「ひとごとじゃないよ!人質司法」を始めた理由
——研究者として大学で教えていらっしゃっても、なかなか学生の理解が深まらないのは歯がゆいところですね。話は最初に戻りますが、「ひとごとじゃないよ!人質司法」のプロジェクトは2023年6月に始められました。そのきっかけはどんなものだったのでしょうか。
笹倉 2023年の5月に、ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)が人質司法に関する報告書を、まず英語(Japan’s “Hostage Justice” System: Denial of Bail, Coerced Confessions, and Lack of Access to Lawyers)で出しました。その後、それを日本語に訳して日本でも公表しました。私はその監修に関わり、HRW日本代表の土井香苗さんとやり取りをしていきました。そのなかで、土井さんも弁護士としての原体験から、人質司法の問題をライフワークとして捉えておられることがわかり、「これは変えていかなければいけないよね」という話になったのです。冤罪に取り組むプロジェクトのなかで、日本では私が比較的声をかけていただきやすい立場にあったようです。そこで「こういうプロジェクトを一緒にやってみないか」と話し、6月にスタートしました。
土井さんは大学時代に、私の2、3年上の学年だったと思います。彼女が司法修習生の頃に取り組んでおられた、女性の検察官任官を増やすべきだという活動を、私は学生時代に新聞か何かで見たんです。「なんてすごい人がいるんだろう」と思って、そのときから一度お会いしたいとずっと思っていました。10代、20代の頃からとても尊敬していた方です。日本でヒューマン・ライツ・ウォッチのオフィスを立ち上げられたことも知っていましたので、お話をいただいたときは個人的にとても嬉しかったです。
ヒューマン・ライツ・ウォッチの活動の中で、土井さんは、人権擁護やLGBTQ+の問題を、実際に立法に結びつけてこられた方です。制度を変え、立法を変えていくことにものすごくエネルギーも能力もあります。その力が人質司法の問題にも加われば、何かが変わるかもしれない。今までのやり方ではいけないという思いが、これまでの活動のなかでどこかあったので、新しいことができればと思っています。
この3年間の成果——各地から同時に声が上がった
——それから3年ほど経ちました。プロジェクトの成果として、どんなところを強調されますか。
笹倉 私たちのプロジェクトだけでなく、ちょうど同じ頃に人質司法の問題をめぐってさまざまな動きが出てきた。それがこの3年ぐらいだったと思うんですね。たとえば角川歴彦さんの「角川人質司法違憲訴訟」とか、高野隆さんたちの「人質司法に終止符を!訴訟」とか、人質司法にフォーカスした訴訟が各地で起こされるようになりました。
大きなきっかけとなったのは、一つはカルロス・ゴーン事件、もう一つは大川原化工機事件、さらに袴田事件に代表されるような冤罪事件だったと思います。ちょうど大川原化工機事件が明るみに出た時期に、私たちも活動を始めました。そして、NHKが特集を組んだことで、この事件は大きく世の中に取り上げられました。そうした事件が出てきたタイミングと、各地からいっせいに声が上がり始めたことが重なったのだと思います。今後も、このムーブメントはもっと広がっていくのではないでしょうか。
これまでの市民運動は、どちらかというと既存の市民団体——団塊の世代に代表されるような方々——が全国いっせいに一緒にやっていこうというかたちでした。今回は各地で草の根的にいろいろな話が出てきて、しかもそれが大きな事件と結びついた。それが一つの大きな流れになったのだと思います。江口大和さんの事件や山岸忍さんのプレサンス事件に代表されるように、取調べの実際の映像が出てきたことも、大きな力になったと思います。
そうした問題を国会議員に理解してもらい、立法化につなげたい。国会議員もこうした事件のことは知っているんです。そういうタイミングがたまたま重なったことが、この3年間の大きな動きだったと思います。
国会議員への働きかけ
——根本的な解決には立法が必要です。そのため、国会議員への働きかけもされているようですが、手応えはいかがですか。
笹倉 国会議員は法務省を恐れているところがあるのではないかと思います。自分たちも次にやられるのではないか、と。公職選挙法違反は、いわば何でも逮捕できてしまうような犯罪の構成要件になっていますから。その意味で、法務検察は国会議員にとって恐怖を抱きやすい対象です。だからこそ、法務検察に関連する法律の改正はしにくい分野なのかなと思います。
ただ国会議員の方も、大川原化工機事件の島田順司さんや、亡くなられた相嶋静夫さんのご子息と一緒にお話をすると、とても心を痛められるんですね。そうした人間的な感情に訴えつつ、この法改正によって状況が変わる可能性があるのだ、裁判官に任せていては根本的な解決はできないのだ、というところをさらに伝えていけたらと思っています。
国会での動きを作らなければいけないので、ロビイング活動もしています。それとは別に、「人質司法サバイバー国会」というイベントを3年前から始めました。これまでに3回開催しましたが、定着してきた感じはあります。これは毎年続けていかなければいけないと思っています。とくに2026年は再審法改正の動きと相まって、与党の政治家がとてもたくさん来てくださいましたね。
自民党の政治家がたくさん来てくださったように思います。これが定例化していけば、議員連盟のような動きにもつなげていけますし、みんなでやれば大きなうねりになっていくのではないかと思います。
もう一つは、10月2日の「世界えん罪の日」です。イノセンス運動に取り組む団体の世界的なつながりである「イノセンス・ネットワーク」が、毎年10月2日に全世界的なキャンペーンをしようと設定した日で、この日に合わせて過去3年、新聞広告を出してきました。この広告は、コピーライターさんとデザイナーさんがボランティアで制作してくださっています。社会にアピールすると同時に、国会議員にもアピールする、新たな試みとしてやっているところです。
また、報道機関に対するアピールとしては、2026年から「人質司法報道賞」を創設しました。今年はNHKと毎日新聞に、大川原化工機事件関連の報道でお渡ししています。これは他の国のイノセンス・プロジェクトなどでも行われていることで、受賞がメディアの皆さんの励みになればいいなと思っています。成果としては、こういう今までにない試みを少しずつ始めているところです。
(2026年10月19日公開)