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検察庁の勾留実務における検察官・警察の関係

——被疑者段階で勾留請求が却下されることは、検察官にとって大きな負担となるのでしょうか。

市川 ケースバイケースですが、私は必ずしもそうではないと思います。私の検察官時代の経験では、そもそも自ら勾留請求を行った事件について、請求が却下された記憶はありません。私は、検察官は、被疑者の勾留の可否を適切に選別する役割を果たすべきであるとの自覚を持って業務に当たっていました。この自覚のもとに、勾留請求を行わずに被疑者を釈放した割合は、平均的な検察官と比較して高かったと自負しています。

 一般論としては、被疑者の勾留請求が却下されると、準抗告の可否について上司の指示を仰がなければならず、これは現場の検察官にとってそれなりの負担になっていただろうとは思います。

——検察官は、勾留の判断に際して警察と事前に相談することはありますか。

市川 実情はその逆で、検察官が警察から相談を受けることが一般的です。事件には、大きく「発生もの」と「内偵もの」という区分があります。「発生もの」は殺人や強盗などの重大事件であり、現行犯逮捕や緊急逮捕が捜査の端緒となるため、身柄拘束前の相談はそれほど多くはありません。もっとも、殺人であっても被疑者を複数回あるいは長時間、任意同行して取り調べるケースもあり、この場合、警察が早期の逮捕を求めるのに対し、検察官はそれを抑制する傾向があって、警察と検察官の対立が生まれることがあります。

 一方、「内偵もの」は、詐欺や横領、選挙犯罪、あるいは特捜部が扱う政治関連事件など、事前の内偵捜査を経て立件される類型です。この場合、任意捜査が一定程度進展した段階で、警察が検察官に対し「いつ被疑者の身柄拘束を行うか」について相談します。

 この相談があった場合に、検察官が逮捕・勾留をよしと判断したら、勾留期間の満期日を考慮しつつ日程を調整します。例えば、決裁の都合等を踏まえ、満期日が適切となるよう逆算して逮捕時期を合意する、といった運用がなされます。

 今も同じだと思いますが、私の検察官時代は、発生ものにせよ内偵ものにせよ、警察の事前相談に対して検察官が逮捕を了承した場合、事実上、当該被疑者は必ず起訴しなければならないという、警察と検察庁間の暗黙の掟がありました。つまり、証拠が乏しい逮捕時にゴーサインを出してしまうと、その後の捜査がどう進展しようが、よほどの事情がない限り、起訴まで突っ走らなければならないのです。このため、私は事前相談には大変なプレッシャーを感じていました。殆どの事前相談は、警察がA3判ほどのペーパー1枚に事件の概略を示したものを持参して行われますが、こんな少ない情報だけで事実上の起訴の決断をするのは危険極まりない。ですから私は警察に、任意捜査で作成された調書や報告書を送ってもらってこれらを読み込んだり、場合によっては被害者等の参考人を私が直接に事情聴取した上で、逮捕の可否を判断していました。ここまで手間をかけていた検察官は殆どいなかったと思いますが、私はここまでしなければ責任ある判断はできないタイプでした。要するに「弱気」だったわけです。

——検察官がそこまで警察に神経を使うのはなぜですか。

市川 実務上の捜査の主体は警察であり、検察官はその活動に大きく依存しています。例えば、地方の小規模地検では、限られた人数の検察官で広範な地域を担当しており、警察の協力なくしては業務が成立しません。

 また、警察が勾留を前提として捜査を進めてきた事件の被疑者が釈放された場合、その後の捜査体制に影響が生じる可能性があります。具体的には、在宅事件になると捜査員の配置が変更され、当該事件への人的投入資源が減少することが殆どです。その結果、重大事件であっても捜査が停滞するおそれがあります。

 このような事情から、身柄拘束を維持することによって警察の捜査体制を維持するという事情もあるのです。

 さらに、検察官が警察の意向に反して釈放を決断した場合、警察との関係が悪化する可能性もあり、それは将来の業務遂行に大きな支障となります。そのため、検察官は上司だけでなく警察との関係にも配慮する必要があります。

 私は、逮捕された被疑者を勾留請求せずに釈放すると決断した場合は、まず警察に勾留請求のリスク、つまり「勾留請求しても、裁判官が却下する」との見通しを説明し、身柄事件としての捜査を断念するよう説得しました。その上で、上司の決裁を得て、被疑者を釈放するという手順を踏んでいました。

 このような捜査の実態に照らせば、形式的には検察官は警察より上位の捜査機関と位置付けられているとしても、実質的には警察への依存を前提に業務が行われていたと言えます。警察が十分に機能しなければ、事件処理は遅延し、その責任は最終的に検察官に及ぶことになるからです。

 このように、捜査における警察の事実上の影響力は非常に大きいので、警察の立場に過度に配慮して、どんな身柄事件が送致されてきても、「とりあえず勾留請求する」という検察官が圧倒的多数ではないかと思います。

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(2026年05月08日公開)


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