冤罪(誤判)と再審法改正の最前線 第1回

冤罪(誤判)と再審法改正の最前線 第1回

カナダにおける再審制度の改革(上)

誤判原因調査から救済制度の新設へ

指宿 信 成城大学教授


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「誤判は司法制度によって作り出された一度目の過ちです。
(誤判からの)救済を拒むという二度目の過ちは許されてはなりません。」

カナダで22年間にわたる獄中生活後に
雪冤されたデビッド・ミルガード氏(1952〜2022)の発言から

1 はじめに

 2024年12月17日、カナダでこれまでおこなわれてきた司法省内部による再審請求の審査制度を改め、独立した審査委員会が請求を審査する制度に移行する刑法改正案が成立した。裁判のやり直しを求める訴えを裁判所や政府から独立した機関が審査する「独立委員会方式」へと切り替わったのだ。

 新たに生まれた独立した再審審査制度は、これまでイングランド等で作られてきた「刑事事件再審委員会(Criminal Case Review Committee)」制度を参考にしてはいるものの、再審請求審査にあたってその審査基準を緩やかにするようデザインされ、請求人への法的支援や社会復帰のサポートなど、他には見られない工夫や配慮が盛り込まれた点が他国と異なっている。

 現在、わが国では、死刑囚であった袴田巖氏の再審事件を契機として、再審請求手続の改正を求めるいわゆる「再審法改正」の機運が高まっており、2024年3月には国会議員による「えん罪被害者のための再審法改正を早期に実現する議員連盟」が発足、本年3月には法務大臣が法制審議会に再審法の改正について諮問することになり、いわば再審法改正をめぐる“ダブルトラック”状態が生まれている。

 このような情勢に鑑み、本稿は、先進国における直近の再審請求手続に関わる改革例としてカナダの法改正へと至る経緯(特に誤判原因と対策を検討した取組み)と新たな仕組みを紹介することにした[1]。わが国における新たな再審法の構築にあたって大いに示唆を与えるものと信じる次第である。

2 カナダにおける誤判事例と公的調査

 カナダにおける冤罪救済活動は民間主導で進められてきた。現在、イノセンス・カナダとなっている誤判救済NPOの前身は、1993年に生まれた冤罪救済協会(AIDWYC:Association in Defense of the Wrongly Convicted)という団体であった。この団体から再審請求支援を受けた雪冤者は多い。表1はカナダの主要雪冤事件の一覧であるが、12件のケースの中でも同団体に支援された事件は半数に及んでいる。

表1 カナダにおける主要雪冤事件一覧

*AIDWYC(現イノセンス・カナダ)が救済に関わった事件

 表1にあるように、少年として死刑判決を言い渡され(1969年当時、まだカナダには死刑が残っていた)、その後減刑され、名前を変えて社会に戻っていたスティーブン・トラスコット氏の事件がカナダにおける最古の雪冤事例となった[2]。また、誤判原因を解明するためにカナダで初めて公的な調査委員会が設けられたのはマーシャル事件だ。1989年に刊行された同事件調査委員会報告書[3]による勧告がその後、検察官手持ち証拠の開示義務を認める最高裁判例を導いた。カナダ史上はじめて誤判原因の調査がおこなわれた。この調査委員会の勧告のひとつとして独立した再審審査委員会の設置がある。最初期の再審請求手続の改革提案だろう[4]

 また、2001年に刊行されたソフォノー事件に関する調査委員会報告書[5]の中でも、「誤判が主張された事件を効果的に、効率的にそして迅速に審査できるように、将来(カナダにも)完全に独立した機関を設立すべきだと私は勧告する」(委員長ピーター・コーイ判事)と記されていた[6]

 こうしてカナダでは、誤判が繰り返される度に公的な原因調査や改革勧告が重ねられており、その中で再審請求を審査する独立した機関の創設意見が繰り返し公にされていた。

3 カナダにおける従前の誤判救済制度

 カナダは英連邦に属するコモン・ローの国であり、英国の伝統にならって再審請求は司法大臣に対して申し立て、大臣の付託決定によって裁判所が再審をおこなうという制度であった。そうしたところ、マーシャル事件調査委員会報告書がそれまでの救済のあり方を改善するよう勧告したことを受けて、2002年に司法省内部に有罪事件審査部門(CCRG:Criminal Case Review Group、以下「CCRG」と略す)が設けられ、特別に任用された弁護士が事件審査に当たることになった。

 審査部門は5人の法律家から構成され、司法省から独立した審査体である。メンバーは様々な背景を持った人物が選ばれる。再審請求は窓口における最低限の事務的なチェックを受けた後に予備審査(preliminary assessment)を受ける。予備審査をパスすると調査対象となり調査報告書が作成される。その後、司法大臣に勧告がなされ、大臣が決済をおこなう。

 審査にあたって、審査部門は請求人から提出された資料や情報だけではなく独自に調査をおこなって情報収集することがある。そういう意味では当事者主義的ではなく職権主義の色彩を帯びている。審査部門は独自のスタッフだけではなく外部の専門家を調査のために雇用することもある。調査にあたって強制処分を実施することも可能で、召喚状発付や証言強制ができる。審査部門には特別アドバイザー制度も設けられていて、審査にあたってアドバイザーを任命することができる。現在の特別アドバイザーはカナダ最高裁判事であったモリス・フィッシュ卿である。

 請求人が審査部門に再審審査を求めることができるのは全ての上訴手段が尽きてからとされている。この点で合衆国のサーシオレイライ(裁量上訴)と似た性質を持っている。救済決定をおこなう司法大臣の判断にあたっては、請求人が“新たな重要な問題”を確定判決に対して提示することが要件となっていた。確定裁判の時点で公判に顕出されておらず、司法大臣や上級裁判所によってこれまで検討されたことのなかった情報を提示することが求められる。いわゆる”新証拠“である。

 大臣は、確定裁判について“冤罪が生じていたであろう”と結論づける合理的な根拠がある時、再審を命じるか、上訴相当事案であるとして上級裁判所に事件を付託するという選択をおこなう。

 最新の2024年のCCRG(審査部門)報告書[7]によれば 、2023年4月から2024年3月にかけて有効な手持ち審査対象とみなされた件数は76件で、1年間に新規に申請が承認された事件は12件、予備審査完了22件、予備審査待機42件、本調査が完了した事件が6件、調査中7件、司法大臣による救済決定に至ったケースは6件となっている。表2はここ10年間の審査状況である。司法大臣による裁判所への付託、すなわち救済決定はさほど多くはない。

表2 過去10年間におけるCCRGの審査状況

 

 この救済決定は、英米法圏において展開されているCCRCの付託と同義である。カナダの救済決定率は2023年度では7%程度(救済決定件数/審査中件数)となるが、他国のCCRCの全体的な付託率と比較しても決して高いものとはいえない。別稿[8]でも紹介したように、イングランド(2019年末まで)2.8%、スコットランド(2020年末まで)5.3%、ノルウェー(2019年末まで)13%、ノースカロライナ(2019年末まで)8.6%と比べても、カナダの再審請求のハードルは相対的に高い。そうした再審請求審査の厳しさが独立した審査機関設置の要求に繋がったといえよう。

注/用語解説 [ + ]

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(2025年06月06日公開)


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