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IPJの10年——「一発逆転」が難しい日本

——IPJを始めて、今年でちょうど10年ですね。成果としてはいかがですか。

笹倉 華々しい成果があるかと言われると、そうでもないかもしれませんが、支援した事件で無罪判決が確定したものもあります。

 いまIPJが取り組んでいる支援事件は5件です。1件はこの前、大阪の一審で無罪判決が出た茨木AHT事件です。これは控訴されてしまったのでまだ確定していません。それから神戸質店事件、クリス事件。あと、まだ公表していない事件が2件あります。

——なかなか成果が目に見えるかたちでは出てこないですね。

笹倉 アメリカのイノセンス・プロジェクトが当初取り組んできたような、一発逆転のDNA鑑定事件は、多くはない印象です。それは、そういう事件が持ち込まれていないだけなのか、もっとIPJの取組みについてリーチを広げなければいけないのか、検証しないといけませんね。

 SBSの再審事件には取り組む必要があると考えています。ただ、SBSの再審請求の依頼は来ないんですね。養育していた子どもを殺した、傷つけたと言われて服役したとしても、戻ってきた後に再審請求をするかというと、たぶん事件のことは忘れたいのかもしれません。

 この間、SBS事件では無罪判決がかなり出ているので、本当は今が再審請求の機会だと思うのです。SBS事件の再審で何件か無罪が出てくれば検察庁も変わるかなと思うのですが。今のところまったく変わっていません。SBS事件に対する態度をまったく変えておらず、むしろ高検などにSBS関連事件の担当者を必ず置いています。自分たちの過ちをまったく認めていません。

 この前も、退任されたある検察官と話す機会がありましたが、「今までSBSで無罪になった事件は、合理的な疑いを超えないとして無罪にされた事件ばかりです」とおっしゃっていて、唖然としました。「先生、そんなことはありませんよ」と言っても、「えー」という顔をされる。当事者と話せば、まったくそんなことはないとわかるはずなのですが……。自分たちの誤りにとても無頓着だなという感じですね。

——検察官の意識はいまだ変わっていませんね。

笹倉 それも、たぶんバイアスだと思います。そういう意味でも、バイアスの研究はこれから欠かせないと思っています。もちろん、私たちにも無実バイアスがあるのかもしれませんが、刑事司法の運営としては、無実バイアスを持ってやるべきだと思っています。

冤罪事件に関する日米の違い——DNAと「生データ」

——アメリカのイノセンス・プロジェクトは、やはり一発逆転のケースをかなり扱っているのですか。

笹倉 歴史的にはそうですね。1992年に最初のイノセンス・プロジェクトが立ち上がったときは、DNA鑑定で雪冤可能な事件に特化しようとしていました。ただ、2010年代中頃以降に、DNA事件が激減したんですね。多くの事件を救済したので。そのため現在では、アメリカのイノセンス・プロジェクトも、DNA鑑定以外の事件にかなり力を入れ始めています。2010年ぐらいからは、SBSや歯型鑑定が問題になった事件などにも、かなりフォーカスしています。アメリカでも、DNAで雪冤できない事件をどうするかが、すごく議論されています。

 ただ、そもそも日本では、DNA事件を探し出すこと自体も難しいんですね。資料がきちんと保存されていない、資料にアクセスできない、DNA資料の保存・保管や再鑑定に関する法制度が整備されていないという問題があるからです。そこを変えれば、変化するかもしれません。

——捜査段階でDNAの話はよく聞きますが、公判ではあまり出てこないですね。

笹倉 そうですね。ただ、IPJが取り組んでいる「クリス事件」でよくわかったのは、DNA鑑定が問題になる事件では、もともとのDNA検査の生データにアクセスすることがとても重要だということです。それが今まで日本の刑事弁護のなかでもあまり理解されていなかったようなんです。公判でエレクトロフェログラムは出てくるけれども、その前の生データは出てこないことが多いようです。

 うちの大学にはDNA研究をしている学部があって、夏休みに毎年、学生と一緒に合同で研修をさせてもらっています。先週も学生にDNA鑑定の基礎を教えてもらい、DNA鑑定の実習をして、こちらからはDNA鑑定が刑事司法でどう使われているのかという話をして、クリス事件の話もしました。すると、生データが出ていないことに、そこの研究者がみんな驚愕するんです。データの保存や資料の保存、生データの検証は科学者として基本中の基本なのに、なぜ科捜研(科学捜査研究所)や科警研(科学警察研究所)、刑事事件に関わる大学の先生たちはそれをしないのか、という根本的なことを聞かれるわけです。

 刑事裁判の分野では、通常の科学とは違う科学がまかり通っていると思います。そこはもう一度見直したほうがいい気がしますね。

——最近は、刑事法研究者の方も科学鑑定について、それは本当に科学に値するのかという問題意識を持ってきましたが、本格的にやっている人はそれほど多くないですね。

笹倉 DNA鑑定関連の研究も、今はごく限られた人だけになってしまいました。以前は浅田和茂先生や村井敏邦先生がいらっしゃいましたが。そもそも科学的証拠の研究をやっている人がほとんどいないんですね。徳永光さんや成瀬剛さんなどくらいです。

——もう少し層が厚くなるといいのですが、刑事法の研究者の数自体が減っていますから、期待できないかも知れませんね。

(「下」へつづく)


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(2026年10月21日公開)


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