「袴田事件」再審の可否決定は3月13日、高裁差戻し審/ボクシング協会などの支援活動が活発化

小石勝朗 ライター


 袴田事件(1966年)第2次再審請求の差戻し審で、冤罪を訴えている元プロボクサー袴田巖さん(86歳)の再審を始めるかどうかの決定が3月13日に出ることになった。東京高裁(大善文男裁判長)が袴田さんの弁護団へ2月6日に通知した。

 高裁は昨年12月に差戻し審が終結した段階で、決定を今年3月末までに出したいと明言し、1カ月前までに期日を通知する意向を示していた。弁護団によると1月末に高裁から連絡があり、3月13日か15日と提示された。高裁は弁護団の希望を受け入れる形で、最終的に3月13日に決めた。

袴田巖さんの「再審無罪」をアピールする現・元チャンピオン=2023年2月6日、東京高裁前、撮影/小石勝朗

前世界王者らが「再審開始」をアピール

 3月までに決定が出ると告知されていたため、袴田さんの支援団体の間で「再審開始」を広く社会に訴える活動が活発になっている。

 日本プロボクシング協会(JPBA)の袴田巖支援委員会は2月6日、東京高裁前で「支援アピール集会」を開いた。袴田さんが日本フェザー級6位のプロボクサーだったことから、ボクシング界は長く支援を続けている。

 集会には、前世界チャンピオンで2階級制覇を目指している中谷潤人さんら現役のボクサーをはじめ、元世界王者の飯田覚士さんら世界、東洋太平洋、日本の現・元王者を中心に、ボクシング関係者約60人が参加した。王者らは一人ひとりマイクを握り、「無罪を勝ち取って袴田さんを自由に」「良い決定が出ることを願っている」などと思いを語った。

 支援委の新田渉世委員長(元東洋太平洋王者)は高裁の決定が3月13日になったことを紹介し、「『再審無罪』を訴え、世論を盛り上げていきたい。私たちが声を上げることで少しでも『再審無罪』に近づけたい」と集会の狙いを説明した。袴田さんは長期の身柄拘束による拘禁反応の影響で会話が噛み合わないことが多いが、釈放前に東京拘置所で新田さんと面会した際はボクシングの話で意気投合したそうで「袴田さんは『ボクシング人』。何とか救いたい」と力を込めた。

集会で挨拶する袴田巖さん(左)と姉の秀子さん=2023年1月29日、静岡市清水区、撮影/小石勝朗

袴田さんは車での外出が習慣に

 事件が起きた静岡県清水市(現在は静岡市清水区)では1月29日、再審開始と無罪判決を求める集会が開かれた。「袴田巖さんを救援する清水・静岡市民の会」が毎年1月と6月に催しており、今回は約60人が参加した。

 袴田さんが姉の秀子さん(89歳)とともに元気な姿を見せ、登壇して思うところを朗々と語った。だが、昨年12月に東京高裁で差戻し審の裁判官と面会した時の様子を聞かれると何も答えず、そのまま退出してトイレに寄った後は会場には戻らなかった。

 秀子さんによると、袴田さんは自宅がある静岡県浜松市の中心部を歩いて回るのが日課だったが、最近は支援者の車で外出するのが習慣になった。「東京に行く」と言って出かけ、2、3時間ドライブして夕方帰宅するという。「まだ妄想の世界におります」と秀子さん。

 袴田さんは3月の高裁決定の直前に87歳になる。秀子さんは2月8日が90歳の誕生日だ。時間との闘いが続く。

法と証拠と良心に従って決定を

 日本プロボクシング協会袴田巖支援委員会や日本国民救援会、アムネスティ・インターナショナル日本など9団体で構成する「袴田巖さんの再審無罪を求める実行委員会」は1月27日、東京高裁と東京高検に要請書を提出した。

 高裁への要請書は、大善裁判長らが昨年12月に袴田さんと面会したことに謝意を記したうえで、「勇気をもって様々なしがらみを断ち切り、法と証拠と良心に従って」再審開始決定を出すよう求めている。高検に対しては、差戻し審の最終意見書で袴田さんの再収監を主張したことを強く批判し、今からでも即時抗告を取り下げて静岡地裁の再審開始決定を確定させるよう要請した。

 これに先立ち、実行委のメンバーらは東京・有楽町駅前で街頭宣伝をした。超党派の国会議員でつくる「袴田巖死刑囚救援議員連盟」から顧問の鈴木宗男・参院議員と事務局長の鈴木貴子・衆院議員の親子も参加し、マイクを握った。

長期間味噌に漬かると血痕の赤みは消えるか

 差戻し審の最大のテーマは、事件発生の1年2カ月後に見つかり、死刑判決が袴田さんの犯行着衣と認定した「5点の衣類」(半袖シャツ、ズボン、ステテコ、ブリーフ、スポーツシャツ)が、いつ味噌タンクに入れられたか。その時期によっては、袴田さんがタンクに投入することは不可能だからだ。

 差戻しを決めた最高裁決定(2020年12月22日)は、発見時に赤みが残っていたとされる、衣類に付着した血痕の色合いに着目した。弁護団と検察がそれぞれ実施した実験では血痕は味噌に漬けて数カ月後には黒くなっており、赤みが失われる化学的な要因を分析して5点の衣類がタンクに投入された時期を推定するよう求めた。

 差戻し審で、弁護団は清水恵子・旭川医科大教授(法医学)らの鑑定書を提出し、「1年以上味噌漬けされた血液に赤みは残らない」と主張した。血痕に赤みが残っていた5点の衣類がタンクに投入されたのは発見直前で、その時点で逮捕されていた袴田さん以外の人物による「捏造証拠」だと強調した。一方の検察は、血液を付けた布を最長1年2カ月間、味噌に漬ける実験を独自に行い、「長期間味噌漬けされた血痕に赤みが残る可能性を十分に示すことができた」と反論している。

 高裁は昨年7〜8月に5人の学者の証人尋問をした。弁護団、検察双方の主張を踏まえて、味噌に漬かった血痕の色調変化についてどんな受けとめを示し、それをもとに袴田さんが犯人であることに合理的な疑いが生じると判断するかどうかが決定の焦点だ。

◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう) 
 朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援、地方自治などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。

(2023年02月08日公開)


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