。

市川 制度的な対応としては、刑事訴訟法を改正し、「取調べ目的の身柄拘束は許されない」旨を明文化することが最も有効であると思います。しかしながら、そのような改正には法務省が強く抵抗することが予想されます。

 大川原化工機冤罪事件において、保釈が認められなかったために被告人の方が死亡するという、極めて重大な事態が生じたことを受け、検察庁は最高検の報告書(「噴霧乾燥器の輸出に係る外国為替及び外国貿易法違反等事件における捜査・公判上の問題点等について」)において一定の問題点を公表しました。しかし、これによって直ちに現場の運用が大きく変化するとは考えにくく、仮に最高検や高検から何かしらの通達等が発出されたとしても、その実効性には限界があるでしょう。

 検察庁が自発的に変革することは、現状では最も期待し難いだろうと思います。その背景には、先に述べた検察庁の思想や、検察庁と警察とのいびつな関係が影響していると考えられます。

 裁判所においても、身柄拘束の必要性について厳格な審査がなされているとは言い難い状況があります。例えば、「逃亡のおそれはないのではないか」といった疑問が生じ得る事案であっても、検察官は、例えばカルロス・ゴーン氏が保釈中に逃亡したなどの過去の特殊な事例を引用して反対意見を述べることがあり、裁判所はこれに追随することが殆どのはずです。

 さらに、保釈された被告人の公判期日への不出頭に対する罰則も、特定の例外的事案を契機として創設されたものであり、身柄拘束を維持しようとする検察庁の強い意思が制度面にも反映されていると考えられます。

 また、先ほど述べたように、法務省は国外からの批判に対しても頑なに方針を変更せず、現行制度を維持する姿勢を示しています。

 身柄拘束の可否に対する最終的な判断権限を有するのは裁判官ですから、本来であれば裁判官の意識改革が重要となりますが、刑事事件を担当する裁判官の思考がおしなべて検察官と近似している現状では、早期の大きな変化は期待しにくいのではないでしょうか。

 例えば、勾留延長の理由として「被疑者取調べ未了」といった紋切り型の記載が用いられている実務は、その象徴的な例と言えます。取調べ目的の勾留は違法なはずなのに、これを理由とした勾留延長が常態化しているのが現状です。

——弁護人としては、現状の「人質司法」を少しでも是正するために、どのような対応が可能でしょうか。

市川 取調べ段階においては、黙秘権の行使を初めとする弁護活動を徹底することが重要でしょう。具体的には、出房拒否等を含め、取調べに安易に応じない姿勢を維持する必要があります。

 保釈が認められない状況に対する有効な対策については、私には決定的な方法は見出し難いのが正直なところです。

 私は大川原化工機冤罪事件の弁護に関わっていましたが、弁護団は、公判前整理手続を通じて段階的に証拠を整理し、保釈の必要性を主張しました。初期の保釈請求では、「検面調書が作成され、供述証拠が既に確保されている以上、証拠隠滅のおそれは実質的に存在しない」などと指摘しましたが、結果として裁判官には考慮されませんでした。

 このような状況を踏まえると、「人質司法」によって、表面化していない冤罪事案も相当数存在する可能性があります。身柄拘束からの解放と引き換えに、虚偽自白や冤罪たる公訴事実を認めざるを得ない構造がある以上、この「引き換え」によって埋もれてしまった冤罪は間違いなくあるはずだと思います。

 今後の改善に向けては、市民の理解と意識の変化が不可欠です。少なくない市民が、捜査の初期から「悪いことをした人は早く捕まえて閉じ込めろ」と考えるでしょう。ですが、無罪が推定される被疑者・被告人の身柄拘束は刑罰ではありませんし、身柄拘束が冤罪の温床になっているのは過去の多くの冤罪事件から明らかです。こうした刑事手続の現状について継続的に情報発信を行い、市民と問題意識を共有していく必要があります。

 また、制度的な観点からは、刑事弁護の経験を有する人が検察官や裁判官として刑事手続に参画することにより、現状の運用に変化をもたらす可能性があると考えています。

——ご協力ありがとうございました。


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第13回 元裁判官に聞く(1)「『人質司法』を意識しない裁判官、できない裁判官(上)」
第9回 大川原化工機事件(1)「人質司法から会社をどのように守るか(上)」
第3回 プレサンス事件(1)「2,000億企業の創業者が体験した『人質司法』【前編】」

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(2026年05月08日公開)


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