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「袴田事件」検察が差戻し審へ反論の意見書/「味噌に漬かった血痕に赤みが残る可能性はある」

小石勝朗 ライター


三者協議の終了後に記者会見する袴田巖さんの弁護団と姉の秀子さん(中央)=2021年8月30日、東京・霞が関の司法記者クラブ、撮影/小石勝朗。

 袴田事件(1966年)第2次再審請求の差戻し審で、元プロボクサー袴田巖さん(85歳)の弁護団、裁判所と検察による第3回三者協議が8月30日、東京高裁(大善文男裁判長)で開かれた。審理の焦点となっている、1年以上味噌に漬かった血液の色の変化をめぐり、東京高検が意見書を提出。2人の学者の見解をもとに「血痕に赤みが残る可能性はある」と指摘する内容で、犯行着衣とされる「5点の衣類」に付着した血痕が黒くなっていないのは不自然だと主張する弁護団に反論した。

 5点の衣類(半袖シャツ、ズボン、ステテコなど)は事件発生の1年2カ月後に、現場そばの味噌工場の醸造タンクから味噌に漬かった状態で見つかった。もとの判決は袴田さんの犯行着衣と認定し、死刑の最有力の証拠にした。しかし、衣類に付着した血痕に赤みが残っていたことから、弁護団は1年以上味噌に漬かっていたのではなく、発見直前にタンクに投入された=捏造証拠だと主張。最高裁も昨年12月の決定でこの点に疑問を呈し、審理を東京高裁に差し戻していた。

 弁護団は差戻し前の高裁審理で「味噌に漬かった血液は、血液中のたんぱく質と味噌の糖分が結合して起きるメイラード反応によって黒色化する」とする花田智・首都大学東京(現・東京都立大)教授(環境微生物学)の意見書を提出している。最高裁は、これについて十分な審理がなされなかったことを差戻しの大きな理由としており、検察は7月末に提出した意見書で弁護団に反論した。

味噌の色をもとに「血液に強い褐変は起こらず」

 柱になっているのは、食品化学や食品衛生学を専門とする2人の大学教授に検察官が聴取した内容をまとめた報告書だ。そのうちの1人は日本メイラード学会の重鎮。

 検察は意見書で、報告書をもとに、味噌の着色や褐変は「ほとんどがメイラード反応に基づく」とし、醸造された味噌の色が淡色だった場合は「味噌に対してメイラード反応はあまり進行しておらず、褐変も進行していない」との前提に立った。

 そのうえで、5点の衣類が見つかったタンクで1年あまり醸造されていた味噌が淡色のままだったとされることを根拠に「メイラード反応自体は起こっているが、褐変に影響を与える色素が多量に形成される状態には至らず、強い褐変は起こらなかった」とする2人の学者の見解を紹介した。

 さらに、2人の学者が「味噌醸造において大豆から生成される(たんぱく質を構成する)アミノ酸ではメイラード反応があまり起きず、血液中に含まれるアミノ酸だけがメイラード反応を起こし褐変が進行したということは考え難い」と評価していることを強調した。

 そして「5点の衣類に付着した血痕に対して、その赤みを失わせるような褐変を伴うメイラード反応が進行していたとは認められず、メイラード反応により5点の衣類に付着した血痕に赤みが全く残らないはずであるとは認められない」と結論づけた。

 最高裁が「メイラード反応その他の味噌漬けされた血液の色調の変化に影響を及ぼす要因についての専門的知見の調査」を求めたことに対しては、メイラード反応とともに「その他の要因」の分析も続けていると説明した。「血液の色調の変化に影響を及ぼす要因、特にその化学的機序は決して単純なものではなく、複数の要因が複雑に関係し得る」として調査に困難が伴うことは認めながらも、「可能な範囲、かつ合理的な範囲で必要な審理を尽くさなければならないことは明白」との認識を示し、「速やかな審理終結」を唱えてきた弁護団をけん制した。

検察による実験の結果と「矛盾する」と指摘

 非公開の三者協議後に記者会見した弁護団は、検察の意見書を「教科書的な説明を学者に聞いてきただけで、充実した審理には足りない」(笹森学弁護士)と批判した。弁護団は10月末までに反論の意見書を提出することになったが、すでに専門家との協議を始めているという。

 弁護団は、検察が差戻し前の高裁審理で中西宏明・順天堂大准教授(法医学)に依頼して実施した味噌漬け実験の結果との整合性を疑問視している。中西氏の実験では、衣類に付着させて味噌に漬けた血液は、味噌が熟成して濃い色になる前の段階の「遅くとも30日後には黒くなった」(最高裁決定)ためだ。

 検察は意見書で、中西氏の実験について「5点の衣類が味噌漬けされたのとは異なる条件のもとで行われており、血液の色の比較が困難であることは最高裁決定も是認している」と触れてはいる。だが弁護団は、検察の意見書の内容が中西氏の実験結果と「矛盾する」と指摘。検察が2人の学者に対し、中西氏の実験結果を提示したうえで聴取したかどうかを尋ねる求釈明(質問)を申し立てた。

弁護団は別の要因を立証へ

 一方で弁護団は、独自に実施している味噌漬け実験の結果を踏まえ、メイラード反応以外の要因の立証に乗り出す方針を決めた。「血痕が味噌に漬けて短期間で黒色化することはメイラード反応だけでは説明できない」とみており、この問題意識を起点にして専門家の知見を集めている。記者会見では、次回・11月22日の三者協議までに意見書を提出する意向を示した。

 弁護団は「最高裁はメイラード反応とともに『その他の要因』を求めており、今後の審理の焦点になる」(笹森氏)と受けとめている。このため、7月に提出した意見書で高裁に要請していた「速やかな審理終結」について、小川秀世・事務局長は記者会見で「少し審理をしないといけない状況になった」と事実上、撤回した。ただ、小川氏は「5点の衣類が味噌漬けにされたのが事件発生の直後なのか、(発見直前の)1年2カ月後なのかは、実験結果を踏まえて明確な議論ができる。長期化は心配していない」とも語った。

◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう) 
 朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。

(2021年09月06日公開) 


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